不老の魔女の3つの嫌いなモノ
「3つ目。あの村を襲わせたのは何故だい?」
「あの村?」
何の事だ?と、奪取の魔女は首をかしげる。
「その花の産地だよ。ここに来る途中で立ち寄ったんだが、村人が全員殺されていてね。推測になるが・・・君の娘さんがこの大陸にいるのなら、彼女がやった可能性が高いんじゃないかなと思ってさ。君達の目的がその花ならば、村人達を殺したのは悪手じゃないのかい?」
ふーん。と、魔女は目を細める。
「指示を出したわけじゃないけど・・・いいんじゃない?人間なんて放っておいてもすぐに増えるでしょ?花の生産だって土壌があれば問題ないし・・・誰が作ろうが関係ないでしょ?」
瞬間―――自分の中で何かがキレた。
「ふざけるな!!」
「ちょっと・・・何?どうしたの、貴方?何でそんなに興奮しているのかしら?」
「落ち着きたまえ。ナナシ君」
テーブルを叩き立ち上がるが、魔女は意味が分からないという表情でこちらを見つめている。
その表情に更に怒りが込み上げる。
フロウの言葉は聞こえていたが・・・落ち着けるわけが無い。
「タレッセと村の人達を殺し「ナナシ君!!」
ビクリと身体が飛び上がる。
声の主・・・フロウに視線を向けると、彼女は呆れた表情でこちらを見つめている。
「少し落ち着きたまえ。いいね?」
声は普通、表情も普段と変わらない。
だが、その瞳は見た事が無い程・・・黒く淀んでいる様に見える。
「あ~・・・なるほど。そういう事」
何かを納得したかのように頷き、魔女は薄く笑う。
「何か分かったのかい?」
「えぇ・・・でも、別にいいわ。それにしても、馬鹿な子だとは思っていたけど・・・少しはやるみたいじゃない」
魔女は満足げな表情を浮かべる。
「さっきの質問の答えを変えてもいいかしら?」
「あぁ、かまわないよ」
「私の魔名は『奪取』といったでしょう?あの子にも教えたわ、『欲しい物があるのならば奪い取れ』・・・と。ただそれを実践しただけ。親として褒める事は当然だと思わない?ねぇ・・・魔女さん?」
瞬間―――空気が凍てつく。
まるであの場にいたかの如く、全てを知っているという様な眼。
呼吸が乱れ、胸が苦しい。
滲む脂汗が流れ落ちる。
自分だけではない。
何も知らないパルシィですら、小刻みに身体を震わせている。
唯一変わらないのは・・・
「ふーん。随分と野蛮な教えだねぇ。まぁ、褒める事はいい事だと思うよ?早く娘さんと会えるといいね。ん~・・・やっぱり、タレッセの花は食べても美味しいねぇ」
まるで興味が無いかの様に、彼女は食事をしながら笑みを浮かべる。
何でこの状況で平然としていられるんだよ・・・
鈍いにもほどがあるぞ・・・
「ねぇ、貴方」
声の方に視線を向ける。
まるで自分を品定めするかの様な視線に再び鼓動が早くなる。
「・・・その剣、随分と変わっているわね。少し見せてもらってもいい?」
「え?」
どういう意味だ?
確かに刀身はガラス細工の様だが・・・鞘に納めているんだぞ?
この魔女の前では一度だって抜いてはいない。
何で変わっていると分かるんだ?
この剣を・・・知っているのか?
思わず差し出そうとするが・・・躊躇った。
いや、こいつはさっき『欲しい物は奪い取る』と言った。
この剣は唯一の自分の手がかりだぞ?
もしも奪われることがあったら・・・
「ふふっ、警戒しなくても大丈夫よ。奪ったりはしないわ・・・ね?」
不敵な笑みを浮かべ、魔女は手を差し出す。
信じても・・・いいのか?
もしも本当に、これで何かが分かるのなら・・・
唾を飲み込み、剣を差し出す・・・が、魔女の手には人形が乗せられていた。
何のつもり?と、魔女がフロウに視線を送る。
「その剣はナナシ君にとってのおしゃぶりみたいな物でね。代わりに私お手製の『アラブロッパス38世』を貸してあげるから、それで勘弁してくれないかな?」
ボロボロの人形を暫く見つめ、魔女は軽く笑みをこぼす。
「私もお人形遊びは好きだけど・・・これは遠慮しておくわ」
「そうか、残念だよ」
こいつらは一体何を言ってるんだ?
意味不明な2人のやり取りを見て困惑していると、奪取の魔女はフロウに尋ねる。
「随分話が逸れたけど・・・どう?私の下につ「断る」
言葉を遮られた奪取の魔女は暫し呆然とし、苦笑いを浮かべる。
「あらあら・・・理由を聞いても?」
「あぁ、いいよ。理由・・・というか、私には嫌いなものが3つあってね。1つ目は争いや戦争。だが、これはしょうがないと思っている。大切なモノを守る為には、争わなければならない事もあるからね。2つ目も似たようなものだが、命を軽んじる事。命は何よりも尊重されるべきものだからね」
「・・・3つ目は?」
「3つ目。これが断った一番の理由だが・・・私はね、これ見よがしに下品な乳袋を見せつける服装をした赤毛の魔女が大っ嫌いなんだ」
その場にいる全員が唖然とした。
何・・・言ってるんだ?こいつ?
唖然としている一行を余所に、フロウは食事を再開する。
暫し沈黙が続き・・・突然、奪取の魔女が笑いだす。
ひとしきり笑い終えた後、彼女はゆっくりと立ち上がる。
「随分と嫌われちゃったわね・・・残念よ。でも、いいわ。奪い取るのが私のやり方・・・必ず貴方を服従させてあげる」
「それは楽しみだね」
「最後に一ついいかしら?」
「何かな?」
「貴方の魔名は?」
「不老」
不老?と、僅かに目を細める。
彼女の反応に違和感を覚えた。
タレッセの時とは反応が違う。
驚愕や困惑ではない・・・また別の何か。
「そう。それじゃあ、『不老』。5日後に会えるといいわね」
「あぁ、私からも最後に一ついいかな?」
何かしら?と、奪取の魔女は振り返る。
「この花の名前は『タレッセ』だ。2度と間違えるな」
再び空気が凍てつく。
「・・・えぇ、覚えていたらね」
それだけを言い残し、奪取の魔女は店を後にした。




