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99、正しいデートのはじまり

*今回多少の流血表現などを含みますので、嫌いな方はブラウザ・バックでお願いします。

 午前零時という指定を前に、あたしはもそもそと寝台を抜け出した。

張り付いて寝ている使い魔がもぞりと動いて「マスター?」と寝ぼけた声で呼ぶのを「寝てろ」と一発で黙らせる。

 もともと蝙蝠は夜行性の生き物だけれど、さすがに船の旅は堪えるのか夜でもちゃんと眠いようだ。ま、もっともこの蝙蝠は朝早くから起きてることのほうが多いから、基本的に昼夜は逆転しているんだけどね。


まったく深夜に子供を呼び出すなんていうのは碌なもんじゃないね。

なんといってもあのファルカスは胡散臭い。名前からして阿呆っぽいし? ああ、それは関係ないか。

「罠くさいなー」

あたしは小さくつぶやき、それでも口元ににまにまと笑みを称えた。


まぁいい。だって退屈していたしね。

エイルの体調はよくなっているみたいだけど、ロイズも看病で疲れているっぽいし、ティラハールは相変わらず無表情で座ってるだけだし。

まったくもって退屈。この退屈を払拭してくれるだけのネタを、あのカスがもっているのかどうかはあやういけれど、あたしとしてはせっかくのデートをむざむざお断りするような野暮はしないわよ?


 あたしはにんまりと口元が緩むのをなんとか引き締めながらこっそりと客室を抜け出した。

きしりと足元の木床がきしむのが気になり、わずかに浮き上がって移動する。そこかしこでまだ人が動いている気配がしているのは、船員が作業を続けているのだろう。途中でいきあった船員などは、あたしの姿に「こんな時間に外に出ちゃ危ないよ。送ろうか?」と声をかけてくれたが、あたしは軽くそれに微笑みかけて「大丈夫」とひらひらと手を振った。

 船上ではすでに猫耳や尻尾がついていても気にされなくなった。どうやら王都のほうでは猫耳や猫尻尾がつけられる魔道具も販売しているらしい――……誰が販売しているのかあえて言うまい。


 あたしは甲板へと出る扉に手のひらを当てて、甲板に気をめぐらせた。

甲板上に一人――ほかには気配がないのは、うっすらとその場にシールドがめぐらせてあるからだ。

 背筋がぞくぞくする。

罠、罠、罠っぽい。

いやん、ぞくぞくする楽しい!

