あの顔は
「あっはっは!ま~た私の勝ちだ!ご馳走様、ナナシ君!遠慮なくいただくよ~」
フロウは上機嫌に手札を机に並べ、憎たらしい手つきで掛け金を引き寄せる。
「・・・いや、おかしいだろ?色々と」
「ん?おかしい?何がだい?敗者の惨めな遠吠えくらいは聞いてあげよう。ささっ、言ってみたまえ」
「俺まだお前に一回も勝ってないぞ?イカサマしてるだろ?」
「おっほ・・・言いがかりも甚だしいね。この私がイカサマなんてするはずないだろう?ねぇ、ドボドボボボボ君?君には私がイカサマをしている様に見えたかい?」
「ボンボルドンドです。ナナシさん、フロウさんはイカサマはしていませんよ」
穏やかな表情で本を読み進めるボンボルドンドは苦笑いを浮かべる。
彼が言うならそうなんだろうが・・・これで14回連続で負けてるぞ?
そんなに強運の持ち主なのか?
いや、幾らなんでもそれは・・・無いよな?
「腑に落ちない顔してるねぇ、ナナシ君。私の強さの秘訣を教え・・・いや、やはり止めておこう。君からはまだ搾り取れそうだからね。もう少しだけ、私の糧になってもらおうかな?」
「性格悪いな・・・お前」
「はっはっは!何とでも言うがいいさ!それで?他におかしいと思う所はどこだい?」
「いや・・・お前も金出せよ。賭けになって無いだろう?」
彼女は何度か瞬きを繰り返す。
「これはこれは・・・随分と珍妙な事を言うじゃないか。ちゃんと私も出しているだろう?」
「いや、出してないだろう?何で俺が金で、お前が下着なんだよ。全然釣り合って無いだろう?」
「君は本当に・・・駄目だね、ナナシ君。いいかい?私の下着は君の出した金額に釣り合う価値があるんだよ?嘘だと思うなら今度町に行ったときに査定してもらってみてくれ。君が頼んでくれるなら、私は快く貸してあげるよ」
「いらねぇよ!もっと恥じらいを覚えろ!・・・はぁ、もういいや」
ケラケラと笑う彼女に呆れ、席を立つ。
「お?今日も日課の剣の訓練かい?うんうん、良い事だ。日々の努力は決して裏切らないからね。それじゃあ、ドドボボボンボ君。私と一勝負・・・どうだい?」
「・・・えぇ、お願いします」
2人は対面に座り盤を広げ、ナナシは溜息を吐き部屋を後にする。
『黒砂』が町を離れて2週間が過ぎようとしていた。
1週間ほどで戻ると言っていた彼女だが・・・未だにその姿は無い。
定期的に地上の偵察も兼ねて探してはいるのだが見当たらない。
日に日に気落ちしていくティルティーラとは対照的に・・・フロウは暢気なものだ。
『え?探しに?いかないよ?私は待つ事に関しては得意中の得意だからね。あのドワーフの小娘から解放されて、羽でも伸ばしてるんじゃないのかい?・・・え?いつまでここにいるのかって?黒ちゃんが戻ってくるまでいるよ?まだ10年分も話してないんだよ?当然じゃないか』
あの場にティルティーラがいなくて本当によかった。
「・・・ん?あ!ナナシさん!」
「やぁ、パルシィ。今日も酒場で?」
「はい!私には踊る事しかできないので・・・えへへ」
「そんな事無いだろ?途中まで一緒に行くか?」
はい!。と、照れくさそうにはにかむ彼女と肩を並べて歩き出す。
暫く歩いていると、不意に彼女が呟く。
「ティルティーラさんは・・・大丈夫なんでしょうか?」
「・・・どうだろうな。見た感じは大丈夫・・・とは言えない感じだ」
「・・・本当にフロウちゃんやり方でよかったのでしょうか?」
「それは・・・正直、分からない。けど、少なくとも考えがあるだろうし・・・あいつを信じるしかないさ。馬鹿で下品で卑怯で卑劣でうるさい奴だけど・・・考え無しに誰かを傷つける奴じゃない事は知ってるだろ?」
「それはそうですけど・・・ナナシさん、結構酷い事言ってますよ?」
苦笑いを浮かべるパルシィと暫く歩き、彼女は酒場へと向かう。
体調が戻ってからの彼女は、日々酒場で踊り続けている。
この悲壮感に包まれた空気を少しでも和らげようという、彼女なりの考え。
屋敷の中からあまり出ない自分達と比べるまでもない・・・素直に尊敬する。
入り口付近の広場に辿り着き、剣を振り始める。
こんな事をやって強くなっているのかなど分からないが・・・身体を動かさずにはいられない。
ふと、フロウの言葉を思い出す。
『いいかい?皆。今から私の行動に黙って付いて来て欲しい。例えそれがどんな無茶苦茶な話であっても・・・だ』
ティルティーラと『黒砂』が来る前に言われた言葉。
普段の行いを考えると、そんな物は拒否するに限る・・・が、出来なかった。
あの時の彼女の表情を自分は知っている。
あの顔は・・・ん?
不意に視界の端に何かを感じ、視線を向ける。
あれは・・・ティルティーラか?
疑問に感じるのも無理も無い。
髭は伸び髪はボサボサ、虚ろな目の下には隈、身体は僅かに震え・・・生気を感じない。
見るも無残な姿の彼女はじっと入り口を見つめ続けている。
『黒砂』の帰りを待っているのか・・・
流石に彼女を放っておく事は・・・出来ないな。
意を決し、彼女に向かって歩き出す。
「あ、あの・・・ティルティ―――っ!?」
言葉を飲み込み、入口へと視線を向ける。
当然だ。
数多の足音と叫び声が・・・こちらに向かって来るのだから。
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