魔女は再びたかる
どれ程の時間が経ったのだろうか?
既に辺りは薄暗く、明かりが灯り始めている家もある。
「さて、随分と長居してしまったね。私達もそろそろ宿でも取りに行こうか。明日からはまた硬くて冷たい地面と添い寝をしなければいけない。フカフカのベッドで寝る最後の夜を楽しもうじゃないか」
おかしな言い方をするな。と、呆れて立ち上がるとライの声。
「あの・・・迷惑かけてすまない」
「なぁに、気にする事は無いよ。だが、気をつけたまえ。短気は損気だ。パルシィ君の為に怒ってくれた事は感謝するが、先に手を出した事はあまり褒めてあげられない」
気落ちする彼の肩を叩き、彼女は小さく頷く。
「それに・・・お礼を言う相手は間違えてはいけない。君がお礼を言うのは私達じゃない。パルシィ君だ。そうだろう?」
視線を向けた先のパルシィはルイと談笑を続けている。
「・・・あぁ。なぁ・・・明日、町を出る前にもう一回店に寄ってくれないか?」
「ん?私は構わないが・・・」
視線を向けてくる彼女に、構わないだろ。と、頷く。
「だ・・・そうだ。それじゃあ明日、もう一度伺うよ。パルシィ君、行こう。早くしないと私の達のベットが逃げてしまう」
名残惜しそうな表情のルイに挨拶をし、一行は店を後にする。
運よく取れた宿の一室で頬杖をつき外を眺める。
暗がりの中を歩く人々を見つつ昼間の事を思い出す。
突然踊り出したパルシィにその場にいた全員が釘付けになっていると、先の物音を不審に思った近隣の住民達が次々と現れる。
現れた住民達は状況が理解できずに困惑するが、華麗に舞い続ける彼女に心を奪われていく。
1人、また1人と噂が噂を呼び・・・店の内外問わず、気が付けばそこには凄まじい数の人だかり。
こうなってはもう乱闘などしている場合ではない。
ライとルイは集まった人々相手に料理を振舞い、自分とフロウもそれを手伝う。
その傍らで舞い続けるパルシィの表情は、とても美しく輝いていた。
宿を探しつつ、彼女に尋ねた。
どうして急に踊ったんだ?
彼女は何度か瞬きをし、すぐに笑みを浮かべる。
『えっと・・・皆さん、何だか怖い顔してたみたいなので・・・つい・・・』
気恥ずかしそうに笑う彼女だったが・・・素直に凄いと思った。
あの状況で踊る事など普通出来るか?
自分なら無理だろう。
怒りや悲しむ事こそすれど、周りの誰かの為に振舞う事など出来ない。
だが・・・彼女は違った。
自分の事を散々バカにされたにも関わらず、彼女はそれに意にも介していない。
出会った頃からそうだ。
彼女は自分の羽を見られた事よりも、こちらに不安を抱かせていないかを気にしていた。
そして、彼女には誰かの為にも戦う強さもある。
前回の戦いでは単独で行動し、勝利に貢献した。
聞いた話では敵を何体か倒したみたいではないか。
誰かを思う優しさと誰かの為に戦う強さを持った彼女は・・・本当に凄い。
それに比べて自分はどうだ?
すぐに武器を手に取り・・・剰え、その命を簡単に奪おうとした。
パルシィを馬鹿にしたあの男を許せない気持ちは今も変わらない。
だが・・・フロウの言う通り、命を奪う必要まであるのか?
自分の器の小ささと2人の器の広さと気持ちの強さに、思わず溜息を吐き出す。
「知ってるかい?ナナシ君。溜息を吐くと幸せが逃げるらしいよ?出会ってからこれまで君は何度も溜息を吐いているが・・・一体どれほどの幸せを逃がしてしまっているのかね?」
「・・・さぁな。っていうか、お前にも何回も言ってるけどさ・・・部屋に入る時はノックぐらいしろよ」
最早驚く事も無く振り返ると、フロウの姿。
彼女は悪びれもせず近くの椅子に腰を降ろす。
「いや~、君が欲の発散に励んでいるかと思って気を使ったんだがね。いきなりノックされると驚くだろ?」
「で?本題は?」
相変わらず訳の分からない事を言う彼女を無視し、尋ねる。
「・・・なんだか最近私の扱いが雑じゃないかい?まぁ、いいや。ナナシ君・・・君、路銀は幾らある?」
「・・・また?貸さないぞ?あと、パルシィには返したのか?大体お前は「いやいや、違う違うよ。今回は借りに来たんじゃないよ。それから、パルシィ君にはまだ借りている」
懲りずに金をたかりに来た彼女に説教の一つでもしてやろうとしたが、違うのか?
というか・・・早くパルシィに返せよ。
「それで?何で路銀を?」
「うん。明日だが、この町を出る前に武具屋にでも寄ってみたいと思ってね」
「武具屋?何で?」
「君の新しい剣を買う為に決まっているだろう?察しが悪いにもほどがあるよ?」
「はぁ?武器ならあるだろ?何でわざわざ新しいの買うんだよ?」
「何でって・・・それは―――」
フロウの口が止まる。
何だ?
不審に思い見つめ続けると、すぐに口を動かす。
「考えても見たまえ。君の武器はおしゃぶりみたいな物だろう?これまでに何度も使ってきて、ロクに手入れもしていない。いつ壊れてもおかしくないと思わないかい?修理に出すにしても、そんな高価そうな剣だ・・・幾ら取られるか分かったもんじゃない。だったら、使い勝手の良い新しい物を新調するのも悪くないと思わないかい?」
「うーん・・・それは・・・」
確かに一理ある・・・か?
何とも言えない表情のナナシを余所に、フロウは捲し立てる様に言い残しその場を後にする。
部屋を出た彼女は安堵の息を漏らす。
(危ない危ない・・・つい口を滑らせるところだった)
今日の話を聞き、1つ思いついた事があった。
それは―――ナナシの訓練。
正直・・・あの剣を使えば、魔獣など相手にもならないだろう。
だが、それは彼の思いに反する。
あくまで剣が強いのであって、彼自身が強くなったわけではない。
彼は純粋に強くなりたいと願っている。
誰かを守りたいと願っている。
その思いを・・・叶えてあげたい。
(・・・しかし、我ながらおかしなことを考える。自分を殺しに来たと思われる『処刑人形』を強くするなど・・・バカげているじゃないか。まぁ、ナナシ君に殺されるのなら・・・それもまた一興か)
薄い笑みを浮かべ・・・彼女は歩き出す。
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