君の名前を呼ぶ時⑥ あゆみさんと進君
「姉貴、今日、美術部を辞めてきた」
夕食の後に姉貴にそう告げた。
「サッカー部、スタメン入りしたんでしょ。いいんじゃないの?」
「あと1人だれか美術部に入ってくれないかなぁ」
そう言っていた後日。
「進、愛上君が美術部に入ってくれたよ」
姉貴がそう言った。
「マジで!よかったー!!」
「根野葉さんが、「菊家君と愛上君が同じクラスで気をつかうだろうから」って進の名前は出してないみたいだけど」
「いやいや、俺に気を使わないで。そしたら火部の制作の時は愛上が付いててくれるのかな」
「そうじゃない?あー、それと」
「なになに?」
「健一兄ちゃん、根野葉さんのお姉さんと知り合いらしいよ」
「うっそ、マジで!」
「ねー、世間は狭いねぇ」
翌日、俺は同じクラスの愛上に声をかけた。
「愛上、美術部に入ったんだって?」
「そうなんだよ。部長経由で聞いた?」
多分この部長は姉貴のことを指していると思う。
「そうなんだけど、ちょっと廊下で話さないか?」
「いいけど?」
朝のホームルーム前に愛上を廊下に連れ出す。
「火部がいたろ?」
「うん」
「火部は去年、一年の時に同じクラスで、俺がサッカー部に勧誘したんだ」
「そうなんだ」
「体育の時に運動神経がよくて、持久力もあるしパスもしっかりしてた。それで、サッカー部に入ってくれないかなって誘ったんだけど。火部は美術部に入ってるからって断られて。そしたら俺もって美術部に入ったんだけど、壊滅的にダメで」
「壊滅的にダメ」
愛上が残念そうな顔で復唱し、俺を見ていた。
「そこ、復唱しないで。部長は個性的とオブラートに包んでくれた。部長は、根野葉先輩ことだからな」
「あ、うん。わかった」
「火部はサッカー部に入ってくれたんだけど、昼休みだけ美術部の活動になって。のこぎりとか金物刃物使う時は、誰か付きそうようにってことで、去年までは俺か、無理な時は小佐治先輩が付き添ってくれた」
「なるほど」
「俺がサッカー部のスタメンになったから、昼休みの付き添いは難しいから退部したんだ。火部の付き添い、俺が言うのもなんだけど、お願いしていいか?」
「もちろん。根野葉先輩が言ってた、「メインの部活動を頑張っている部員」って菊家のことだったんだな。
俺も放課後は図書室だから、昼休みの活動が主になると思う」
「部長は俺と愛上が同じクラスだから、気をつかうだろうからって、あえて言わなかったんだと思う。怪我には気をつけてな」
「菊家もな」
それからの、ある日の日曜日の午後。
健一兄ちゃんが用事で自宅に来たのだ。
「こんにちは、あゆみちゃん、進君」
「こんにちは、健一兄ちゃん」
「健一兄ちゃん、久しぶり!ごめん、俺このあと部活に行く」
「そうなんだ、頑張れよ」
俺がバタバタとタオルやユニフォームをバッグに詰め込んでいる傍ら、
「健一兄ちゃん、根野葉さんのお姉さんと付き合うの?」
姉貴がいきなり突っ込んで聞いている。
「えっ、あっ、そっか、同じ学校だもんな」
珍しく健一兄ちゃんが慌てていた。
「根野葉さんがさ、健一兄ちゃんは二股かけるような人じゃないよね?って不安そうに聞いてきたよ」
部長、姉貴に聞いてきたんだ。わかる気がする。
「それはない!」
きっぱりと断言した。
「だよね、口調は悪いけど優しいよって言ったよ」
「俺はそんなに口は悪く無いと思ってる」
「はいはい」
健一兄ちゃんは冷たい態度をとることが多く、そこが誤解される。
部長には優しく接してほしい。
「健一兄ちゃん、根野葉さんはいい人だと思う。だから優しくしてね」
「わかった、善処しよう」
少しムッとしたような口調だった。
「俺からもお願い」
「進君も?」
少しびっくりしたようだ。
「めっちゃいい人だから」
それだけ言って、部活に行った。
部長は壊滅的な俺の絵を見て、
「木工は?彫刻は?彫金は?刺繍は?焼き物は?」
俺が興味が持てそうなものを示してくれて、
「ダメってあきらめないで、最後まで仕上げて」
どんなに下手でも最後まで作品を仕上げさせて、
「なんでこの色を使ったの?こんなふうに見えてるの?」
一度もダメとはいわずに、なぜ?を俺にぶつけてくれた。
色んなことを教えてくれて。
それがサッカーにも活かされて。
辞めたくなかったけど、休部でもよかったんだけど、叶うなら、あと少し部長と過ごしたかった。
あの美術室に行きたかった。
スタメンになると昼休みもミーティングがあり時間が取れくなる。
中途半端になりたくなかった。
でも、愛上が「メインを頑張ってる部員」と、部長が俺のことをそう言ってくれて。
それだけで、嬉しいと思う。
部長は人として尊敬できる先輩だ。




