表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/122

101、報復活動

「使い魔の契約解除。再契約? そもそもそんなことできるの?」

 アンニーナの言葉は、その後とりあえず場所を客室の居間へと移動させてのことだった。

すでに二度程死ぬ目にあったアンニーナ弟、馬鹿カス――もといファルカスは、完全にエイル・ベイザッハにおびえて姉であるアンニーナにはりついている。

はりつきながら、アンニーナの言葉に「姉貴から聞いた話じゃないか」とあわてるように言った。

「満月の下、使い魔を半殺し状態におとして契約の上書きをすればいいって」

「って、そんなの酒の席での戯言じゃないの。そもそも、その言葉の語尾は~できんじゃないのぉ? 程度のものでしょうがっ」

「ふざけんなよっ」


「ふざけているのはおまえだ」

ロイズは冷ややかにぼそりと言う。


 長椅子の真ん中にあたし、右にロイズ、左にエイルという挟まれ状態です。これはつまり、この二人を止める為なのですが――何故に酷い目にあったあたしがこの二人を止めなければならないのか? 酷い目にあわせてくれた馬鹿カスをかばわなければならないのか?

 かばわなくていいんじゃない?


もうげんなりだよ。


「半殺しまでしなくとも二・三発」

「半々だな」

両隣の人間が珍しく会話しています。

「……何の話?」

「軽く報復の話」

「いや、十回の権利はあたしにあるからね! あんた達、なにそういう訳わからないことで結託しているのよっ」

 しかもすでに二回、エイルによって半殺しの憂き目を見ている。そのことに関してアンニーナは黙認しているし、あたしも寛大な心でもって自分の分の二回と計算してやってもいい。


 十回って実は面倒くさいと気づいたから。


それにしたって、何こんなときに限って会話を、しかも訳からない会話を成立させてるんだこの二人ときたら!

実は仲良しですか?

普段は仲悪いふりしてんじゃないでしょうねっ。

良く悪役が使う常套句よね? 本当は仲良く悪事を働いていながら、じつは表面上は仲が悪いふりをしているのよっ……ああ、ないか。少なくともエイルは。


「いいじゃないか、半殺しにしても死なないんだろう」

「隊長! 部下が聞いたら泣くから! 不穏なこと言わないっ」

 あんたは法と一般人を守ってろ。

せめておまえだけは一般常識の中で立っていてくれ。

 あたしはね、悪い魔女なんです。悪い魔女だというのにこのメンバーでいるともしかして自分が一番良識ある人間なんじゃないかって思うじゃないの。

 すごいこわいよ。

 

 あたしは脱力してファルカスをにらみつけた。

「あんたの考えなしの結果なんだからね! 魔女を使い魔と間違えるなんて阿呆すぎるわよ」

 たとえそれが殺す気のないことであったとしても、現にあたしは酷い目にあいました。

今は着替えを済ませたあたしの腹に、蝙蝠がはりついて悲しそうに時々キイキイいっている。それをなだめるように時々撫でながらあたしはファルカスを睨んだ。

「そういうがな、俺は魔女の気配は良く知ってるんだよ。だというのに、お前ときたら魔女という程の魔力も持ち合わせてない。耳だの尻尾だの付けてる。どこからどう見ても使い魔じゃないか。おまえを見て一発で魔女だと判る人間なんかいないね!」

 忌々しいというように吐き捨てられる言葉に、あたしは顔をしかめる。


「エイル・ベイザッハの使い魔だと思って何が悪い。しかも悪名高い魔導師の使い魔なら逃げだしたいのも仕方ないと思うじゃないか」

「ブランマージュは誰のものでもない」

 熊、こら熊、なんだって今日のあんたはそう冷ややかなんだろうね。

声が一オクターブ低いですよ。目つきの悪さも相まってちょっと待て。

「ファル、あんたこの魔導師を知ってるの?」

 話をかえようとしたのか、アンニーナが自分の隣の弟を見やって尋ねた。

「魔導師やってて知らないヤツなんていないさ。まぁ、姿形を知らないヤツは多いだろうが、俺は生憎とよく知ってるんだよ」

「無駄なことはよーく知ってること」

あたしが嫌味っぽく言うと、学習能力のないファルカスはずいっと顔を寄せて、


「うるさい、チビ猫っ」

「黙れ」

「近寄るな」

右と左から同時に発せられた言葉。そして銀色の銃と、魔道具である剣の切っ先――ファルカスはぴたりと口をつぐんで両手を上に掲げた。


 あたしはエイルの手の中の剣を消し去り、ロイズの銃を軽く抑えた。

「ロイズ……それしまっときなさい」

 まさか酒を飲んでるのか? いや、逆に寝不足か?

