魔女の焼き菓子
何度目かのノックの後、ゆっくりと扉が開かれた。
「はいはい・・・そんなに何度も叩かなくても聞こえてるっつーの。つーか、いつもノックしない癖に何で今日は・・・って、誰?あんた達?」
扉の前に立っていたのは20代後半くらいの女性。
髪は暗い緑色で、気だるげな目元が印象的だった。
魔女は不審者でも見るような目を向けてくるが、隣にいた少女は挨拶をして家の中に入っていく。
「魔女様ー、今日はお菓子無いのー?」
いつもの所にあるでしょ?と、魔女は言うが、少女は見つけられないようで何度も尋ね続ける。
魔女は頭を掻きながら家の中に戻ろうとするが、視線をナナシ達に戻す。
「まぁ・・・どこの誰かは知らないけど、あの子と一緒だから一応客人ってことにしておこうか。入っていいわよ」
それだけ言い残し家の中に消えていく魔女を見て、思わずフロウの顔を見る。
「なぁ・・・本当にあの人、魔女か?」
「ん?あぁ、魔女だね。私の見立てでは・・・大体120年くらい生きてるかな?私にしてみたら、まだまだお尻の青い女の子だね。とりあえず、お言葉に甘えてお邪魔させてもらおうか。家の中から何やらいい匂いもすることだしね」
上機嫌で家の中に入っていく彼女を追って、ナナシも魔女の家の中に入っていく。
部屋の中はかなり綺麗に片付けられており、一角では先ほどの少女が満面の笑みで焼き菓子を頬張っている。
同じ魔女でも随分と違うな。と、思いながら部屋の中を見回していると、魔女は紅茶を置き椅子に座るように促す。
「・・・で?あんた達は?誰?」
変わらずに警戒をしている魔女に簡単に自己紹介をすると、彼女は頬杖をつき目を細める。
「・・・ふーん。んで?そっちの娘は?魔女なんでしょ?魔名はあるの?」
「不老。それよりもさ、先程からナナシ君があの焼き菓子を食べたそうにしているんだ。良かったら少し分けてくれないかな?」
え?俺?
困惑するナナシとは別に、魔女の方も困惑した表情を浮かべている。
「・・・は?不老?嘘でしょ?」
「いや、本当だよ。それよりも焼き菓子を・・・」
「・・・歳は?」
「おやおや、出会ったばかりでそんなに私に興味があるのかい?それじゃあ交換条件といこう。焼き菓子をくれたら答えてあげるよ」
そそくさと席を立つ魔女の背を見ながら、フロウに尋ねる。
「魔名って?」
「魔女の通称みたいなものさ。魔女は基本的には本名は名乗らない。何々の魔女っていう前半部分を呼び合うのが習わしさ」
「じゃあ、お前の本名は?」
「私の?うーん・・・そうだなぁ。君が目の前で『魔女さん大好き』って言ってくれたら教えてあげようかな?」
悪戯っぽく笑うフロウだったが・・・これは聞かれたくない事だという事が分かった。
彼女の意思を尊重し、話題を変える。
「んじゃ、いいや。それで?不老って聞いて・・・何であんなに驚いてるんだ?」
「さてね?私が思ったよりも年上だから、緊張でもしてるんじゃないのかな?」
またこいつは適当な事を言って・・・
しかし、ここで違和感に気が付く。
一番最初に出会った時・・・何故、彼女は自分の名前を言うのを一瞬躊躇ったんだ?
別に魔女でもない自分に隠すような事は無いはず。
考えていると、魔女が焼き菓子を机に置く。
フロウはすぐにそれを手に取り、いただきます。と、口に運んでいく。
「・・・で?歳は?」
「どっちのだい?通算の歳?それとも、止まった時点の歳?」
「どっちも」
「おやおや、欲張りさんだね。まぁ、いいけど。止まったのは19。通算だと・・・633年目かな」
魔女が驚いている横で、ナナシはまたも違和感を覚える。
記憶が無くても覚えている。
今の大陸歴は614年のはず。
だとしたらフロウは・・・?
満面の笑みで焼き菓子を頬張る彼女を見て呆然としていると、魔女は興奮気味に身を乗り出す。
「じゃ、じゃあ!あんた・・・いや、貴方は「フロウでいいよ。今はナナシ君が付けてくれたこの名前が私のお気に入りだからね。あ、フロウちゃんでもいいよ?」
「えっと・・・じゃあ、フロウは『灰の時代』を生き延びたって事!?」
「まぁ、そうだね」
「じゃあじゃあ・・・『太陽の魔女』様と『星月の魔女』様に会ったことは!?」
「あ~、何度か見た事はあるかな。まぁ、あの2人は私に比べたらかなり胸は小さかったかな」
自慢げに胸を叩くが、魔女は反応に困り曖昧な返事を返す。
そんな中、ナナシは眉を顰めていた。
(『灰の時代』・・・『太陽の魔女』・・・『星月の魔女』・・・一度も聞いた事の無い言葉のはず。でも・・・俺はこの言葉・・・どこかで聞いた気がする・・・)
必死に何かを思い出そうとするが、何も浮かんでこない。
自分で考えても駄目なら・・・聞いてみるか。
「なぁ・・・その、『灰の時代』とか『太陽の魔女』とか『星月の魔女』って何なんだ?」
「はぁ!?あんたそんな事も知らないの!?っていうか・・・フロウは教えてないの?」
「あぁ、特に聞かれてないからね。代わりに説明してあげてよ。私は焼き菓子を食べるので忙しいんだ」
紅茶と焼き菓子を満喫するフロウに促されるまま・・・魔女は話を始める。
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