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111、シタゴコロ

「あとで味見していい?」

 (かじ)る!

くそ馬鹿ロイズ。この熊めっ。あとで齧ってやろうかしら!

お前は熊だしなっ。

 あたしは引きつった笑いを浮かべてロイズをねめつけた。


「ええっ?」

ええって、あんた何故そこで赤くなるんだ? をいっ?


「ブラン、そんなものを食べたら腹を壊す」

 憮然とエイルが言うが、いや、だから食べませんからね? まったくおまえ達とはじっくりと語り合う必要があるな。

 あたしの呆れなどお構いなしで、ロイズが視線をさまよわせてこたえた。

「えっと、あのちょっとだけなら……」

「いらんっ!」

 ロイズ、この馬鹿熊っ。本気でとるのもいい加減にしろっ!

微妙にうれしそうってどういうこと? え、なに? あんたもMとかいうんじゃないよね? もう変態は許容量いっぱいですよ。


 満員御礼入る余地などナシ。


こちらの会話が恐ろしいのか、ロイズに抑えられた店主がいっそう青ざめて身を縮めている。あたしは多少自分で蒔いた種に辟易としながら、深く溜息を吐き出した。


「魔女は人間を食べたりしません! 本気にとるなっ」

ただの冗談ですっ。以上! なんでこんな判りきったことを宣言しないといけないのか誰か教えてくれ。まったくもって阿呆らしい。


「そんなことより! おじさんは結局魔女に何がしたかった訳? とっ捕まえて売り払うつもり? まぁ、そんな縄ひとつで捕まえようなんてまったくもって馬鹿っぽいけどね? 言っとくけど、そんなモンで魔力が抑えられるような魔女はいないわよ」

――とかいいつつ、パニックをおこすと(もつ)れるようにとらわれちゃうんだけどね。いや、うん……幾度かつかまりましたのですよ。だいたいギャンツ――ドM変態――の話題を出されるとあたしってばちょっと理性が飛んでしまうのですよ。だってギャンツ気持ち悪いんだもの。

 

「食べないのか?」


 それでも店主の男はおそるおそるという様子で言った。

濁った瞳にはおびえが消えない。

しつこい!!

「食べないわよ! 世の中には美味しいがいっぱいあるんですっ。なんで好き好んで人間なんぞ食べるかなっ」

 とうとうぶちきれて声を荒げたあたしに、力が入りすぎて腕をぐいぐい抱きしめていた相手からぼそりとお言葉をいただいてしまいました。

 相変わらずの思念だというのにだみ声という珍しい生き物から。


――好き嫌いはよろしゅうない。人間も悪くない。肝などはほんのりとした苦味もまた良いもの。


……ティラハール、お願いだからその味について詳しく聞かせたりしないで。なんかいやなことを想像してしまうから。

 あたしががくりと身を伏せてふるふると震える現象に、その場の人間共が不審な顔をしていたが、さすがにこればかりは通訳してやる気もおきない。「人間も結構美味しいらしいよー。肝がほんのりと苦味があるんだって」などと言った日にはこの場の気温が絶対零度まで落ちるだろう。

可愛い顔してティラハールがえぐすぎる。


こんな生き物野放しにするな。


「ブラン?」

「いや、うん……美味しい食べ物について談義したい人はぜひともティラハールと接触対話を試みるように」

あたしは額にかかる髪をかきあげ、未だ納得しがたい様子の男を見た。


「それで?」


***


「なぁっ」

 突然ばたばたとやってきたファルカスを胡乱に見上げ、あたしは「なによ?」と一応返事をしてやった。

「って、なんでお前でかくなってんだよっ」

「成長期だからね」

「どんな成長期だよ!って、お前のことなんざどうだっていい」

 失礼なっ。

先に話をふってきたのはおまえだろうにっ。


 他には誰もいない食堂。店の店主もロイズもエイルも、ついでにティラハールもいない場で、あたしは自分の思念を飛ばすことに飽いて現在休憩中。どうしても地下室の様子がつかめない……そもそも、何か引っかかったのに今は何も引っかからないのがまたむかつく。

 珈琲に落とすミルクを匙に入れて蝙蝠に与えていたあたしへと、ファルカスは青い顔で言った。

「姉貴が返事をしない」

「は?」

 ファルカスは自分の腰に下げられた剣――おもいっきりあたしの腹を引き裂き、その後エイルによって何度もファルカス自身のあちらこちらをいろいろ突き刺したりなぞられたりした、持っているだけで運気を逃しそうな剣の柄頭にある緑色の石をぎゅっと掴んだ。