あたしはロイズの扱いに戸惑った。

 もともとあたしの知るロイズときたら警備隊長としてそれなりの怖さを持った男だ。仕事中は表情だってあまり動かさないし、どちらかといえば険しい表情をしている。だが猫を飼ってからというものこの男は随分と人間が丸くなってしまったし、魔女であるあたしに対してもまるで保護者のように優しさを見せる。

 こんな風にとげとげしいのは最近では珍しいくらいで、あたしは心から参ってしまった。


くいくいっとその手を引いた。

「あんたエイルの看病で疲れてるのよ。先に休んだら?」

 遅い時間だし。

それに――明日にはこの船は目的地に到着する。十分休まないといけないと思うんだが。

「何の問題も解決していないだろ」

「いや、なんというか――これはあたしとファルカスの問題であってさ、あんた達は」

――にらむな、にらむな!

 あたしは耳を伏せて溜息を吐き出し、「ロイズ」と相手の意識をこちらへと向けて、にっこりと微笑んだ。

 もう駄目。

なんというか、ロイズをなだめることがこんなに困難だとは思わなかった。

普段が温和な熊であるだけに、今はぐるぐると喉の奥で威嚇する子持ち熊みたいだ。

「寝てて」

――はい、お手上げ。

 ふっとロイズの体が前のめりに倒れ、あわやあたしの体が押しつぶされそうになる。しかしその寸前、ロイズの体は魔法によって転移させられていた。


「隣の寝室に入れておいたわよ」

というアンニーナの言葉に「ありがとう」と返せば、アンニーナは大仰に肩をすくめた。

「まさか撃たないとは思うけれど、あの銃は結界も切り裂くもの。保身よ――できれば、そっちの魔導師も退場願いたいとこなんだけど……あっちよりも後が面倒くさそうだものねぇ?」

 アンニーナはたいていの男をとろかせる色っぽい流し目でエイルを見たが、エイルは冷ややかな眼差しを返すだけだ。


「まぁ、だいたい話はわかったわよ?

あんたはあたしを使い魔だと勘違いした挙句、ご親切にも性悪な主人から開放してやろうとしてくれたって訳ね」

 ちらりと隣にいる他称、性悪主を見る。

性悪であるのは認めよう。(あるじ)じゃないげとね! あたしの主って、そりゃどちらかといえば熊隊長のほうでって――まて、まて、あたしもそこを認識しちゃまずいだろ。

 あたしは猫じゃないぞ。

すくなくともこの数日猫には戻ってないしね!


「魔物を融合させて(もてあそ)ぶようなヤツだからな、そう思われても仕方ないだろ」

 と強気な発言をするファルカスであったが、そういいつつも姉の袖を掴んでいるのはなんとも情けない。

 負けん気だけは強い糞餓鬼だ。


「とにかく! 特別にエイルに半殺しにされた二回は免除してあげてもいいけど、あと八回はあたしに権利があります!」

 面倒くさいけど、さてやりますか。

あたしはわざとらしく首をめぐらせた。

むむっ、鳴らない。ここはひとつコキコキと小気味良い音をさせたいというのに。

「ちょっ、まっ、か、かかか」

 ファルカスは奇妙な声をあげた。


「何よ?」

 いっておくが、あんたのことは許してないですし、おそらくあんたの愛しい姉君だってこのことに関してあんたを救っちゃくれないですし? ついでにあたしの隣で腕を組んで剣呑な雰囲気をだらだらとながしている男はもう完璧に問題外。ここは完璧にあなたにとってアウェイです。

 華麗なるオウンゴールでもぶちかましますか?

「勘弁してくれよっ」

「だぁめよん?」

 あたしはにんまりと笑ってぴくぴくと耳を振るわせた。


「大丈夫。痛いのは初めだけよ。慣れればきっと気持ちよくなるわよ」

八回も繰り返せば癖になっちゃうかもねぇ?

 ああん、でもあたしもはじめてだから加減がちょっと狂うかもぉ。などとにまにま言うあたしだが、隣のエイルに耳を摘まれ「ブラン」と低く名を呼ばれて肩をすくめた。


「血の処理はアンに任せたわよ? 部屋が汚れるのはイヤだもの」

「判ってるわよ。ついでに声がもれないようにもしてあげるから」

 話のわかる姉君で助かるわ。

あたしは軽く手を振り上げた。

手の中に現れたのは剣が一振り――当然、それはあたしの腹を引き裂いたソレだ。


 まずはやられたことと同じことをしてさしあげますよ?

あたしは根に持ちます!


「じゃあ――」はじめるわよ?

そう口にしようとしたというのに、ファルカスは長椅子にへばりついて手をかかげ、

「悪い、悪かった!」

 悲鳴のように叫んで続けた。


「体で返すっ。誠心誠意心を込めて奉仕する! 体で返すからっ。だからそれだけは勘弁してくれっ」


 悲痛に叫んだ言葉に、エイル・ベイザッハはあたしの手からすっと剣を引き抜いた。


「相当死にたいようだな?」

低く笑う男に呆れるあたしだったが、反対側にいるアンニーナは更に頭を抱え込んでいた。


「バカだバカだバカがいる……!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