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100、デートの終焉と悪魔の光臨

 ティラハールはずぶりとファルカスの背にめり込ませていた手を引き抜くと、血すらつかぬ指先をあたしの唇に触れさせ、魔力を注ぎ込んで大気に溶けて消えた。

――食べれぬのか。

 吐息のように残念そうな思念を残し。

 どさりとその場にくずおれたファルカスはあえぎながら自分の姉の足にすがりつき、踏みつけられていた。

……わりと容赦なし。


 それにしてもティラハール、食べたかったですか。人間は食料ですか?

腹壊すから辞めておけ。

絶対に胃にもたれるから。なんたってカスだし。

 いや、それよりもあんたの魔力の源ってもしかして人間ですか? それは非常にイヤなんですが。誰かこの問題に答えをくれ。

 王宮魔女の使い魔として罪人の処理とかしてませんか! 色々と想像がたくましくなってしまう。


「そいつが魔女だなんて普通思わないだろ! 魔女にしては魔力だって中途半端だし、末の魔女は二十歳過ぎだって姉貴言っていたじゃないか。猫耳猫尻尾なんてバカくさいもん付けた魔女? ありえないだろう!」


……死にたいんですか、このカスは。

 アンニーナも呆れた様子でぎしぎしとヒールの高い靴で弟の背中を踏んだ。

「あんたは本当に昔っから問題ばかり! あたしが間に合わなければ打ち殺されても文句も言えなかったのよ。あんたの危機に駆けつけたこのお姉さまに感謝しなさい」

「踏むなー」

 げしげしと弟を踏みつけているアンニーナに、あたしは乾いた口調で言った。


「そこで仲良く姉弟喧嘩して時間を無駄にするのは辞めてもらえるかしら」

 冷ややかなあたしの口調に、ぴたりと二人は動作を止めた。


「アンニーナ。悪いけど簡単に許す気はないわよ」

 これはあたしの矜持の問題だ。

腹は引き裂かれるし串刺しにされるし、挙句の果てが使い魔扱いだ。どんな寛大な魔女でも許していい問題ではない。

 可愛い魔女っ子衣装は無残に引き裂かれているし、下半身は血まみれですしね!


「許せとは言わないわよ。殺さないでとは言うけど」

アンニーナはあっさりと言った。

「こんなでも一応実の弟だから。殺すのだけは勘弁して」

「じゃあ十回半殺し。あたしが半殺しにしてアンが死なないうちに治せばいいわ」

あたしはいいながらひらひらと手首を回した。


 百回といいたいが十回で勘弁してやる。面倒くさいから。

「冗談、だよな……姉貴っ!」

 まだ違和感が残っているのか自分の腹部を押さえて蒼白になるファルカス。

救いを求めるようにアンニーナを見上げるが、アンは軽く肩をすくめてみせるだけだった。

「あんたは魔女に喧嘩を売ったのよ?

死ぬ前に治してあげるから、思う存分やられなさい」

「死ぬだろうっ」

「だから、死なないように治すから――まあ、ショック死とかはちょっと厄介だけ、」

 アンニーナは言いながら、あっと小さくつぶやいた。

「ごめん、やっぱり死ぬかも」

アンニーナはちらりとあたしを見て、あご先でそちらを示した。

甲板と船内とをつなげる扉、そこに立つ――エイル・ベイザッハとロイズ・ロックの姿を。


 ぱたたたたっと黒い生き物が飛来してあたしの腕に飛び込む。

「マスターっ、血まみれです!」

 あああああ、言われなくても判ってるんだよ、いわれなくてもね。

話がややこしくなるからもう勘弁して。

「ブランっ、怪我してるのかっ」

 蒼白になったロイズが駆けつけてあたしの左肩に手をかけて膝を突く、もう片方の手で切り裂かれた腹部に手を伸ばし、そこに傷がないことを確かめた。


 そして、エイル・ベイザッハはゆっくりと歩み、放り出された魔道具である剣を拾い上げていた。

あたしの腹を串刺しにしたそれは、血糊にべったりとぬれている。紛い物の血、けれどそれはあたしの血。

 エイルはもう片方の手、親指の腹で鈍色(にびいろ)の剣の表面にこびりつく血糊をなぞり、血にぬれた指先をぺろりと舐めあげる。誰もがその行動に魅せられたように引き付けられた。


 ぞわりと、なんというか……背筋をなぞりあげる奇妙なものを垂れ流し。

半眼に伏せられた瞳がさらに剣呑さを増し、その視線がつっとアンニーナの足元にいる男へと向けられた。


「それがやったのか?」

 低い声が地を這うように言う。

「魔女の血を無駄に流したのか」

 ファルカスの身がふるりと振るえ、それはまたあたしも同じ気持ちだった。口の端が引き上げられて見ようによっては微笑にすら見える。

だが、その瞳はどこまでも冷ややかだった。

「ブランマージュ。この男がおまえを傷つけたのか?」

 エイルの声があたしを呼ぶ。否を許さない問いかけに、あたしは咄嗟に「そう」と口にしてしまい、あわてて「だけどっ」と言葉をつむぐより先にエイルはその剣をファルカスに投げつけた。