 あたしは耳の端をぴくぴく動かし、にんまりと口元が緩むのをとめられなかった。

かちゃりと扉のノブを回し、ひょこりと顔を出す。


 降り注ぐ月明かりに、満月であることをひしひしと感じることができる。

――月が優しくやわらかくその力を注いでくれる。大地の慈愛はないが、月はかわらず魔女を愛おしんでいるのを感じる。

 魔女は月の落とし子なんて、まるきり嘘じゃないかもねと思わせる瞬間だ。

 視線をめぐらせれば、ゆらりと月明かりが水面でゆれる。宵闇と海の表面が溶け込みその怖い程の深淵がぞくぞくと背筋をなぞりあげた。

「よぉ、来たな」


 頭上からの声にあたしは視線をあげた。

一段高くなっている船上で片足をぶらりと揺らし、もう片方の足を抱えるようにして座っていたファルカスはにまにまと口元に笑みを浮かべてあたしを見下ろしている。

 昼間見れば見事な赤毛だが、闇に触れてその髪色はあまり目立たなくなっていた。

「来ないかと思った」

「あら、デートの誘いを断るなんてしないわよ?」

「ガキの癖に」

そう吐き捨てるように笑い、ファルカスは続けた。

「まぁ、見た目とおりの年齢って訳じゃなさそうだけどな」

にまにまと言うファルカスの腰には、幅の広い長剣が剣帯につるされていた。あたしは眉をひそめてそれをゆっくりと観察してしまう。

平和なうちの町ではそんなものをつるしている人間などいない。武器らしい武器を所持しているのは警備隊員くらいのものだ。

 存在感たっぷりでいくつもの石がはめ込まれたそれ。


「魔道具……そう、やっぱりあんたは魔導師なのね?」

予想はしていた。

ファルカスは自らの腰の剣の柄をとんとんっと叩き、肩をすくめて見せた。

「ああ。言ったろう? 使い魔の開放方法を教えてやるって」

「あんたにはそれが判るの?」

「俺には結構なコネがあるんだぜ?――来いよ、チビ猫」

「命令されるのは好きじゃないのよ、カス」

「そんな口が利けるのも今のうちだって」

言葉と同時にファルカスはとんっとあたしと同じ甲板へと降り立ち、そのままの勢いで魔道具である剣を引き抜いた。

 淡い燐光を放つ剣に魔道の発動を感じる。あたしは船全体にシールドを施した。


「乱暴はいやよ。痛いのは好きじゃないのよ」

「はじめのうちだけさ。ちゃんとイかしてやるから」

「品がないわよ」

 エイルならもうちょっと違う台詞が来るわよ。面白みに欠ける。


 振り上げられた剣から熱波が襲い掛かる。

なんて判りやすい単純馬鹿!

あたしはその波動を片手で押さえ込み、散らした。それをどこか楽しそうに口笛を吹いて眺め、ファルカスが二撃目をくりだす。船のシールドのせいで船自体には何の衝撃もないが、さすがにあたしは自分の魔力値をちらりと考えた。攻撃を受けているだけでは魔力が尽きる。ならば――息を吸い込んで相手の攻撃を散らしたその反対の手をひらめかせる。

 杖を呼び出すよりも口腔で意思を込めた。

青白い稲光が船上を駆け巡る。息をつめるようにしたファルカスが床板を蹴り上げ近づくのを視界に捕らえ、あたしは床板をつま先でけった。


 雷撃を一撃、二撃繰り出す。ファルカスは驚愕するように瞳を見開き、ついで口角を引き上げた。

くそっ、あいつのマントは雷撃避けの魔道アイテムと見た!

あたしは舌打ちして戦法を切り替えた、細く細く研ぎ澄ませた水の矢を放つ。水だからといって甘くみるなよっ、岩だとて貫く!

 しかしこちらが仕掛けるより先に、ファルカスは身を低くして床をけっていた。



早い!


 魔道ではなく直接の攻撃、ファルカスの剣があたしの腹をなぎ払おうとする。

あたしは喉の奥で小さくうめき、それをよけるべきかもっと別の――と考えるまでもなく、剣の切っ先があたしの腹部をざくりと切り裂いた。大振りな剣がそんな素早さをもつなど考えてもなかった自分の大失態だ。

 引き裂かれた痛みは瞬間的に熱のようにあたしに襲いかかり、息をつめた口、腹からせりあげる激しい嘔吐感によってごふりと血を吐き出した。

 魔女の血!

まがい物といえども、あたしの、血。

あたしの中で面前が真っ赤に染まるような激しい怒りが渦巻いていた。

「ああ、わりぃ――やりすぎた」

ファルカスがのぞきこむようにして笑う。

その顔は多少引きつり、口の端がぴくぴくと痙攣していた。

それとも、そう見えるのはあたしの視界が揺らいでいるのだろうか。


 苦痛に呻きあたしは相手をにらみつけた。

口の端を血が流れていく。

それは命であり力だ。

「今、楽にしてやるからよ」

「親切、だ、こと」

「子供をいたぶる趣味はねぇよ」

いいながらファルカスはあたしの腹をもう一度剣でどすりと突く。あたしは自らの腹部に魔力を注ぎ、痛みと時とをとめながら面前のこの糞馬鹿をどう殺そうかと考えた。


 痛みと怪我とをきっちりと止めてしまえばその後はじっくりと――なぶってやる。

 ファルカスは剣を持たぬ反対側の指を自らの唇に走らせ、ついであたしの唇に親指で触れる。

口の端の血をぐいっとぬぐい、そのままおおいかぶせるように唇を触れ合わそうとするが、あたしは魔力を腹部に回すことばかりで相手の行動を留めることもできない。


何をっ!

