花の冠
タレッセが村を離れてから数日が経過していた。
ナナシとフロウは村人達とすっかり打ち解け、彼らと協力して毎日を過ごしていた。
「えっと・・・今日の仕事は、畑の手入れと柵の修理。それと食料の確保か」
頼み事の書かれた紙を確認していると、聞きなれた声がする。
「今日も精が出るじゃないか。・・・しかし、本当によかったのかい?」
意味が分からずに聞き返す。
「何がだ?」
「いやさ、自分が提案しておいてなんだが・・・ここでゆっくりしていても良いものかと思ってね。君の記憶やその剣について、早く知りたいのではないのかい?」
そう言う事か。
仕事の準備をしながら、視線を移さずに答える。
「特に今は不自由している訳じゃないからな、そんなに急がなくてもいいだろ。村の人達も困ってたみたいだし」
「・・・君は本当にいい子だねぇ。君の記憶が無くなる前は、聖職者か何かだったかもしれないね」
悪戯っぽく笑う彼女に、呆れた様に視線を向ける。
「・・・お前、俺が柵を修理する時は『大工』で、畑の手入れする時は『農家』で、狩りをする時は『猟師』とかって言ってなかったか?」
「そうだったかな?まぁ、君の手際を見たら違うことが分かったんだからいいじゃないか」
「・・・はいはい。それより、そろそろタレッセが帰ってくるんじゃないか?部屋の掃除くらいしておけよ?どうやったらここまで散らかせるんだよ・・・」
至る所に散らかっている本や衣類を見て溜息を吐く。
「いやいや、これは散らかっているのではないよ?私が取りやすい位置に物を置いているだけさ。もしかしたら君は、記憶を失う前はどこかの貴族の執事だったのかもしれないね」
「・・・かもな。じゃあ、行って来る」
これ以上は何を言っても無駄だと諦め、家を後にする。
そんなナナシに向かって、フロウは満面の笑みで手を振り見送った。
「・・・こんなもんか?」
「あははっ!何それ~、変なの~」
歪んだ柵を見て笑う少女に、苦笑いを浮かべる。
少女の祖母から差し出されたお茶受け取り、礼を言いつつ尋ねる。
「タレッセはいつもこんな仕事を?」
「はい。タレッセ様はお優しい方ですので」
その言葉に嘘は無いだろう。
まだ数日しかこの村にいないが、彼女の話をすると村人は皆幸せそうに語り出すのだから。
暫く雑談していると、少女が何かを見つけて走り出す。
「魔女様!お帰りなさい!」
「おっとっと・・・急に飛びつかないの。危ないでしょ?」
笑いながら謝罪する少女の頭を撫で、村人達に挨拶をしながらこちらに向かって歩いてくる。
「悪いわね、仕事押し付けちゃって。・・・フロウは?」
「俺達こそ、家使わせてもらってありがとう。あいつなら家にいると思うけど?」
「そう。それじゃあ、一旦帰りましょうか」
え?でもまだ食料の調達が・・・
途中まで言いかけたが、既に歩き始めているタレッセの後に続き、一旦家への道を歩く。
「・・・な、何・・・これ・・・?」
自宅の扉を開けたタレッセは、身体を震わせ唖然としていた。
背後から家の中を覗き込んだナナシも同様に、開いた口が塞がらない。
「おー、ナナシ君にタレッセ君。思ったよりも早かったね?だが、どうだい?私だって掃除くらいやればできるのさ」
自信満々に胸を叩くフロウだったが、2人には彼女の言っている意味が分からなかった。
本棚の本は全て床に積み上げられ、衣類は何かの儀式の様に均等に床に置かれ、テーブルの上には彼女が作ったであろうぬいぐるみが乱雑に置かれている。
(掃除って・・・なんだっけ?)
