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美術室の君⑮ ただただ尊敬していた

小佐治先輩は美術部の元部長だ。


手が痺れるからと、小佐治先輩が二年生の終わりに美術部を辞め、私が部長を引き継いだ。


時々、様子を見に来てくれたが、筆を執ることなく、さらっと帰って行った。


だけど、7月ごろから毎日、美術室に来て1枚の油絵を少しずつ制作していた。


手が痺れるからと、逆の手を使ったり、手を筆ごと結んだり、口にくわえたり。


焦らずに制作していた。


この先輩、飄々としているが、見かけによらずたくましい先輩だ。


まずは男子なのに薄い茶髪を背中あたりまで伸ばしている。


なぜ長髪なのかは聞いていないが、時折一つに結んだりしている。


ここまで長髪が似合う男子を見てのは初めてだ。


そして、手先が器用すぎる。


部長の頃は、廃材をあっという間に机にしたり、焼物で花瓶やお茶碗をつくったり、アクセサリーをつくったり、糸を染めて織物をしたり。


なんでも作る先輩だから、お菓子も作ったり、パンを作ったりして差し入れをしてくれる。


これがまためっちゃくちゃ美味しい。


先輩は日曜日の農業アイドル番組の好きなんじゃないかと思っている。


「先輩は、日曜日の農業アイドル番組みているんですか?」


「うーん、時々かな?」


顔も整っているけど、話しやすい。

だけど彼女はいない。


なんでだ?


「ああ、それは小佐治の女子力がすごいから」

「おかんみたいな感じだよね」


先輩方が言っていて納得した。


先輩が美術部を辞める少し前、美術準備室の2脚のソファーに周世先輩と小佐治先輩が時々座っているのを見るのが好きだった。


付き合っているのかはわからないけど、いい雰囲気だった。


だって、小佐治先輩の隣には誰も隣に座っていなかったし、隣にどうぞと勧めてもいなかった。


美術部員も、他の生徒会メンバーが見回りに来ても、誰が来ても、小佐治先輩の隣には座れなかった。


周世先輩にしか座らせなかった。


小佐治先輩の隣は周世先輩だった。


その周世先輩は怪我が元でスカートが履けなくなり、小佐治先輩が女装してほぼ一年間登校するとは思わなかった。


いくら好きな人のためだからって、他の生徒の視線をそらせるためだからって。


いや、提案したのは私たちだけども!

女装はすごくすごく似合ってるけど!


せめての罪滅ぼしに、ヘアメイクを担当することにした。


ずっと気になっていた小佐治先輩の髪はサラサラで、どこのシャンプーを使っているのか聞いたぐらいだ。


そして左の頭部に小さな傷跡があった。

これが元で髪を伸ばしているかもしれない。


なるべく傷跡が目立たないようにヘアセットをしていく。


丘先輩もノリノリで小佐治先輩のメイクしてくれた。


朝早くから四人で過ごす三年生の教室。


先輩方の何気ない話と、お菓子とお茶。


小佐治先輩がズボンを、周世先輩がスカートを履いた卒業式の朝は、張り切って先輩方のヘアメイクをした。


とても楽しかった。


4月、三年生に進級した。


今年度から女子はネクタイの装着が可能になった。


小佐治先輩のネクタイを付け、美術準備室のソファーに座った時、涙があふれてしまった。


あの薄い茶色の髪も、筆を執る手も見れない。


先輩は、先輩達はもういない。


恋ではない。ただただ尊敬していた。



先輩のように、好きなものを好きと心から言える作品を作りたい。

過去編は終わりです

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