君が隣に
(・・・釣れない)
水面に沈む糸を眺めながら大きな溜息を吐く。
王都に向かっているはずの自分が何故こんな事をしているんだ・・・?
再び溜息を吐き出し、水面に映る自分の顔を眺めながら物思いにふける。
事の発端は数時間前にフロウが発した1言だった。
『魚が食べたいな。ナナシ君、君もそう思わないかい?』
タレッセの村を発ってから数日―――依然落ち込むナナシとは対照的に、フロウは普段通りの彼女に戻っていた。
口を開けば下品な言葉やくだらない事を楽しそうに話し続ける。
正直,、最初は彼女に対して僅かだが嫌悪感を抱いた。
タレッセや村人達が死んだのに、どうしてすぐに笑えるんだ?
どうして何事も無かったみたいに振舞えるんだ?
無邪気なその笑顔が・・・憎らしいと思った。
自分の感情が抑えきれず、思わず彼女に尋ねた。
何でお前は平気な顔をしていられるんだ?
彼女は軽く笑いながら答えた。
『君が隣に居てくれるからさ』
俺が?隣に?
意味が分からずに聞き返す。
『あぁ、その通りだ。私達はまだ特別な関係ではないが、歩んでいる道は同じだ。私も1人だったら、きっと今の君と同じ顔をしているだろうね。だが、私達は2人だ。1人が悲しんでいたら、1人は笑えばいい。1人が立ち止まったら、1人が手を差し伸べればいい。人は互いに助け合い、導き合い、尊重し合うものだとは思わないかい?・・・あの村のようにね』
彼女の瞳には僅かだが悲しみが広がっている。
彼女なりの励ましなのだろうか?
無言で彼女を見つめていると、儚げな表情で目を細める。
『だから君も・・・私が立ち止まった時は、よろしく頼むよ?何年生きても・・・死別というものには慣れは来なくてね』
『・・・あぁ、任せてくれ。けど、フロウ?』
何かな?と、彼女は首をかしげる。
『まだ特別な関係ではないって・・・一生無いだろ?』
『おやおや、これはこれは・・・少しは調子が戻って来たみたいじゃないか。嬉しい限りだよ』
高らかに笑い歩き出す彼女の背を見て呆れた表情になるが・・・
『ありがとな』
小さく呟き、彼女の後を追う。
その足取りはほんの少しだけ・・・軽くなった気がした。
(・・・場所変えるか)
一向に釣れる気配が無く、重い腰を上げる。
(大体・・・何であみだくじ何だよ。自分が食いたいなら自分で釣ればいいだろうに・・・。何が『君は記憶を失う前は腕のいい釣り人の気がするよ』だよ)
ブツブツと自分の運の無さを棚に上げて文句を言うが、負けてしまったものは仕方ないと割り切る事にする。
餌が切れた事に気が付き、ミミズを捕まえていると・・・
何だ?水の音・・・か?
少し離れた場所から微かに水の中で何かが動いた音が聞こえた。
大物でもいるのか?と、音の聞こえた方へ歩き出す。
川の流れに沿いながら歩いていると、あの日の事を思い出す。
(・・・フロウに会った時も確かこんな感じだったな)
思い出に浸っていると、少し開けた場所に出た。
周りの木々の隙間から差し込む光が水面に反射している。
これまた随分とそっくりだ・・・な?
反射的に身を隠す。
やっぱりだ。
水の中に・・・何かいる。
過去を懐かしむ事を止め、覚悟を決める。
理想は巨大な魚。
及第点は魚。
最悪なのは・・・追剥、野盗、猛獣、魔女、魔獣、etc。
祈りつつ覗き込んだ先にいたのは―――
(・・・女の人?)
川の中にいたのは1人の女性。
肩口で切り揃えられた赤い髪。
傷一つない珠のような肌。
フロウとは違い、その胸には立派な物が存在していた。
こちらに気付いていないのか、彼女は警戒する事無く優雅に踊りを始める。
見てはいけないと思いつつも・・・その踊りと彼女の美しさに見惚れ、視線を外す事が出来なかった。
「ふむ・・・中々に見事な胸だ。形、大きさ共に申し分ないね」
「・・・え?」
不意に聞こえた声に振り向くと、隣ではフロウが頷きながら食い入るように彼女を見ている。
お前っ!いつの間に―――
声をあげようとしたが、彼女は咄嗟に口を塞ぎつつ自分の唇に指をあてる。
「しー・・・ナナシ君、そんなに大声を出したらバレてしまうじゃないか。それとも何かい?君は覗きよりも堂々と見る方が好みなのかい?まぁ、確かにそれはそれで・・・」
「何言ってんだよお前はっ!ってか何でここにいるんだよ!あそこで待ってるって言ってただろ!?」
「君がいつまで経っても来ないから迎えに来てあげたんじゃないか?・・・あ!なるほど!そういう事か・・・。君はこの絶景を独り占めしようという魂胆だね?」
「だからちがっ「それにしても・・・君は随分と長く見つめていたね。私の時は2.4秒くらいで上の空だったのに、彼女は17秒も凝視していた。やっぱりあれかい?胸は大きな方がいいのかい?それとも・・・お尻なのかい!?確かにあのお尻は・・・」
「もういいよ・・・何とでも言ってくれ・・・」
1人ではしゃぐフロウに呆れ果て、視線を女性の元に戻すと・・・女性はキョロキョロと周囲を見回していた。
まずい、バレたか?
しかし、それは杞憂だった。
女性は周囲に何もいない事を確認すると、指に手をかけ指輪の様なモノを外す。
途端―――女性の背中から翼が現れた。
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