合図は夜
「ナ・・・ナシ・・・?ナナシ!!」
周囲の騒音をかき消すかのような叫び声がこだまする。
地面に横たわる彼に急いで駆け寄り、何度も揺らし声をかけるが・・・反応は無い。
冷たい大地を鮮血が流れていく。
「何やってるの!?どうして!?起きてよ!!ナナシ!!」
必死に叫ぶが、彼からの返事は無い。
溢れ出す涙を止めることは出来ずにその場で泣き崩れるが、時間が止まる事は無い。
こうしている間にも次々と仲間達は倒れ、徐々に形勢は不利になっていく。
そして、泣きじゃくるドロワを放置しているほど戦いは甘くは無い。
魔獣は低い唸り声をあげ、彼女に向かってその爪を振り上げた。
咄嗟にナナシを庇う為に覆いかぶさり、強く抱きしめる・・・が、聞こえてきたのは魔物の悲鳴。
上空から魔力で生成された剣が降り注ぎ、魔獣の身体を突き刺し、腕を吹き飛ばす。
怯んだ魔獣の目の前には―――シャルロット。
魔力を帯びた剣を振り抜き、魔獣の首を刎ね飛ばす。
灰が舞い上がる中、シャルロットは叫ぶ。
「ド、ドロワ!大丈―――」
しかし、その言葉を言い終える前に処刑人形達が彼女に襲い掛かる。
辛うじて直撃は防いだが、彼女は氷の大地を転がる。
「シャル!!」
「だ・・・大丈・・・夫!ナナシさんを連れて・・・ここから離れて・・・」
シャルロットに休む暇など無い。
フラフラと立ち上がった彼女は剣を握りしめ、再び処刑人形達と交戦を始める。
そんな彼女の姿を見て、ドロワは何度も首を振る。
いつもだったらすぐに逃げ出すのに。
いつもだったらすぐに諦めるのに。
いつもだったら聞き取れないような声で話すのに。
どうしてそんなに傷ついても立ち上がるの?
どうして私達を逃がす為に戦うの?
どうして・・・
自分の無力さを噛み締めながら、ナナシを抱く腕に力が入る。
「お願い・・・助けてよ・・・。誰か・・・シャルを・・・皆を・・・助けてよ!!」
少女の悲痛な叫びが戦場に響き渡っていく。
(あれ?俺・・・何やってたんだっけ?確か・・・)
周囲は白い霧に包まれ、ここがどこかも分からない。
どうしたものか。と、頭を掻きながらとりあえず足を動かす。
道なき道を歩きつつ必死に頭を働かせている内に、徐々に記憶が蘇り足が止まる。
あぁ・・・そうだ。
思い出した。
確か自分はドロワを庇って魔獣の前に出たんだ。
それで、確か腹を裂かれて・・・
しかし、視線を落とすが傷どころか血の跡すらも見当たらない。
そこでまた考える。
もしかして・・・自分は死んだのか?
だとすればこの場所も、身体に傷が無い事も説明がつく。
あぁ・・・そうか。と、溜息を零す。
ドロワを庇った事に後悔は無い。
身体が咄嗟に動いたし、目の前で死んでほしくなかった。
その代償が自分の命なら安い物じゃないか?
後は彼女が無事ならいいのだが・・・
(フロウにあんなに大きい口叩いてこれじゃあなぁ・・・)
不意に彼女の事を思い出し、苦笑いを浮かべる・・・と、ここで異変に気が付いた。
何だ・・・あれ?
先程までは何もなかった空間に誰かがいるのが見えた。
誰か・・・というか、あれは間違いなく自分とフロウだ。
散らかった部屋の中、2人が何かを話しているように見える。
意味が分からず辺りを見回すと、至る所に2人はいた。
その光景はどれもこれも身に覚えのある物ばかり。
(もしかして・・・これって走馬灯ってやつなのか?え?走馬灯ってこんな感じなのか?思い出が蘇るみたいな感じだとばかり・・・まぁ、確かに思い出と言えば思い出だけど・・・)
記憶の無い自分にある思い出はフロウとの旅の思い出ばかり。
懐かしむ様に思い出の中の2人を眺めつつ・・・失笑した。
当然だ。
草を食べているフロウ、下着を振り回しているフロウ、鼻にドングリを詰めているフロウ・・・ロクな思い出が一つも無い。
だが・・・そんな彼女を前に、自分はこんなにも笑っていたのか。
(何が『喜』と『楽』はあるのかい?だよ。ちゃんと笑って・・・ん?)
ここで違和感を覚えた。
この白い霧の中、あるのは自分の思い出・・・いや、正確には記憶だろう。
では・・・これは?
目の前にある光景は記憶にないぞ?
そこにいるのは自分と・・・誰だ?
見た事も無い女性を前に、何故自分は膝をついて頭を下げているんだ?
これは・・・記憶を失う前の・・・?
瞬間―――頭に痛みが走り、断片的な言葉が頭に響き渡る。
『お前の・・・指令・・・『星月』の魔女・・・殺せ・・・』
鈍い痛みに顔をしかめ、乱れた呼吸を整える。
何だ?この言葉?
一体何を言って・・・
いや、違う。
自分は知っている。
でも・・・思い出せない。
この女性の名前も、会話の内容も、本当の自分も・・・何もかも。
やっとの事で呼吸を整え終わり顔を上げる・・・が、そこに先程までの光景は無い。
代わりにそこにいるのは自分とフロウ。
この光景は覚えている。
昨日・・・いや、今朝方の記憶だ。
そうだ。と、彼女の言葉を思い出す。
『いいかい?ナナシ君。合図は夜だ。空が暗くなったら使ってくれたまえ。・・・え?朝方に戦うのに夜って意味が分からないって?まぁまぁ、私を信じてくれたまえ。夜だよ?夜。空が暗くなったらだからね?・・・先にも言ったけど、この国を守る為・・・力を貸してくれ、ナナシ君』
そうだ・・・こんな場所にいる場合じゃない。
死んでいる場合じゃない。
俺はこの国を・・・皆を守るんだ!
激しい痛みを堪え、薄っすらと開いたナナシの目には・・・空が闇に覆われていくのが見えた。
最後までお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、いいね・評価頂けたら幸いです。
評価は広告下の☆をタッチすれば出来ます。
続きが気になる方がいらっしゃいましたらブックマークをよろしくお願い致します。
皆様が読んでくれることが何よりの励みになりますので、至らぬ点もございますがこれからもよろしくお願いいたします。