そんな2人の気持ちなど気にも留めず、フロウは満足げな表情を浮かべている。
「ところで、タレッセ君。王都ではどうだった?」
「・・・え?あ、あぁ・・・えー・・・」
部屋の惨状が気になるのか、タレッセの口からなかなか言葉は出てこない。
見かねたナナシはフロウを呼びつけ、タレッセに謝罪する。
「すまない。俺がこいつに掃除を頼んだせいだ」
「い、いや・・・いいのよ・・・うん。いいのよ・・・」
「ちょっと俺達、食料の調達してくるから・・・話は帰ってきてからでいいか?」
「そ、そうね・・・その方が・・・うん・・・落ち着いて話せるし・・・ね」
尚も顔を引きつらせている彼女に再び謝罪をして、歩き出そうとした時だった。
「タレッセ君・・・私は君の焼き菓子をまた食べたいのだが「行くぞ!!」
フロウの襟首を掴み、2人は家を後にする。
狩場に向かう道すがら、先程の少女と祖母と出会った。
「あれ?お兄ちゃん?どこ行くの?」
「今日の食料を獲りに。鹿狩りに行って来るよ」
その言葉を聞き、少女は笑いだす。
無理もない。
数日前も同じことを言って、結局は兎1匹しか獲れなかったのだ。
尚も笑う少女に、フロウが笑みを浮かべて前に出る。
「ふっふっふ、ナナシ君を侮って貰っては困るよ?彼は今日、途轍もなく巨大な鹿を獲ってくるからね。私達の最後の夜だ。彼は本気を見せるだろうさ」
「・・・え?最後?」
途端に少女は寂しげな表情に変わる。
タレッセも帰って来たのだから、自分達がここにいる理由は無い。
しかし、想像以上に落ち込む少女にどう声をかけようか悩んでいると・・・フロウが隣で何かをやっているのが見えた。
何してるんだ?
疑問に思い見つめていると、フロウは少女の頭にある物を乗せる。
これは何?と、少女が尋ねると、彼女は優しく微笑む。
「タレッセの花の冠さ。私達の友達の証だよ。この花が咲き続ける限り、私は・・・いや、私達は君の事を忘れない。どんなに離れていてもね」
「・・・うん。ありがとう」
笑顔で手を振る少女を背に歩きながら、横目でフロウを見る。
彼女の口元は緩んでいたが・・・その顔はとても寂しく見えた。
「いい村だ・・・。ナナシ君、私はこの村が大好きだ。魔女と人間が手を取り合い、互いに助け合う。世界が目指す先は・・・きっとここになるんだろうね」
「・・・そうだな」
満足げな表情を浮かべ、2人は森へと入っていく。
「・・・ナナシ君、そろそろ帰ろう。これ以上遅くなったら、焼き菓子が黒焦げになってしまう」
欠伸をしながらフロウは身体を伸ばす。
「いや、でも・・・」
あの少女にあんなことを言っておきながら・・・まだ何も捕まえていないぞ?
しかし・・・辺りは既に暗くなり、まともな狩りをした事の無い自分に獲物が捕まえられるとは思えない。
肩を落とし、帰路につく。
「俺・・・才能無いのかな?」
「ん?なんのだい?」
「いや・・・狩りとか農業とか、柵の修理とか剣術とか」
確かにこの村に来てタレッセの代わりに仕事はしたが・・・褒められるものでは無かった。
村人は笑ってくれていたが、力になれない自分が情けない。
「ん~・・・無いと思うけど、出来ない事を才能のせいにするのは良くないね。才能なんて料理と一緒さ」
「は?何?どういう事だ?」
「一流の食材でも、ちゃんと調理しなければ美味しくならないだろ?逆に普通の食材でも、ちゃんと調理さえすれば美味しくなる。例え才能があったとしても、それに胡坐を掻いている様ならダメダメさ。才能が無くたって、必死にやっていれば必ず成功すると思うよ?」
「・・・お前がいつも草ばかり食ってなかったら、説得力あるんだろうけどな」
「おいおい、今は花も食べてるよ?」
ケラケラと笑うフロウだったが、優し気な表情に変わる。
「しかし、君にも才能はあるよ」
「え?何の?」
「それは―――っ!?」
言いかけた言葉は出てこない。
代わりにフロウの表情から先程までの笑顔が消える。
「どうした?」
「・・・ナナシ君。君は少しここにいたまえ」
それだけを残し、フロウは駆け出した。
訳が分からず呆然と立ち尽くすナナシだったが、すぐに我に返りその後を追って行く。
フロウが村に着いた時・・・辺りは水を打ったかのように静まり返っていた。
視線を落とした彼女の目に映った物は―――地面に広がる灰とタレッセの花冠だった。
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