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103、大陸視察1

 むにりと自分の頬をつねりあげた。

ぱしぱしと両頬を叩いて色々と反省するトコは反省する。

ぱたぱたと飛ぶ蝙蝠が不思議そうに小首をかしげて「マスター?」と声を掛けてくるから、あたしは意味も無くぱしりと蝙蝠を叩き落として身を翻した。

 

 外洋を潮の流れに逆らって高速で操舵された船はその日の昼前に港へと接岸してあたし達一向を吐き出した。

 おりたのはあたし達と数名の商人風の人間だけ。

逆に乗る人間は多く、そしてあたし達の眼前に現れたそのシャリテ一の港町は随分と……

「活気があるわね」

 あたしは皮肉に言った。

石作りの家々はひっそりとたたずみ、港にも人々はまばらだった。魔導師風の人間がちらほらと見えているが、それだって数は少ない。

 ロイズはティラハールを抱き上げて歩き、エイルは眉間に手を当てているのはまだ眠いのかもしれない。その後ろで人生が終わったような顔をしているファルカスは、まぁ無視の方向で。


「魔導師が多いのは、比較的ここは魔獣が捕まえやすいからだ」

エイルが言う。

「そうなの?」

「荒廃の為にそういったものが増えている」

「始原の森より?」

「そこまではいかぬだろうな。あそこは魔物しかおらん」

「じゃあ始原の森に行ったほうがいいじゃない」

 あっさりと言うあたしに、ファルカスが「バカだろ」といった。


「始原の森は禁域指定だろ。そんなことも知らないのか」

 むっ、確かにそうだったかもしれない。人間はいなかった。白骨なら幾つか落ちてましたがね。

 唇を尖らせたあたしの頭にとんっと手が乗る。

「あとで殴っといてやる」

機嫌の良いロイズは、すでにファルカスを視界に捕らえた途端にヤツをぶちのめしていた。


 熊の癖にその動きはすばやかった。

ファルカスの姿を確認した途端につかつかと近づき、警告も何もなく手を差し出し、意味も判らず手を伸ばしたファルカスを引っつかみ、回し蹴りを一発食らわしその身が崩れたところで肩口をひっつかんで腹に膝蹴りを入れ襟首を締め上げた。

「ふざけた真似をしたらこの程度じゃすまないからな」

と低い声で脅しつけた熊は鬼隊長になっておりました。

 実は動きが機敏な熊だった。

前回の旅の時にもちらっと思ったのだけど、もしかして熊隊長は――有能? そして肉体派だったか?

「……宿屋はこの港町に一件。奥にいけば他にもあるけどな、チビ連れには向かない」

意味ありげにファルカスが言う言葉を完全にスルーし、エイルはさっさと歩き出す。


「あんた詳しいの?」


 あたし達は港町で唯一という宿屋に部屋をとり、一階の食堂で軽く昼食をとりながらファルカスに問うた。

 ファルカスは物慣れた様子で店の人間と話をしていたし、何もかもをスムーズに運ぶ。

「俺の故郷ココだから」

「って、つまり……アンもよね?」

 あたしは自然と声を潜ませてしまった。

ファルカスは自分の髪を引っつかみ、

「赤い髪はこの辺りでは珍しくない。太陽が強すぎるんだろうな。肌も浅黒くなりがちだし、目の色素も濃い。それがシャリテの特徴だ。姉貴は八つの頃には迎えが来て連れ出された。もしそれ以上いたら……どうなってたか正直判らない」


