食事の時間
一件の店の前で呆れとも怒りともとれる溜息を吐く。
遅い・・・遅すぎる・・・
もしかして待ち合わせの場所を間違ったのか?と、確認するが・・・問題ない。
『じゃあ私達はこの街を観光してくるよ。待ち合わせは・・・あそこからいい匂いがするね。あそこにしようか』
それだけを言い残し上機嫌に去っていった背中を思い出し、再び溜息を吐く。
あいつ・・・本当は早く観光したかっただけじゃないのか?
この街に来て、まだ目的の一つも出来てないと言うのに・・・
(あいつにとって・・・タレッセとの約束はそんなもんなのか?)
不意に嫌な感情が芽生えるが、すぐに考えを改める。
いや・・・違う。
確かに下品で適当で面倒臭い奴だけど・・・そんな奴じゃない。
あの時に見せた悲しみや怒りは本物だった。
表面では取り繕っているが、やはり彼女もまだタレッセの死を引きずっているのだろう。
(・・・まぁ、観光して気分転換になるならいいか)
納得したと同時に腹が鳴る。
当然だ。
タレッセの村を出てからまともな食事は殆どとってはいない。
そんな状況で目の前には上手そうな匂いがする飯屋。
腹が鳴らないはずがない。
これは拷問か何かか?
頼むから早く来てくれ・・・
「待たせたね、ナナシ君」
「お待たせしました、ナナシさん」
願いが通じたのか、2人の声が聞こえる。
やっと来たか。
「あぁ、本当にな。随分待った・・・ぞ・・・」
言葉を失うのも無理もない。
フロウの手には山ほどの荷物。
こいつどれだけ買い物したんだ?
というか、そんな金どこにあった?
金を強請られはしたが、渡さなかったぞ?
銅貨3枚で買える量じゃないだろう・・・?
「お前・・・それ・・・」
「ん?あぁ、これかい?買ったんだよ?いや~久しぶりの買い物・・・それも、友人と共にするのは格段に楽しいねぇ」
「私もフロウちゃんとお買い物できて楽しかったですよ!」
「お!嬉しい事言ってくれるじゃないか」
互いに笑いあう光景は微笑ましいものだが、今はそれどころではない。
「いや・・・金はどうしたんだ?もしかしてお前・・・」
「おいおい、ナナシ君。流石にそれは失礼が過ぎるよ?ちゃんと払ったよ。パルシィ君から借りてね」
「・・・え?」
「それよりも早く中に入らないかい?流石にお腹と背中がくっつきそうだよ」
それだけを言い残し店の中に入っていく彼女の背中を暫し見つめる。
お前・・・金あるのか・・・?
上機嫌で料理を待つフロウに念を押す。
「フロウ、ちゃんとパルシィに返せよ?いいな?」
「君も心配性だねぇ。大丈夫、大丈夫。わかってる、わかってるよ」
本当かよ。と、呆れると、パルシィが尋ねる。
「ナナシさんは何かお買い物はしたんですか?」
「いや、特には。金も無いし、これといって欲しい物も無いしな」
一応は武具屋や道具屋などを見て回ったが、手持ちも少ない。
出る時に食料だけ買えればいいか。と、買い物はしていなかった。
「そういえば・・・2人は何買ったんだ?」
その言葉を聞き、フロウが勢いよくこちらを振り向く。
「何だい!?知りたいのかい!?本当は秘密にしたかったんだが・・・他ならぬ君の頼みだ!しょうがない!見せてあげよう!!」
別にそこまでは言ってないのだが・・・
喜々として荷物を漁る彼女を見ていると、勢いよく何かを取り出し・・・自慢げな表情を浮かべる。
「私が買ったのは・・・これさ!!」
「・・・何だそれ?」
彼女の手には1枚の布。
嫌な予感がした。
何だそれ?とは言ったが、答えは分かっている。
分かっている・・・が、認めたくも無ければ信じたくも無い。
だが、現実は無常である。
「おや?分からないのかい?下着に決まっているじゃないか!何だい、ナナシ君?君は女性の下着を見た事は無いのかい?」
「うるさい!!早くしまえよ!!」
最悪だ。
間違いであってほしかった。
自慢げに見せつけてくる彼女に頭痛を感じながらも、一定の理解はするように努力はする。
フロウも女性だ。
身嗜みに関心があるのは当然だが・・・態々食事前に見せつけることはないだろ。
しかも、ここは店内。
自分達以外にも客はいる。
少しは恥じらいを持って欲しいのが正直なところ。
「それで・・・いくらしたんだ?」
「おぉ!よくぞ聞いてくれた!なんとこれが銀貨1枚!凄いと思わないかい!?」
「銀・・・貨?」
興奮気味な彼女を前に言葉を失う。
銀貨?銀貨って言ったのか?
え?銅貨じゃなくて?
パルシィに金借りて・・・買ったのがそれ?
え?嘘だろこいつ?
自慢気に指にかけ下着を振り回す彼女を見ていると気が遠くなる。
いかん・・・しっかりしろ。
気を取り直し、パルシィに尋ねる。
「パルシィは何買ったんだ?」
「え?私ですか?えっとですね・・・」
フロウの話をニコニコと聞いていた彼女は突然の質問に驚きながらも、少し恥ずかしそうな顔をする。
しまった・・・マズい事をした。
フロウと一緒に買い物をしていたのなら、彼女も当然同じような物だろう。
流石に彼女に尋ねたのは間違いだった・・・
だが、予想は裏切られる物だ。
「これです」
「これって・・・」
彼女が取り出した物は小さな木製の箱。
想像した物と違い、首をかしげる・・・が、中身を見て絶句した。
箱の中には蠢くミミズ。
何十匹いるのかも分からない。
「道具屋さんに置いてあったんですよ!釣り用の餌らしいんですけど・・・これで銅貨2枚ですよ!凄くお買い得じゃないですか!?あ!大丈夫です!これはデザートなので!ちゃんとお二人と食事はしますから!」
頬を緩める彼女に、今の自分はどんな表情を返しているのだろうか?
食事の前に見るものでは無い。
目の前で下着を振り回す魔女とミミズをみて恍惚な表情のバードマン。
あれ?もしかして・・・俺がおかしいのか?
「ここ・・・いいかしら?」
聞いた事の無い声が聞こえ、我に返る。
視線を向けた先には1人の女性。
薄紅色の髪を束ね、立派な装いをしている。
柔らかに笑う女性にドキリとしたが・・・首をかしげる。
何でこの席に?
そんなに混んでないだろう?
席なら他に・・・
周囲を見回し、更に困惑した。
いつの間にか店の中には誰もおらず、いるのは店員を除けば自分達と女性のみ。
何だ?一体何が・・・
状況が理解できずに呆然としていると、フロウの声がする。
「あぁ、構わないよ。食事は大勢で取った方が楽しいだろうからね」
「あら、ありがとう」
女性は感謝を述べて席に着く。
暫し、何とも言えない空気が流れ・・・沈黙を破る様に女性が口を開く。
「そう言えば・・・自己紹介がまだだったわね。私は『奪取の魔女』。帝国から降伏勧告ついでに娘を探しに来たのだけど・・・何か知らない?小さな魔女さん?」
フロウを見る魔女の目は―――鈍い光を放つ。
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