パン屋の娘
時刻は夕刻。
大の字で横になっているナナシの元に、飲み物を持ったドロワが現れる。
「大丈夫?ナナシ。はいこれ、飲んで」
「あ・・・あぁ・・・。あ、ありがとう・・・」
起き上がり一気に飲み物を流し込む。
心地良い感覚に一息ついていると、隣に座る彼女が微笑む。
「おー・・・いい飲みっぷりだね。訓練どうだった?」
「どうって・・・見ての通りだよ。全身ボロボロ、疲労困憊・・・明日は筋肉痛確定だよ」
「あっはは、それでも初日から最後までやり遂げるなんて凄いよ」
初めて見た時とは打って変わった表情の彼女に対し、どうも。と、だけ返し息を吐く。
初日・・・か。
あと2日もしたら帝国が攻めてくる。
訓練にすらまともについていけない自分がいても邪魔になるのではないか?
本当に・・・守れるのか?
押し寄せる不安を振り払うかの様にかぶりを振り、尋ねる。
「それにしても、ドロワは凄いな」
「え?私?何で?」
「毎日こんな訓練してるんだろ?凄いよ。辛くないのか?」
彼女は苦笑いを浮かべ、天を仰ぐ。
「全然凄くないよ。私だって毎日ついていくので必死だもん。半年間、毎日訓練しても・・・ついていくのがやっと」
「そうなのか?」
「そうなの。でもね?辛いと思った事は無いかな」
何でだ?と、尋ねる。
「何でって・・・自分達の国を守る為の戦いだよ?今まではタレッセ様やシャルに頑張って貰ってたんだから、今度は私達が頑張らないと」
「・・・やっぱ凄いよ、お前は」
何度も褒められ満更でもない表情になるが、彼女はそれを隠す様に勢いよく立ち上がる。
「そ、そろそろ暗くなってきたね!また明日も訓練あるし帰ろっか。ナナシは明日も来るの?」
「ん?あぁ、多分な」
「わかった!明日は美味しいパンを持ってくるから、絶対来てね!」
パン?
何で?
聞き返すと彼女は笑う。
「私の家、パン屋だから!それじゃあ、明日ね!」
元気よく走り去る彼女の背中を暫く眺め・・・元気だな。と、僅かに笑い帰路につく。
屋敷への帰り道、月を眺めて考える。
見た目はどう見ても兵士なのに・・・パン屋なのか。
決してパン屋を馬鹿にしている訳でも無ければ、彼女を馬鹿にしている訳でもない。
むしろその逆だ。
彼女を・・・いや、この町や国の人達を尊敬している。
本当は穏やかな暮らしをしたかったのではないのか?
争いとは無縁に過ごしたかったのではないのか?
だが、彼女達は戦う道を選んだ。
もちろん自分の為ではあるだろう。
しかし、国や故郷の為でもある。
帝国に従えば、確かに自由は無くなるかもしれないが死ぬ事は無い。
だが、この国は自由の為に戦う道を選んだ。
戦争だ。
死ぬことだってある。
彼らを・・・死なせたくはない。
自分に何ができる?
まともに訓練すらこなせなかった自分に・・・何が?
溜息を吐き俯きかけると・・・視界の端に何かが映る。
誰だ?
薄暗い広場に足を運び、物陰から覗き込む。
(・・・何で1人なんだ?)
思わず首をかしげた。
そこにいたのは『剣』の魔女・・・シャルロットだった。
彼女は広場の隅で膝を抱え、何かを呟いている。
フロウが探してるんじゃなかったのか?
こんな場所にいて、隠れているという訳でもないよな?
あいつ・・・サボったのか?
フロウの顔を思い出し、呆れて溜息を吐き出す。
どうしたものか。と考えるが、このまま放置するわけにもいかない。
それに、彼女には色々と聞きたい事もある。
彼女の元へと歩き、声をかける。
「シャルロッ「びゃああああああああ!!みっ、みみみっ、見つかったあああああ!!」
突然の奇声に言葉を失った。
え?
本当に隠れてたのか?
これで?
震えながら頭を抱える彼女に困惑するが、分かった事が一つある。
こんな分かりやすい場所にいる彼女を見つけられないはずがない。
フロウは確実にサボったという事だ。
あいつに任せたのが失敗だった。と、後悔していると・・・シャルロットは少し落ち着いたのか、チラチラとこちらに視線を向けている。
「ごめんな、驚かせて。1人なのか?フロウと会わなかったか?」
「い、いえ・・あっ、あああっ、会ってません。・・・ふっ、うひ。ご、ご用は・・・それだけでしょうか?」
明らかにこの場を去りたそうにしている彼女だったが、幾つかの質問をする。
戦争の事や魔女の事、ドロワの事、そして・・・タレッセの事。
彼女は歪な笑みを浮かべて目を泳がせながら、愛想笑いをしつつ早口で答え続ける。
本当に小動物みたいだな。
これが『剣』の魔女・・・
なんか名前の割には―――と、ここで心を読んだかの如く、彼女が顔を引きつらせる。
「おっ、おかしいですよね・・・うへへっ。私みたいなのが・・・つ、『剣』の魔名を賜るなんて。私には『汚物』とか『馬糞』とか『牛糞』とかがお似合いですよね・・・っへへへ・・・」
何でそんなに汚い物ばかり・・・
それに、殆ど同じじゃないのか?
ここでフロウの言葉を思い出し、依然顔を引きつらせている彼女に尋ねる。
「今の例はともかく・・・別の魔名を名乗ればいいんじゃないのか?」
彼女の表情が一変する。
あれ?
何かおかしなこと言ったか?
「そ、そんな事!出来る訳ないじゃないですか!!」
「・・・え?でも、魔名は適当に名乗る事も出来るんじゃ「出来る訳ないですよ!?魔名が魔女にとってどれだけ大切な物か分からないのですか!?それを破棄して別を名乗るなんて・・・!それにこれは『始祖』の魔女様から賜った物!勝手な事を言わないでください!!」
困惑した。
彼女の豹変した態度にもそうだが・・・フロウから聞いた話と全然違う事にもだ。
そんな2人の様子を・・・上空から無機質な表情でフロウは眺めていた。
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