図書室の君② 反面怖い連中だと知っている
右斜め前の席の男子、愛上君が気になる。
愛上君はすごくかっこいいとかスポーツ万能とか、そんな男子ではないと思う。
中肉中背のフツーの人だ。
近くの席で4人グループを作り課題をするという授業の時だった。
愛上君が書記を務めた時に、きれいな字だったこと、どうしてそう思ったの?と他の人の意見を聞いてフォローしていた。
何度かそういうことがあり好感を持っていた。
ある日の土曜日の朝、愛上君と同じ電車内にいた。
愛上君は座席に座っていて英単語の冊子を見ていた。
愛上君の隣の女性は顔を伏せている。
愛上君の隣の女性は何度か電車内で見た事がある。
女性はプラチナだろうか、いつも同じブレスネットをつけている。
そのブレスネットは大人っぽくてかわいくて、女性がつり革につかまった時になんとなく覚えてしまったのだ。
降車すると愛上君は私の先を歩いていた。
愛上君の後ろはブレスネットの女性だ。
愛上君のリュックから何かが落ち、彼女が身を屈めていた。
そして、彼女は何かを手にとっていた。
帰りのホームルーム中に愛上君はパスケースを手に取っていた。ICカードを落としたらしい。
ブレスネットの女性が拾っていたのはこれかと思った。
帰りに下駄箱で愛上君に思い切って声をかけてみた。
愛上君は「さっき担任から返してもらった、ありがとう」と苦笑していた。
無事に戻ってよかった。
月曜日、ブレスネットの女性が愛上君にぶつかった。
愛上君も女性も互いに頭を下げていた。
愛上君はリュックからゴソゴソとポケットティッシュを取り出して彼女に渡していた。
女性は少し嬉しそうな顔をして受け取っていた。
愛上君、めっちゃいい人だ。私の中で好感度が爆上がりだ。
電車内やホームに愛上君いるかなと無意識に探してしまう。
クラスでも会えるのに。
二年生になってから、引っ越しをして、電車通学になったけど、学校外での愛上君を見れるからいいなと思う。
愛上君はクラス内の女子ともあまり話さない。
休み時間も本を読んでるか男子と話しているかだった。
たまにクラスの女子と話しているのを見ると、少しムカムカする。
なんだろう。嫉妬?まさか。
でも、それは日に日に大きくなっていた。
私のことも少し見てほしい、そう思った。
「それ、告白してみたら?」
彼が気になる。嫉妬もするようだ。
どうしたら良いかなと、昼休みに隣のクラスの友達に相談した結果がこれだった。
告白なんてしたことないし、彼氏なんていたことがない。
無理だと思う。
なんて言うの?好きですとか?
あまり話したことないし、ひかれるよ。
友達は、ため息をつき「友達からでも良いんじゃないかな?仲良くなりたいです、みたいな感じでさ」と、提案してくれた。なるほど、さすが彼氏持ちは言うことが違う。
友達は剣道部だけど、彼氏はサッカー部だと聞いていた。
誰?と言うと「うーん、同じ学年」としか答えなくて、
そっかぁと言っていた。
友達の制服のネクタイが羨ましいと思ったが、二股でないことを祈る。
そう納得したけど、なかなか話す機会がない。
放課後、私はテニス部、愛上君は図書部で図書室に向かう。
まだ見ているだけでいいかと思う自分もいた。
梅雨時期だからか今日も雨が降っていた。
部活はお昼のミーティングで終わった。
先輩達の愚痴も酷かった。
野球部は素行があまり良くないって聞いてたけど、隣のクラスの野球部員は普通だと思う。
一部だけが素行が悪いのかもしれない。
去年は陸上部、今年は野球部。
真面目に部活している部員のことも考えてほしいと先輩達も言っていた。
放課後になっても雨がやまない。図書室で勉強して帰ろう、愛上君の姿もみれたらいいな。
図書室は混んでいなかった。近くに大きな図書館があるからだろうか。
愛上君はカウンターにいた。本を読みながら、たまに作業している。
いつもは斜め後ろの姿しか見れなかったので正面から見る愛上君は新鮮だった。
席について勉強をする。静かに、愛上君をたまに見ながら。
図書室は嫌いじゃない。
去年は廊下側の四人席で周世先輩と小佐治先輩がいた。
今年から先輩達が見れないと思うと少し残念。
カレカノだったかわからないけど、いい雰囲気だったんだよね。
私は問題集を解く事にいつの間にか集中していたらしい。
机ををコンコンと叩かれた。
なんだろう?左耳のイヤホンを外すと目の前に愛上君がいた。
「丘さん、もうすぐ閉館です」
えっ?