 魔道の燐光をくっきりと浮き上がらせて剣が空を切る、咄嗟のことにアンニーナはそれを片手をひらめかせて中空でとめた。

 中空で浮かんだ剣がわずかに振るえ、落ち、ずぶりと甲板に突き刺さった。

「邪魔をするな。そもそも何故おまえがいる」

「いろいろ理由があるんだけど――いちおう、コレへの報復はブランマージュがやるわ。半殺し十回で話はついてるの。手をだすのは辞めてほしいわね、魔導師」


 ぴりぴりとする空気の二人と違い、ロイズは真剣にあたしに怪我がないのか確かめている。

ぺたぺたと触られるのもちょっと居心地が悪い現状に気づき、あたしは微苦笑で応えた。

「もう怪我は治ってるから」

「治っているからいいってもんじゃないだろ。こんな時間に何をしているんだよ? 眠れなくて散歩にでも出たのか? そういう時は遠慮しないでいいから起こせよ。子供が一人でうろつくとこうやって事件に巻き込まれるんだぞ!」

 眉間に皴をくっきりと刻みつけて睨まれた。


あうー……


 耳を伏せてどう言い訳しようと思うあたしだったが、ロイズはやがてふっと口元をゆがめてあたしの頭を抱きこんだ。

「痛かったろう? 悪い――悪かった」

 低くいいながら抱きしめられている現状にあたしはますます耳をぺったりと伏せた。

蝙蝠がキィキィいいながらロイズに噛み付いているが、ロイズは気にしない。あたしは顔がゆがむのを感じながら「あんたは悪くないでしょ……」と小さく呟いた。


 まったくロイズの馬鹿熊。

なんでもかんでも世の中におこることの責任でもとる気か?

責任感が強いにも程がある。だからはげるんだってば!

馬鹿――本当に馬鹿なんだから。

泣きたくなるから辞めてよ。


 あたしがしんみりとしたのもつかの間、はたりと残りの連中の空気が不穏なあげくエイルが自分の魔道具である指輪はおろか、ファルカスの剣の魔道石まで使って何かをしでかそうとしていることに気づいてしまった。

 

 魔女と真っ向から敵対できる男エイル・ベイザッハ――

さすがダーリン!

すごい、惚れる! 惚れ直す!!とかそういう場合ではない。

 あたしはロイズの胸を押し、その腕の中から抜け出した。


「エイル!! ダーリン、とりあえずストップっ」

「怪我は平気なのだろうな」

「いや、うん」

 あのですね、あんたに半殺しにされた時より随分と余裕があったわよ。あの時は容赦なくげっしげしと叩き落されるし、なんか訳判らない使い魔に嚙まれるしでさぁ、本当に酷い目にあったのよ。

あの時に比べたら、あたしはあの後十分反撃する力も気力もあった。ティラハールと一緒だからか、最近体調もすこぶる良いのですよ!


更に言えば、あたしにもっぱら酷いことをするのは、あなたです!


「少し待っていろ。今、済ませる」

「済ませないで良し! あとでちゃんとあたしが半殺しにするからっ」

「おとなしく見ていろ」


 瞳が爛々と輝き、口元には笑みが浮かぶ。

悪い顔になってるから。あんたそういう顔本当に凶悪よ。警備隊! 隊長、ここにもうものくっそ犯罪者顔のヤツがいますっ。不審者は拘留の方向でっ。


「ダーリンっ」

あたしはエイルの魔導を押さえ込み、背後からはロイズが「なんでかばう」って、おまえまでもしかして怒ってるのか?

ここは普通にあたしに加勢しろ、熊め。


 まったく! なんだってあたしが、被害者であるあたしが、この馬鹿カスをかばわなければいけないのかまったく理解できんっ。むしろがんがん攻撃してさっさと十回半殺しの刑を履行したいくらいだっていうのに。


「些細なことなのよ。なんていうのかしら、はじめてのデートでちょっとした意見の相違? ほんの少しごたごたしちゃ……」

 とりあえずこの場を収めようとお気楽っぽく馬鹿っぽい適当なことを言おうとしたあたしだが、その場の空気は一気に悪くなってしまった。


あれ――なんでしょうこの、火に油を注いだような……


「船が壊れるからっやめぇぃぃ!」

「この馬鹿魔女! あんたはもうちょっと言葉を選びなさいよ!」

 アンニーナの金切り声が響き渡るのと、エイルの魔導によって放たれた氷柱がファルカスの腹部をえぐるのとはほぼ同時だった。

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