「コレに向かって姉貴に話しかけると姉貴が返事をしてくれる筈なんだよ」

 うわっ、過保護。

あたしはアンニーナが実は弟馬鹿なんじゃないかと思いつつ、あふりとわざとらしく欠伸をしてやった。


「そりゃ、アンだって色々と忙しいことがあるのよ」

「忙しい?」

「いやぁん、詳しく聞かないでよ。アンってばほら男好きだからぁ。わかるでしょ?閨事の最中とかに弟に呼ばれたって無視するんじゃないかしらぁ」

いやん、言っちゃった。キャー恥ずかしいっ。

 なぁんて照れたフリで言ってやっているのに、ファルカスは馬鹿にしたように言った。


「姉貴はしてる最中だって応える」

「……私が悪かったです」

 相手のほうが一枚も二枚も上手でした。

そうよね、アンだもんね。普通のオンナじゃないわよね! あいつには羞恥心ってものが無いのか? ああ、愚問だわ。あいつ入浴シーンをエイルに見られても平然としていたっけ。見ているエイルも平然としてたけどね。


 いつかダーリンを羞恥で真っ赤にしてやりたい!

うわ、楽しそうなのか気色悪いのかちょっと微妙。顔を赤らめるエイル・ベイザッハ。羞恥というかなんか病気っぽい。


「おまえ魔女だろ? ちょっと行って様子見てきてくれよ」

「いやぁよ」

 あたしはあっさりと拒否した。

「姉貴の家まで行くのは確かに幾度か転移したりたいへんかもしれないけど、なあっ、頼むよ。姉貴と連絡がとれないなんて初めてのことなんだよっ」

「イヤだってば」

「おまえっ、魔女だろっ」

 あたしがファルカスを睨みあげようとしたところで、蝙蝠がはたはたと飛びながら言った。


「マスターは今転移できないんですよー」

「余計なことを言うなぁぁっ」

「は?」

呆然とするファルカスに、あたしは苦いものを噛むように顔をしかめた。

「今は諸事情があって転移とかできないの! だから無理!」

「おまえっ、ほんっとうに使えないなっ」

「うっさいわ!」

 もっと使えないお前に言われたくないやいっ。


チっとファルカスは舌打ちし、ふと何かを思い出すようにきょろきょろと周りを確かめた。

「ほかの連中はどうしたんだよ?」

「おつかい」

「は?」

「ここの宿屋のおじさんが、娘さんを魔物に殺されたんですってね? その魔物が西の砂地の廃墟だかにいるから退治してくれって言うから――野郎二人で楽しく出かけていきました」


――呪いをといてくれよ!

 嫌いな相手に頼むのは身を切るように切ないだろう。店主は奥歯を噛むように言ったけれど、あたしは耳を伏せるしかなかった。

 何故なら、呪いなど感じないから。

魔女の呪いなど存在しない。少なくとも死んだ後にまで影響が残るような呪いなど聞いたことがない。

――魔女を殺すなんて呪われるわよ!

 なんていうのはあたしの常套句だけれど、実際はそんな呪いを残して死ぬことはできないだろう。自分ができないのだから、他の魔女だってやっぱりできないと思われる。一人だけ例外がいるとすればそれは偉大すぎる大魔女レイリッシュ――あれはなんか生きてるじたいが呪いっぽい。もういるだけでコワイ。

あたしの話を理解してくれたのかどうか判らない。ついで出たのは「魔物退治」だった。けれどその言葉に立候補したのはエイルであったし、ロイズだった。


――おまえはお前のするべきことをしろよ。

二人とも、違う言葉ではあったけれど概ねそういう意味合いの言葉を残して出かけていってしまった。

もしかして気を使われてるのか?


ここは素直に礼を言ってやるべきか……

エイルに関して言えば下心が透けて見えそうですがね!


 しばらくファルカスは考えていたようだが、眉間に皺を刻みつけて言った。

「……姉貴のことは判らないんだな?」

「呼びかけるくらいはできると思うけど、アテにはしないで」


 あたしは溜息を吐き出し、ゆっくりと呼吸を整えた。

頭の中でアンニーナのイメージを固める。黒紫の巻き毛の魅惑的な魔女――姉にして淫乱。淫乱にして自愛を持つあたしの姉妹。


「アン。アンニーナ」


 体内で練り上げた魔力をゆっくりと言葉に乗せる。

幾度か同じことを繰り返し、しかし、どれだけまっても応えるものは無かった。


やがて嘆息が口からこぼれて肩をすくめる。

「駄目みたい」

「ほんっとうにお前は魔女なのか!」


あたしは軽く手を振り払った。

「とりあえずあんたを半殺しにすれば出てくるんじゃないかしら?」


手っ取り早く()っていいですかね!?  


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