美術室の君⑤ 巻き込むのでよろしく
周世はあまり怒ることがない。
だけど、やられっぱなしではない。
俺は女装で担任の視線をそらすことしかできないけど、一人より二人の方が、味方が多い方が決まってる。
案の定、俺と周世は放課後、担任と学年主任に呼ばれた。
周世は育から持たされたICレコーダを忍ばせ、
俺は「そんなこと言った覚えないと言われたら嫌だし、親にも説明するのが面倒なんで録音しますね」と堂々とICレコーダーを机の上に取り出した。
「すぐ、終わります?立ちっぱなしだと足も腕もがつらいんで」
周世も煽る。
「だよなー。俺も手が痺れたりするから、メモしたりするのつらいんだよな」
「「それで?なんでしょう?」」
なんか用が有るのか?
「風紀を乱してると」
担任がモゴモゴ言う。
「どこが?」と俺が言うと、
学年主任がため息をつきながら、
「もういい、帰りなさい」と言った。
「じゃあ帰ります」
「失礼します」
レコーダーを手にとって指導室を出る。
指導室を出ると育と都奈が走って来た。
「無事だよな?」
育が真剣な顔で聞いて来た。
呼び出された時に、俺は育に連絡しておいたのだ。
「無事です」
二人ともほっとしたようだ。
都奈の母はPTA会長で周世はそちらにも相談していたのだ。
「とりあえず、視聴覚室に行こう」
都奈がそういい、1階の視聴覚室へ向かった。
視聴覚室に行くと、生徒会メンバーと各部の部長達が座っていた。
「どうしたんた?」と育に聞くと
「明後日から生徒会メンバーが交代するから新旧の引き続き」
「今日だったかな?」
「いや、早めた。とりあえず座ってくれ」
周世に椅子をすすめ、松葉杖を預かる。
「急に集まってくれてありがとう。事前に言ってたように、周世はズボン、小佐治はスカートだが、風紀を乱していると思うか?あるならこの場で言ってくれ」
昼休みは俺たちの姿を見に来ていた生徒は多かった。
周世はともかく、俺がキモいとか言われたらどうしようかと思ったが、美術部員と演劇部員達をはじめ女子には好評だった。
見渡しても特に意見はないようだ。陸上部でさえない。
「ないな。次に女子もズボンの希望があれば着用可能という原案を作った。配った資料を見て、不都合な点があれば教えてくれ。6月の生徒総会の議案に出す」
都奈が資料を渡してくれた。
女子テニス部の部長が手を挙げた。
「不都合な点はないです。周世、普通に歩けるようになるまではズボンってこと?」
一瞬、周世が戸惑った。
「そうしたい。ただ、ギブスが取れても再手術したり、リハビリしたり、もしかしたら装具をつけるかもしれないので、普通に歩くまでは時間がかかる。今年の冬までに再手術が終われば上等って言われた」
「そんなにひどい怪我だったの?わかった。周世が頑張ってたの知ってる。
周世の件で、もし同じように怪我をして、何かしらのトラブルがあったら自衛したよっていう実践もあっていいと思う。
現にテニス部は試合以外はスコート禁止にしてる。
逃げ道は必要よ。
でも、なんで小佐治は女装してるの?
めっちゃ似合ってるけど」
口を開こうとすると、
「はい!私が提案しました!」
美術部長の後輩が手を挙げた。
今朝ヘアメイクしてくれた後輩と、
「私もノリノリで提案しました」
同じく演劇部の部長の三年だ。
「周世先輩のズボンだけで良かったんですよ。でも、リボンにズボンなら、また変な人が来るかもしれません!
スカートをロングにしてもギブスをしてるから変な人は来ます!
それで小佐治先輩を巻き込みました。
小佐治先輩が女装したら、少なくても校内は周世先輩のカモフラージュになると思います。
ただでさえ、怪我して毎日が痛くてきついのに、他のことまで。面倒だと思いました!」
「私は、小佐治の女装を何回か見てるから違和感はないのよ。むしろ癒しというか。受験前の荒んだ気持ちが和らいでいくわー。
周世も大会の記録頑張ってたし、もう充分じゃない?
うちの担任と陸上部の男子の何人かがうざいけど」
陸上部の部長の背中がぴくりとした。
都奈が「私からも。担任と対応も含めてPTAが学校に抗議をしました」と言った。
「他に何かあるか?」育が言う
「はい」
周世が手を挙げた。
「私も怪我をするまで、通学が辛いと本当に思いませんでした。駅のホームに立てばコーヒーかけられたり、ぶつかられたり、口に出したくないくらい色々あった。
辛くて車で送迎してもらっていたけど、両親にも負担がかかる。
タクシー代は加害者は出してくれない。
それで、ジャージで登下校したら被害はだいぶ減った。
でも、制服は?と言われた。
よりによって、加害者のいとこの担任が」
ここで、ざわっとした。
言ってなかったもんな。
あの事故の車の運転手はよりによってうちの担任のいとこだった。
示談で済ませようとした担任をよそに、きっちりと事件にしたのは周世の両親だ。
無事とはいえ、陸上はもう二度とできない。
「あれだけ、こんなに被害があると言っていたにも関わらず、気をつけてしか言わない学校にもうんざりした。
もう私服の学校に転校しようかと思った。
でも、なんで私が転校しないといけないのと思った。
服装一つで少しでも解決するなら、それに賭けたいと思う。
ズボンの件で巻き込んでごめんと思ったけど」
そこで一息つく。
「巻き込むのでよろしく!」
少し大きな声でそう言った。
周世らしいと思った。




