聖職者オークとリス
木々を薙ぎ倒し、けたたましい叫び声と共にそれは姿を現す。
丸々と太った巨大な体躯。
真っ赤に染まった眼。
口元に光る鋭利な牙。
身体の割に短い手をしているが、その手には巨大な何かを抱えている。
興奮状態にあるのか・・・荒い呼吸と共に、口元からはだらしなく涎が零れ落ちる。
剣を受け取り戦闘態勢をとってはいるが・・・額に脂汗が滲む。
魔獣自体は先の戦いで見てはいるし、何なら前回の魔獣の方がよほど凶悪な姿をしていた。
だが、目の前の魔獣はそれらとは比べ物にならない程の圧倒的な威圧感を放っている。
これが・・・本物の魔獣なのか?
野生の中で生き抜く為の生存本能は―――魔女が使役する真珠を遥かに凌駕するのか。
こんな生き物に・・・自分は勝てるのか?
目の前の存在に気圧され、思わず後退る・・・その時だった。
「これはこれは・・・申し訳ありません、ナナシさん。私とした事が、少し警戒しすぎたようです」
・・・え?
どういう事だ?
意味が分からず視線を向けると、ボンボルドンドは恥ずかしそうに頬を掻いていた。
「これはいい訳になるのですが、この森は至る所から魔力が溢れています。それに加えて、私は魔力の探知があまり得意ではなく・・・いえ、やはり止めましょう。いい訳は見苦しいだけですね」
「・・・ごめん、話が見えないけど・・・何?」
彼の言っている事と言いたい事など微塵も分からないが・・・こんな話をしている暇なんて無いだろう?
しかし、そんな事はどこ吹く風。
彼は敵意を向けてくる魔獣などいない物の様に話を続ける。
「いえ、私が言いたいのは『リスに驚いて申し訳ありません』という事です。いや~、お恥ずかしい」
「・・・は?え?は?」
・・・この人は何言ってるんだ?
リス?
今・・・リスって言ったか?
・・・どこにリスがいるんだ?
こんな事をしている場合じゃないのは分かっているが、周囲を見回す。
当然、リスなどどこにも見当たらない。
自分の視界に映っているのはボンボルドンドと魔獣のみ。
・・・え?
・・・まさかな。
「ボンボルドンド・・・一応、確認しておきたいんだけど・・・」
「はい?何でしょう?」
「リスって・・・あの魔獣の事なのか?」
「えぇ、そうですが?・・・む?もしやナナシさん、リスは初めて見ましたか?」
「いや・・・リスは知ってるけど・・・あのリスは知らないな」
「知っているけど知らない・・・?トンチですか?それとも謎かけですか?」
怪訝そうな顔をする彼を前に、自分の考えている事が正解だと理解した。
どうやら目の前の魔獣は・・・リスらしい。
あれがリスだとしたら、彼の反応も納得できる。
気配を感じて身構えた時に現れたのがリスだったら、恐らく自分も同じような反応をするだろう。
そうか・・・リスか・・・
だったらしょうがないか。
何度も自分に言い聞かせ、魔獣に視線を向けると・・・魔獣はこちらの出方を伺う様に低い唸り声を上げている。
・・・いや、無理だろ。
あれをリスと言い張るのは無理だって。
俺の知ってるリスは小型の可愛らしいやつだぞ?
目の前の奴は何だ?
小型でも無ければ可愛くも無いだろ。
どうみても化け物・・・百歩譲って熊ならまだ理解できるぞ?
「大丈夫です、何もしなければ害はありません。さぁ、先に進みましょう」
いやいやいやいや・・・それも無理だって!
どう見ても敵意しかないだろう!?
すんなり通してくれるような雰囲気じゃないだろう!?
その考えは当たっていた。
ボンボルドンドが歩き出すと同時に魔獣は咆哮を上げ・・・彼に向かって突進する。
凄まじい速度の巨大な体躯が直撃。
即座に彼を助けようと剣に手をかける・・・が、どこからともなく聞こえる声がそれを妨げる。
「大丈夫ですよ、ナナシさん。これはですね・・・じゃれてるんですよ」
声の主はボンボルドンド。
彼はその突進を受け止め、苦笑いを浮かべている。
・・・嘘だろ?
驚愕するのも無理も無い。
凄まじい速度の突進を受けてなお、彼は一歩も下がることなく涼しい顔をしているのだから。
驚愕していたのはナナシだけでは無かった。
魔獣もまた・・・困惑していた。
自分よりも小さい生き物が平然としているのだから当然だ。
必死に彼を押しつぶそうと力を入れるが・・・駄目。
どんなに力を入れても目の前の獲物はビクともしない。
「おやおや・・・あなたは随分と甘えん坊ですね。もう少し相手をしていたいのですが、申し訳ありません。私達は少々先を急いでいます。次回会った時にはもう少しゆっくり遊び相手になりますので、今はここを通しては貰えませんか?」
物腰柔らかに頼み込む・・・が、魔獣に言葉が通じるはずも無い。
魔獣は咆哮と共に手に持っている巨大な何かを振り上げる。
「警告はしましたが・・・致し方ありませんね」
瞬間―――彼は魔獣を蹴り飛ばし、僅かに出来た隙に背負っていた槍を突く。
その一撃は振り下ろされた物と共に魔獣の頭部をも吹き飛ばす。
あまりにも一瞬の出来事に面を喰らっていると、彼は膝をつき何かを祈り始める。
呆然とその姿を眺めていると、祈りを終えた彼は立ちあがる。
「お待たせしました。それでは先を急ぎましょう」
「あ・・・あぁ・・・」
ゆっくりと歩き出す彼の背中を眺め・・・僅かに恐怖を覚えた。
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