夢か現か幻か
夢か現か幻か。
見覚えのない場所。
握っているのは『渇望の剣』。
周囲には血痕と灰。
対峙している女性は荒い呼吸のまま・・・男を睨み付けている。
『誰の差し金だ・・・!』
女性の言葉に彼は何も反応しない。
ただ・・・剣を握り直し、走り出す。
即座に迎撃態勢に入った女性は魔構式を展開し、指を滑らせる。
無数の光弾が襲い掛かる・・・が、関係ない。
光弾を斬り裂き、躱し、距離を詰める・・・が、女性の口角が上がる。
瞬間―――男を取り囲む様に至る所に現れる魔構式。
その全ては獅子や虎、牛や蛇とあらゆる猛獣に姿を変え一斉に襲い掛かる。
躱す隙間などどこにも無い。
過剰ともいえる魔法が男諸共、大地を砕く。
・・・やったか?
巻き上がる土煙を見つめる女性が安堵の表情を浮かべた・・・その時だった。
土煙を飛び出した男は一気に距離を詰め・・・剣を薙ぎ払う。
油断しきっていた女性に為す術など無い。
上半身は宙を舞い、下半身は力無く崩れ落ちる。
何で・・・死んでいない・・・?
正直・・・こんな事、今更考えても仕方の無い事だ。
自分はもうすぐ死ぬ。
全身の力は抜け、下半身にいたっては感覚は無い。
身体が灰化していくのが分かる。
だったら・・・最後くらい意味の無い事を考えてもいいだろう。
徐々に薄れゆく意識の中・・・女性が最後に見た光景は、剣を振り上げる男の姿だった。
鈍く嫌な音が響き、男は剣を鞘に納める。
歪な仮面を外した男―――ナナシは足元に広がる灰をじっと見つめ続ける。
その瞳に感情は無く、何を考えているのか分からない。
徐に懐から紙を取り出し、羅列された名前の1つを消す。
次の獲物は・・・『星月』の魔女。
再び仮面を付け、振り向くことなく歩き出す。
・・・今のは?
ボンヤリとした頭を振り、身体を起こす。
なんだか嫌な夢を見ていたみたいだが・・・っ!?
途端に全身に痛みが走り、思わず声を漏らす。
覚えていない事はこの際どうでもいい・・・それよりも・・・
「ここ・・・どこだ?」
周囲には暗闇が広がり、頭上には3つの月。
夜?
自分は何をしていたんだっけ・・・
確か国境を越えて・・・パルシィが撃たれて・・・それで・・・!!
即座に昼間の事を思い出し立ち上がろうとする・・・が、再び身体に痛みが走り声を漏らす。
夜なのは分かったけど・・・何日経った!?
まさか3日も寝ていた訳じゃないよな!?
それより・・・何で自分は生きてる!?
あの高さから勢いよく地面に落下したら普通は死んでるだろ!?
やっぱり自分は・・・人間じゃないのか?
・・・いや、今はそんな事はどうでもいい。
助かった事実だけで十分だ。
それよりも・・・早く約束の場所に行かないと・・・
自分に言い聞かせ、辺りを見回し・・・気が付いた。
綺麗に並べられている自分の持ち物。
それとは別に置かれている身に覚えのない荷物。
明々と燃えている焚火。
・・・え?
誰かいるのか?
あの荷物はフロウやパルシィの物では・・・無いな。
普通に考えると、『誰かが自分を助けてくれた』・・・だよな?
・・・誰が?
こんな森の中で・・・誰が自分を助けるって―――
「おや・・・目が覚めましたか?」
不意に聞こえた声に反応し、身体を震わせる。
とても落ち着いた男の声。
敵意など微塵も感じられない。
この声の主が自分を助けてくれたのか?
聞きたい事は色々ある。
けどその前に、礼を言わないと・・・
「えっと・・・助けてくれて、ありが・・・と・・・う・・・」
振り返り感謝を伝える・・・が、その声はどんどんと小さくなっていく。
・・・え?
・・・嘘?
何度も瞬きをするが、声の主の姿は変わらない。
全身に纏った鎧は輝きこそすれど、至る所に傷がある。
身長は・・・2mはあるのではないかという巨漢。
地肌は見えないが、ハチ切れんばかりの筋肉。
その手に握られているのは・・・魔獣?
ピクリとも動かない魔獣は既に事切れているのだろう。
声の感じからすると、自分と同年代くらいの優男をイメージしていたのだが・・・ 筋骨隆々の厳つい男が魔獣を片手に現れたのだから戸惑うのも無理も無い。
「どうかしましたか?まだお疲れでしょう?今夕食を作りますので、少々お待ちください」
「あっ・・・はい。ど、どうも・・・」
反射的に返事をしてしまったが・・・え?
男は魔獣を引きずり焚火へと向かい、調理を始める。
その光景を暫し呆然と眺めつつ・・・頭を悩ませる。
・・・え?
どういう状況?
ここって・・・あの森だよな?
ドワーフの領土だよな?
隠れないでいいの?
オークとか魔獣もいるんだろ?
それに食事の準備って・・・魔獣?
いやいやいやいや・・・本気で言ってる?
・・・いや、でもライが食べれるって言ってたっけ?
そもそも草とミミズを食ってきたから余り抵抗感は無いな・・・
現実逃避を続け、自問自答を繰り返している内に頭に鈍い痛みが走る。
・・・そう言えば、剣はどこに?
やはりあの剣が無いと落ち着かないな。と、並べられている荷物に視線を移し・・・見つけた。
早速取りに行こうとする・・・が、男に視線を向ける。
「あの・・・俺の剣、持ってもいいですか?」
「えぇ、構いませんよ。ふふっ、律儀な方ですね」
恐らく助けてくれたであろう彼に不信感を与えるのを覚悟で聞いたが・・・随分と簡単に許可を出すもんだな。
礼を言い、剣を手に取り深呼吸をし―――これからの事を考える。
「さぁ、準備が出来ましたよ。冷めない内に頂きましょう」
男の招きに応じ、彼の元へ歩み寄る。
目の前には調理された魔獣と思わしき物だが・・・正直、美味そうだ。
彼は何かを呟き続けている。
祈りか何かか?
ふと・・・彼の名前すら知らない事に気が付き、尋ねる。
「えっと・・・いただきます。すみません・・・俺、まだ貴方の名前を知らないんですけど・・・」
「あぁ・・・失礼しました。そう言えば、自己紹介がまだでしたね」
深々と頭を下げた男が兜を脱ぎ―――ナナシは目を丸くした。
彼は人間ではない。
青い肌、下顎から伸びる牙、サイズが合っていないのか顔にめり込んでいる眼鏡。
「私の名前はボンボルドンド。聖職者オークのボンボルドンドです。以後、お見知りおきを」
「・・・ナナシ・・・です・・・」
ナナシは再び困惑した。
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