 魔女を欲しがる大陸。

だがそこは魔女を殺した大陸でもあるのだ。

他の魔女が手を出せない為に、ココで魔女が派生した場合は早急に保護してくれる魔女が来てくれないことには危険が大きい。

 アンニーナはわりと早い段階で魔女に引き取られたのだろう。

「魔女の派生は実は多いのかもしれない。魔導師の素養を持つ人間も多い――ここは、無駄に魔力が強い場だから」


 その言葉にあたしは瞳を伏せた。

そう、この大陸ときたら無駄に魔力が強い。

ひしひしと感じることができる。ただし、住み慣れた場の優しい穏やかな魔力ではなくて、どこか散漫で荒々しい。

「そもそも今回の任務はなんなんだ?」

 ロイズがティラハールの口に豆を運んでやりながらいう。


 ティラハール。実は動かない訳ではないのだけれど、何故か自分で食事をとったりとかしないのだ。ただし、口元に運んでやると食べる。

 それに気づいたロイズが、いらいティラハールの口元に食事を運んでやるという奇怪な現象が見れるようになった。

一度ティラハールに触れて「食事は必要ないの? ロイズに食べさせてもらうって、どうなのよ?」と問いかけたらば、ティラハールは相変わらずのだみ声思念で応えた。


――おもしろい。


 食事が必要か必要でないのかは判らないが、どうやらオモシロイらしい。

見た感じでは判らないのだが、結構楽しんでいるようなのでここはひとつ心優しくスルーの方向で。

「視察だ」

ロイズの言葉に応えたのはエイル。ヤツの食事プレートの上は半分程が残されている。美味しくないというのも理由だろうが、基本の部分でエイルは好き嫌いが多い。

朝に弱く食べ物の好き嫌いも多く、協調性もない。

ものすごい我儘モノだ。


「魔女のいない大陸がどんなものか見る――ただの視察にすぎぬ」

「ああ、そういうもんなのか。ならそんなに危険はないよな」

「おまえらは呑気なのかなんなのか判らないな。危険がないだって? こんな場にいる人間だって普通の神経じゃもたないんだよ。まったく甘いな」

「甘いのはお前の思考回路だろう」

 あっさりとエイルに言われ、ファルカスは口をつぐんだ。

エイルに対してのおびえがちらちらと垣間見える。おびえているというのにこの片意地張った糞餓鬼は言わずにはいられないらしい。


「そうだよな。おまえ等みたいな凶悪な奴等は怖いもんなんてないんだろうよ」


  凶悪などと言われる程凶悪な気持ちはないのだが。

「凶悪なのはエイルだけよ。熊だって普段は冬眠してるみたいにおとなしいし。あたしだって別に凶悪って言われる程のことはしてないわよ」

 ねぇ?

「エイルが凶悪なのは異論なし」

 デザートをティラハールに食べさせているロイズも賛同。エイルは無言であるが、それは肯定ととってよかろう。

 むしろエイルが「自分は普通」だとか思っていたら怖い。普通の定義について三日程度こんこんと教え込まないといけないレベルだ。

「おまえも随分と危ねぇよ? そもそも銃ってなんだよ。持ってていいもんじゃないだろ」

「ああ、ロイズは警備隊の隊長だもの。普段から銃を持つ許可はあるのよ」


「じゃあ何か、おまえの暮らす町には凶悪魔導師と最悪警備隊長と、糞生意気な魔女とだみ声の気持ち悪い生き物がいるのか――どれだけいやな町だよ」


 殴られて足を踏まれるのは当然だと思いますが?

「よくもこんな可愛いティラハールを前にそんな台詞が吐けるわね!」

 この子は喋らないけれど心はあるのよ。あたしはむっとしながらファルカスをにらみ付けた。

「それにティラハールはうちの町にはいないわよ。この子は王宮魔女のレイリッシュの使い魔だもの」

 普段はレイリッシュの部屋で椅子に座ってる。

まるで本当にお人形さんのように。


「そっちのほうがおまえよりも随分と魔力が強いじゃないか。そっちが魔女だといわれたほうが納得できる」

 はい、二回目。

まったく学ばないお子様だな、ファルカス。

と、ふいにエイルが席を立った。

「エイル?」

「外を見てくる――お前達は地に足を慣らせ」

 確かにまだ足が地面を踏むのがへんな感じ。

船の上と違って妙に安心感を覚える。大地ってすばらしい。

口元をぬぐって出て行こうとするエイルに、あたしは慌てて椅子から立った。


「エイル、待った」

「なんだ」

 平坦な眼差しが向けられる。

あたしは身長の壁にぶちあたりながら、ちょいちょいっと身をかがめろと示した。

「あんたには必要ないかもしれないけど。魔女の……」

 体内で魔力を練り上げるあたしの背後、かしゃんっと食器が音をさせた。

「ブランっ」

 ロイズがテーブルに手を掛けて身を起こす。

首をかしげるあたしに、しばらく泣きそうな視線を向け、切れ切れに言った。


「せめて見えないとこで――いや、いい、ここでいい」


 喉の奥から搾り出すように訳の判らないことを言う。だがあたしもはたりと気づいた。何も衆人環視の元でンなことしなくて良し。

 あたしは瞳を瞬いてエイルの袖を引いた。

「ちょっと来て」

「ここで良いそうだぞ」

ふんっと鼻を鳴らし、あたしが動くより先にエイルがあたしはの顎先に手を添えて唇を触れ合わせようとする。

 あたしはそれをよけるように浮き上がり、ヤツの額に唇を合わせた。

こっちで良し!


――魔女の慈愛と加護を。


怪我などしないにこしたことは無い。これはただの保険だ。


 ぷっかりと浮かんだままのあたしが「んじゃ行って良し」というと、エイルは不愉快そうに眉をひそめ、あたしの襟首のシャツを引っつかみ、かすめるように口付けた。

「おとなしくしていろ」


おまえがな!!

 

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