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112、ゆがみ

端的に言おう。

あたしは今、イマゲンザイ、チビ魔女だった。

それはつまり多大な魔力を消費してしまったから。

「おっかしぃなぁ」

片手でクソボケ――バカカスの背中の傷を治療しながらぼやいていた。


「一発で出てくると思ったんだけどなぁ」

「一発で昇天するわっ!」

あら、意外に元気。

 先ほどまでがくがくと痙攣していた人間の台詞としては上出来だ。よしよし、あたしの治療の技術レベルも確実にあがっている。あたしは小さくなってしまった為にぶかぶかになった衣装にげんなりとしながら小首をかしげた。


 弟馬鹿――確定――のアンニーナのことだから、ファルカスを半殺しにすればぎゃあぎゃあ文句を言いつつもでてくると思ったのだが、生憎と結果は芳しくない。

食堂の一角を血みどろにしてしまった。

 あたしは馬鹿カスのことは勿論どうでもいいのだが、アンニーナがやにわに心配になった。まぁ勿論、イイオトコといちゃついているという可能性が無い訳ではないのだけれど、このボケカスを放置するのは尋常ではない気がしてしまう。


だってアンって実は結構オヒトヨシ。


 治療が済んだあとのファルカスは眉間に立て皺を三つも刻みつけて、考えるように唇を噛んでいたものだが、突然がばりと顔をあげた。

「おまえ、ちょっと付き合え」

「は?」

「いいからっ」

「って、アンのことはどうするのよ?」

 いや、どうにかできるって気もしないんだけどね。魔女が自らの意思で姿を消せば、それは当然見つけだすことは困難だ。それに、あんまり考えたくはないけれど、アンニーナが自らもアクセスができない現状だとしたら――最悪だ。

 

しかし、難しい顔をしてあたしの腕を引っつかんでいるファルカスはやけにまじめな調子で続けた。

「……もしかしたら、あそこかもしれない」

「何よ、アンの場所にアテがあるんならはじめっからそっちに――」

 あたしがむっとしながら言えば、ファルカスは言いづらそうに小さな声で言った。

「違うならいいんだよ!」

 あたしはまったく意味がつかめず、それでも相手の手を振り払おうと暴れた。


「せめて着替えくらいさせなさいよ!」

 今のあたしはサイズの合わない衣装を身に付けたチビ魔女なんだっつぅの!


***


 町中をファルカスと歩けば、なんとなく居心地が悪かった。

猫耳猫尻尾の子供が歩いているのが珍しいといえば珍しいだろうけれど、なんとなくここの住民は目つきが悪いし態度も悪い。いやな感じだ。

 そんなあたしを案じている訳でもあるまいに、ファルカスはぐいっと腕を引いた。

「こっちだ」

「どこに行くつもり?」

「――オレの……友人のトコ」

 友人といいながら、その言葉は吐き捨てられた。あたしの手をつなぐ手のひらには汗が感じられて、ものすごく緊張がある。

 色の足りない絵画のような、乾いた風景ばかりの石造りの町。活気を失った町は子供もいない。まるでこのまま果ててしまいそうないやな空気だ。

 ものすごく居心地が悪い。

ここはあたしのいる場ではない。早く、早く自分の場に戻りたいと不安になる。幾つもの石作りの粗末な建物を歩き、どんどんと町のはずれまで連れていかれる。あたしは自分に触れてくる精製されていないような魔力の気配に包まれながら息苦しさに喘いだ。

――大地も大気も魔女を愛する。魔女の為に場を整える。もしそれ等の姿が感知できるものであるならばこの場にいる魔女を彼等は必死で押さえ込もうとするようにすらみえることだろう。


あたしは眉間に皺を刻み耳を伏せて様子を伺いながら、ぴりぴりとした空気を感じていた。


 蝙蝠はいやがったが、今は宿屋の二階でティラハールと残してきている。ティラハール一人では危険だと理解したから。何が危険って、アレが何だか判らずに近づいてしまう阿呆な人間が。

 いやだよ、戻ったら人間一人分の骨が無造作にあったりしたら寝覚めが悪いどころの話ではなくなってしまう。


……いや、蝙蝠は食べないよな。

えっと、シュオンがんばれ。

骨はひろってやるぞ。安心して成仏するがいい。


「昨日あってたってヒト?」

「ああ――」

「その人が何か知ってるの?」

「知ってるかもしれない――」

 応えながら、ファルカスはぐっと強くあたしの腕を引いて、たんっとある地面の窪みを踏みつけた。

途端に視界が一転する。まったく突然その場の視界が変わり、外気温がはるかに下がる。太陽の熱はナリを潜め、まるでかび臭いかのような香りが辺りを支配し、あたしは瞳を瞬いた。