「ああああ、あと一問でおわるのに!」
このページは後一問で終わるのだ。
「じゃあ、全部の戸締りを確認してからまた声かけるから、それまでに頑張って」
「ごめんね!あと10分ほどいただければ、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ、またね」
いい人だ!気合いを入れてさっさっと終わらせよう!
残り5分のところで問題は全て解き終わり、帰り支度をする。
「愛上くん終わったよー!助かりました!」と出口付近で声をかける。
この図書室はなぜか入り口はドア、出口はカウンター横の引き戸から出るルールになっている。
入り口にはドアの近く、出口には内扉の近くにボタンがあり、ボタンを押さないと図書室の出入り口ができない仕組みになっている。
「出入り口に盗難防止の機械を入れても本の盗難が続くための対策」と入学してから説明があった。
「今行く、ごめんちょっと聞きたいことがあるから玄関まで一緒にいい?」
入り口のドアを施錠しながら愛上君が言った。
「いいよー」
なんだろう?
愛上君が図書室の電気を消して、出口の引き戸に鍵をかける。
「聞きたいことってなに?」
職員室に鍵を返すからと、同じ二階の職員室へ向かう。
「陸上部と野球部で何かあったの?先輩達が陸上部も野球部も何を考えてるんだって騒いでて」
「図書部も?テニス部も先輩達も荒れてたよ。
今日は雨だから昼休みのミーティングだけで終わったんだけど、その後の先輩達の愚痴がすごくて」
やっぱりどの部も荒れてたんだ。
陸上部のことは去年のことから説明しないと。知ってるのかな?
「愛上君は覚えてないかな?一年の頃、図書室の廊下側の四人掛けの席に周世先輩と小佐治先輩がいたの」
「ギブス先輩と便覧先輩?」
なんですって?
「そうそう、周世先輩、足にギブスしてたよね、便覧って?」
「よく美術便覧見てたから」
常連さんにあだ名をつけるバイトか。
「すごいあだ名だね?」
「シューズの色で三年生ってわかっていたけど名前まで知らなくて。カウンターに入っても先輩方、貸し出しがあまりなかったと思う」
なるほど。
生徒会のメンバーは放課後、教員と見回りに来る。
他にも体育倉庫の掃除や、道具の点検は、運動部員と生徒会のメンバーで行う。
だからか、一年生の運動部員は生徒会のメンバーの名前を知っている。
文化部は見回りないのかな?
