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美術室の君⑦ ピンク色の千日紅

夏季休暇が終わりました。

よろしくお願いします。

7月に入った。このところ晴れている日が多い。正門近くのピンク色の千日紅が青空に映えてきた。雲も少なくなり、日差しが強くなってきた。もうすぐ梅雨明けかなと思う。


今年の夏はいつもと違う夏だ。

生徒会も部活も引退し周世と放課後を過ごす。

好きな人と過ごすのは嬉しい。


会話がなくても、椅子を引く音、本やノートををめくる音、シャーペンの音、ノートを手で押さえ消しゴムをかける時にテーブルが少し揺れる音。いろんな音が巡っていく。


周世の足のギブスは取れ、今は簡易装具を装着している。痛みはあるそうだが、足を挙上する時間は減った。

足の筋肉も左右差があるらしく、感覚も鈍っていると聞く。

足を地面に着けて歩くことがこんなに大変だなと思っていた。


リハビリは辛いと思う。

それでもゆっくりと自分の足で歩いている周世には焦りはない。


焦って転んで、またギブスは嫌だと言っていた。たださえ痛いのに、暑さで蒸れや痒みが伴うなんて辛い。

今は無理でも、来年はきちんと歩けるようにしたい。


周世はそう言って前に進んでいた。


俺は図書室で15分間だけスケッチやメモを取る。


正門近くの千日紅のピンク色、どうやって出そうか。

色見本帳を見ながらあれでもない、これでもないと見てしまう。

千日紅の赤色と紫色はよく見かけていたけれど、ピンク色は初めて見た。

開花時期は5月から11月までと長いが夏が一番映える色だと思う。

青が一番映える夏、白い雲と、ピンク色の花、そして生い茂る緑色の葉。

日差しが強い夏に咲く花は、生命力がたくましい。


周世が診察のため早退し、俺は放課後、美術室をのぞいてみた。


あのピンク色を出したいんだけど絵の具は借りれるだろうか。


家でするよりも美術室が一番手っ取り早い。そして、あの空間が好きだ。


千日紅をトレーシングペーパーに包み、昼休みに借りた植物図鑑に挟む。


4階の美術室はドアと窓が開いており、部員が作業をすすめていた。


油絵、水彩画、彫刻。


油の匂い、水の香り、木の薫り。


筆に絵の具を載せる、グラデーションを出す、木目を意識しながら少しずつ削る。


妥協せずにキャンバスに、画用紙に、木に、ぶつけていく。


デジタルとは違い、取り消しができない慎重になっていくところ。


共通するのは、試行錯誤していくところ、形になっていくところ。


どれも好きなものばかりだ。

ああ、やっぱり、この空間は好きだ。


集中しているのだろうか、黙々と作業を進めている。

毎日ヘアメイクしてくれるおしゃべりな部長も黙々とキャンバスに向かっている。


「あのー」と遠慮がちにドアの入り口から声をかける。

パッと後輩達がこちらを一斉に見る。


「小佐治先輩!!」

「お久しぶりです!」

「さあさぁ!!座りましょう」


作業を中断し、椅子をすすめてくれた。


「絵の具借りれるかな?」


と、言うと


「もちろんです!!!!!!」

部長が笑顔で応えてくれた。



「油絵ですか?」

「水彩ですか?アクリルもありますよ!」

「色鉛筆もありますよ!」


迷って迷って。

一番好きな油絵にした。


「エプロン持って来ますね」

「絵の具、出しずらかったら言ってください、絞ります」

「ペンティングナイフ一式、ここに置いておきますね」


好きなものを描いていきたい。

形にしていきたい。

以前と違って出来が悪くても、自分のベストを出したい、出し尽くしたい。


腕が痺れたら、反対側の腕で描けばいい。

口に咥えても、足の指を使ってでも。


そう思わせるのは千日紅のせいか、それともこの空間のせいか。


好きなものを好き、と言いたい。


だけど、周世にはまだ好きは言えない、伝えない。


だって俺はまだ絵を描きたいから。


好きなものはたくさんあっても、ここで絵を描く時間は限られているから。

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