「転移?」

そんな馬鹿なっ。

そんな大技をファルカスができる筈がないっ。

 動揺するあたしにかまわず、ファルカスは歩く。冷たさと静けさをもつ石畳。

「ちょっ」

「もともと歪んでるんだよ。ここは。魔力がねじれてるって言われてる――制御を失った魔力が蓄積し帯電し、突然穴があいたようにどっかとどっかが繋がっちまう。これはそのひとつだ」

 ひんやりとした――地下空間。

まわりは石だ。でこぼことした白い石が、それ自体発光するように見えて視界は取れる。あたしはその時にやっと、ここはあたしが感知できない場のひとつだと気付いた。必死に探っていた地下通路。

 そう思うと途端に嬉しさが広がった。


あら、あらあらあらっ。

ファルカスってば役にたつことだってあるのね!


「ギー! ギディっ、いないのかっ」

ファルカスは大きな声で叫んだ。

その言葉は岩と岩の間を反響して響きあう。あたしの隣で怒鳴ったというのに、まるでまったく違う場所からこちらが問いかけられたかのように言葉は反響し、そしてゆっくりと沈んでいった。


「うるさいな、昼寝の邪魔しないでよ」

その反響が完全に静まるのを待つように、その場に少年らしい声が響いてあたしは吃驚した。ファルカスの声がそうであったように、その声は地下の道を反響し、まるで遠くから応えたようにも、また近くで言われたかのようにも幾度も反響し、相手の姿を求める為にあたしはきょろきょろと辺りを見回さなければならなかった。


 そしてやっと見つけた少年は、


「あら、君は」

あたしは瞳を見開いて「エイルをおじさん呼ばわりした偉大なる少年!」と声を上げてしまった。


 ファルカスがぎょっとしたように目をむく。

何か言いたそうに口を開いたが、だがファルカスは意識を切り替えるように一旦首を振り低く威嚇するように口を開いた。

「ギディ、おまえオレの姉貴を知らないか?」

「藪から棒だな、ファル。知らないよ」

 岩と岩の間からひょこりとあらわれた少年は不愉快そうに眉を潜めたが、すぐに笑みを浮かべて確認するように言った。

「知らないよ、ファル」

ゆっくりと区切るように。


うわ、なんというか嘘臭い。

 おそらくファルカスもそう思ったのだろう。低く唸るように言った。

「姉貴は?」

「ああ、それで(・・・)彼女を連れて来てくれたんだね?」

「姉貴は?」

「それは後――」

軽く手を払い、ファルカスにギディと呼ばれた少年は嬉しそうにあたしを見やった。


「遊びに来てくれてありがとう。ぼくはギディオン――」

 君は?

そう言う少年の笑顔がどこか空々しい気がする。

あたしは多少警戒しながら、それでも子供を装って笑みを返してやった。

「ブランマージュよ」

「せっかく来てくれたんだから、ぼくの宝物を見せてあげるよ。ブランマージュ」

ギディオンはすいっとあたしの手を掬い取った。


 驚く程に冷たい手。

なぜかぶるりとあたしの身が震える。確かに生きているのに、まるで生きていないかのように錯覚させるほどに手が冷たい。


「宝物?」

「うん。ああ、でも……ファルカスは駄目だ。ここで待っててよ」

「ギディっ」

「だから後でね?」


 あたしの腕がもう一度引かれる。

興味はある。魔女に検知できない地下道。不思議な少年。けれどさすがにあたしの中で警報が鳴り響く。


「知らないヒトについていっちゃ駄目だって言われてるの」


 あたしのダーリンって心狭いのよね。

肩をすくめるあたしに、くすくすとギディオンは笑ってみせた。


「きっと君だって興味があると思うよ?」

「そんなにたいそうなお宝?」


 少年は口角をあげるようにして笑ってみせた。

楽しそうに無邪気に。


「魔女の体」

さらりと口に出された言葉に、あたしは紛い物の体の体温が一気に下がるのを感じた。

その動揺を見逃さないようにぐいっと強く引かれ、先ほどと同じように少年の足が地面の一箇所を強く踏みつけた。


「ああ、ファル。おまえの姉のことなんてまったく知らないし興味はないよ」

ギディオンは噴出すように笑い、ついでファルカスの「ギディっ」という怒鳴り声だけが背中を押した。

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