「今の陸上部はそんなにないけど、去年の陸上部は周世先輩の件もあって荒れてた」
「荒れてたの?」
「周世先輩は三年生の最初の春大会の後、交通事故にあって復帰は無理になっちゃって、それで陸上部を退部して。
周世先輩は生徒会の運動部の部長だったんだ。
怪我をする前は運動場の見回りとか体育倉庫の片付けとかしてたから、運動部はだいだい生徒会のメンバーや周世先輩のこと知ってると思う」
鍵の返却が終わり横並びに歩きながら昇降口へ向かう。
階段を降りながら話していく。
「陸上部は、周世先輩が短距離のエースだったんだけど、復帰できないってなると陸上部のみんな冷たかったみたい。
最後の夏、男女混合リレーに勝てないからって、ひどいよね。
周世先輩のクラスに陸上部員が何人かいて、大会が終わっても部活を引退してもイヤミ言われてクラスの雰囲気は最悪。
陸上部のメンバーの態度にクラスの女子がブチ切れて、あんたたち、いい加減にしつこいし、うるさいよって。それで静かになったみたい。
それでね、今年の野球部の三年生に赤点取った人が何人かいて大会に出られないらしいよ。
補講を受ければいいんだろうけど、練習したいのに嫌だって。それなら誰か休み時間に教えてもらって再試してほしいって。
ばっかじゃない、周りを巻き込まないでよ。
自分でしなさいよって他の先輩方が愚痴ってた。
とにかく野球部は補講。多分、生活態度も悪かったんじゃないかな」
赤点を取ると公式な大会は出られない。
補講や再試をクリアすれば出れると、入部時に説明があった。
野球部の三年生は今年の春から、自転車の二人乗り、授業中の居眠りなどがあったようだ。
「なんでそこに卒業した周世先輩が出てくるの?」
「周世先輩は、もともと成績よかったんだけど入院中、友達や生徒会メンバーが教えたりしてたんだって。小佐治先輩も美術部の部長で生徒会のメンバーで」
「ああ、誰かに教えてもらいたってことなんだね」
「そうなのよ。バカよねー、事情も全然違うのに」
テニス部に入部して一週間後に体育倉庫の片付けに一年の運動部員全員が呼ばれた。
「生徒会運動部長の周世です。陸上部にいます。
右から生徒会長の育、文化部長の小佐治、会計の都奈です。
来週からスポーツテストが始まるので倉庫の片付けと道具のチェックをします。
男子は育と小佐治で片付け、女子は私と都奈で測定器具の掃除とチェックをお願いします。
くれぐれも無理せずに怪我しないように」と、てきばき指示を出していた。
会長の育先輩は大柄で筋肉質でラグビー部かと思ってたら、まさのパソコン部だった。
文化部長の小佐治先輩は美術部長で、見回りの時に植物や落ち葉を拾っていたり、たまにスケッチしていた。
都奈先輩は小柄で可愛い女子なのに口を開くと、彼氏が欲しいと言っていた。
放課後の部活動の中で外部の不審者がいないように、時にはゴミ拾いをしながら生徒会メンバーと先生達が交代で運動場や学校周辺を見回っていた。
運動部員は密かに生徒会を尊敬しつつ、反面怖い連中だと知っている。
「女子テニス部はスコートを履くと変態が湧いてくるからなるべく履かないで」と先輩達から聞いていた。
何年か前に放課後の見回りで生徒会役員と先生達が通報したそうだ。
それと部室や、部室周りが汚れていたり、道具が散乱していると、予算が減るとも聞いた。
実際、サッカー部の部室前のスパイクが乱雑していて、警告しても改善が見られなかった。
そのため来年度の予算が減った。
新しいボールが購入できず、個人で購入したと聞く。
生徒会が率先して、運動部が練習に集中できるように、清掃や整理整頓、清潔を保ち、それを後輩達に繋いでいく。
私達も練習前にはテニスコート周辺のゴミ拾いをし、ストレッチしてからラケットを持つようにしている。
練習後は疲れてるので環境整備は練習前にしているのだ。
練習中に生徒会がテニスコートに来て「ここゴミが落ちてる、拾って、掃除して」と言いたくないし、言われたくないからと先輩達は言っていた。
昇降口に到着した。
「やっぱり運動部だから詳しいね。俺、何も知らなかったよ。
図書室にいた先輩達の名前も知らなかった」
そうなんだ。
でも、先輩達にあだ名をつける愛上君は面白いと思う。
「先輩達の愚痴がすごかったりするからね。ところで愛上君は彼女いるの?」
なぜがポロッと言ってしまった。
つきあってください。
突然のことで、愛上君は戸惑ったのだろう。困った顔をしている。
私も心臓がばくばくしている。
顔もきっと真っ赤だ。鞄をぎゅと握りしめる。
そして、彼のことも私のことも知ってもらうために、友達から始めることになった。
初めての男友達ができた。