表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/60

君の名前を呼ぶ時③ さおりさんとしおりさん

「根野葉先輩のお姉さんと、育先輩のお兄さんがお知り合いなんだって。

写真を見せてもらったけど、育先輩のお兄さん、ムキムキじゃなかった」


昼休みに、妹からメッセージが届いた。

育君にお兄さんがいたのか。

根野葉にお姉さんがいるって、何かの話で聞いたけど2人が知り合いだったとは。

世間は狭いな。


「丘、明日は暇?」

隣の席の男子が声をかけてきた。


「バイトは休みだけど、何?」

隣の席の男子は細身で顔が整っていて、かっこいい部類に入る。

でも、私はなんとも思わない。


「明日、一緒に出かけない?」

「どこに行くの?」


スマホを操作しながら妹に返信する。

「店?」

「なんの?」

「花屋。明日、母親の誕生日だから、できれば付き合って欲しいんだけど」

申し訳なさそうな顔で頼んでくる。


こういう所もあって、顔も性格もタイプじゃない。


顔がよくて、世界の中心は俺という態度は、本当に嫌だ。


「花屋ぐらいひとりで行きなさいよ。

私の男友達は1人で花屋に行ったり、生理用品を買ってきてくれるし、ついでに鎮痛剤も、貧血きついからって鉄剤のドリンクまで買ってくるわよ」


小佐治はそんなやつ。頼まれたら、女装してもしなくても、周世でも周世以外でも買ってくる。


「えっ、そんな男がいるの?」

「いる」


キッパリと言うと唖然としていた。


なんなのこいつ。


それから声はかけられなかった。


小佐治みたいなタイプは貴重かもしれないけど、根野葉の「人間として好き、好きな人のために一生懸命なところが好き」は、こういうところだ。


「ただいまー」

帰宅すると、まだ誰もいなかった。


夕飯を作るか。

「ただいまー、なんだ、さおりだけか。しおりは?」


父が帰宅した。

「まだみたい。ご飯は何がいい?」


冷蔵庫を開けて聞いてみる。


「なんでもいいや」

「はいはーい」


母は今日は残業とメッセージが来ていた。


「何か手伝うか?」

着替えをすませた父が聞いてくる。


「お米研ぎお願いしまーす、3合ね」

「はーい」


私は野菜を切っていく。

「学校どうだ?」

「楽しいよ、そのうち私の実験台になってもらうからね」

「それは楽しみだ」


去年の夏すぎ、私は大学進学を諦めた。

あの事件があってからなんだか疲れたのと、

美容師になりたいなと思っていたのと。


父も、母も、妹も悪くない。


父も母も、一生懸命、私たちを育ててくれたのだ。


私の大学進学の費用を取り崩して引っ越ししてもらった。


もう、あの男はいないとわかっているけれど、それでも私が気持ち悪かったのだ。


父はしおりを、母は私を連れて途方にくれていたらしい。


しおりの母はしおりの出産が元で亡くなったと聞いている。

位牌も写真も仏壇に置いてある。


何のきっかけでわからないけれど、

父と母と私たちは一緒に暮らしている。


私は朧げに覚えている。

大人の男の癇癪や暴力。

幼い男の子が何か文句を言いながら、おばあさんに連れて行かれていて。


それは遺伝上の父が母に暴力を振るっていたこと、

遺伝上の8歳年上の兄が父方の母に連れて行かれたこと。


その兄が私の高校三年生の時の担任であったこと。


その兄が母と私に気付いた時は、兄は自分の存在を消したこと。


母も私もあとから知らされたのだ。


妹だけは知らない、知らせない。


悲しいよりも、気持ち悪いと思った私に父は、

「それでいい」

と言った。


母は泣いていたが、あの家庭だからどうしようもなかったと言っていた。


幼い頃に迎えに行ったとしても、断られた、もしくは本人が断っていただろう、よくも悪くも父親に似ていたと言う。


父の態度に増長して、幼いのに言葉の暴力か何か母に向けられたのだろう。


耐えられないと思う。


生姜焼きと、味噌汁。ご飯が炊き上がったところで、母と妹が帰宅した。


「ただいまー、うわぁいい匂い!」

「おかえり、しおり。今日は生姜焼きです」

やったぁ、と、配膳を手伝ってくれる。


「さおり、夕飯の支度ありがとう」

「お父さんも手伝ってくれたよ。先に食べて今、お風呂に入ってる」

「あら、あら」


普通の日常。

これでいい。


「お姉ちゃん、めっちゃ美味しいんだけど!」

「そりゃよかった」



翌日、学校に着くと、隣の席の男子が声をかけて来た。


「丘、昨日、1人で花屋に行って母親に渡して来た」


あら、母親は本当に誕生日だったんだ。


「すげえ緊張したけど、喜んでもらってくれた」


「よかったねー」


わざわざ報告しなくても。


この顔なら、花屋でもなんでも1人でサッサッと入ってそうだけどね。


「ケーキ屋さん、どこかおすすめある?」


なるほど、そう来たか。

しばらく考えて、


「去年はどこで買ったの?」


「去年は妹が買ってきた」


「妹さんと、選んだら?」


「そうする」


うん、そうしてくれ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