触れる唇と同時――ファルカスはぐっと呻いた。


 腹に突き入れられた剣がさらに深くめり込もうと動く。すでに痛みは止めているが、その違和感にあたしが眉をきつくよせると、ファルカスの体がそのままあたしの横にずるりとすべり落ちた。


それはあたしの腹に突き刺さる剣よりもむしろ冗談のような光景だった。

「……ティラハール」


 美しく愛らしいティラハールの手が、背後からファルカスの腹部にめり込んでいた。

そして地底から這い登るような不快なだみ声がゆっくりと大気を振るわせる。

「この男をどういたす、末の?」

こちらの心臓をぞわぞわとなぞりあげる不快な声。

 あたしはゆるりと首を振った。

この声はだめだ。長く聞いていると頭の中が壊れそうになる。ティラハールは――言葉を操れないわけではないのだ。だが喋ることを禁じられている。レイリッシュが禁じているはずだ。そうでなければこんな危険な生き物野放しになど到底できようはずがない。


 その声を長く聞き続ければ、人間は気が触れる!

その言葉はすでに呪詛に近い。なんて愛らしく禍々しい生き物だろう。

 ファルカスは腹部に腕を入れられ、小さくがくがくと体を痙攣させてはいたがその瞳には意思が宿っていた。小さく悪態をつくのは、おそらく痛みを感じているのではないのだ。

ただ奇妙なオヴジェのようにその腹からかわいらしい手を突き出している。

 串刺しにしその時をとどめているのだろう。

瞬時に死なないように。まるで獲物をいたぶるように。


ティラハールは極上の笑みを浮かべた。

「喰ろうてやろうかえ? このまま引き裂いて魚の餌にするかえ?」

外見を激しく裏切る声音と話し方は、彼女をさらに異様でおぞましいものに見せていた。


「辞めてちょうだい」

その時、あたしが自ら殺すと意思表示をする前に、その場に女の声が響いた。


ふぉんっと場の空気が揺らいで空間がゆがむ。

闇を引き裂いて現れたその姿に、あたしは唖然とした。

船の上に転移などたやすいことではない。何故なら船は動いているから。魔女は自らの知る場にしか転移はできない。だというのに、突如として黒紫の髪のアンニーナはその場に現れたのだ。

「アン?」

「ソレが何をしでかしたのか……まぁ、見た感じで判るんだけど」

いいながらとんっと甲板に降り立ったアンニーナはあたしの近くに来ると、さっさとあたしの腹部から剣を引き抜き、忌々し気にそれを放り出して手早く治療を施した。

 めずらしくその顔にはあせりがある。

必死にそれをとりつくろうように見えるアンニーナは、あたしの傷がなくなると安堵にほぅっと吐息を落とした。


 その瞳があたしを覗き込む。

だがそれはあたしを心配するものでは無かった。

奇妙に不安をのぞかせるまなざしにあたしは顔をしかめる。アンニーナはあせっていた。とても。


アンニーナはついでティラハールに腹部を貫かれたまま動けないファルカスへと視線を向けた。

「チビスケ、あんた何したの?」

「……あね、き」


 あね、き。姉貴!?

あたしはあっけにとられてファルカスとアンニーナを見比べた。

ファルカスは押さえ込まれた状態で必死にアンニーナを見上げ、小刻みに震える唇でかすれた声をあげた。

「使い魔の再契約、だよ。そのチビ猫が魔導師から自由に、なりたそうだったから」


……


シンっと、辺りに静寂が満ちた。

あたしは相手の言葉をゆっくりと租借する。苦しげに言われる、その意味を。

アンニーナは瞳を瞬き、ぐぎぎっと音がするのではないかという程奇妙な動きであたしを振り返り、

「――ブランマージュ」

「なによ」


「あんた使い魔だと思われてる!」


大爆笑して腹を抱えこんだ。


「わらえるかぁぁぁぁ!」


あたしは血で汚れた現状、満月の下で力いっぱい吼えた。

 

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