美術室の君④ 何か問題でも?
翌日の早朝、周世はズボン姿、俺ははスカート姿で正門前にいる。
女装は何回かしているからか、照れはない。
親にも事情を説明し、朝からスカートとリボンしていたら「似合うじゃない!」とノリノリだった。
あなたの息子さん大丈夫?と近所の方から言われたら「似合ってるでしょ?」って言えばいいじゃないと。
メンタルが強すぎる。
周世の本日の付き添いは、
「さあ、ヘアメイクしましょう!先輩、どこでします?」
と、明るい声の4月から美術部部長になった二年生女子と
「三年の教室でしましょう!めっちゃ楽しみ!」
と、これまた明るい声の同じクラスの三年生の女子。彼女は演劇部の部長だ。
いつもより1時間ほど早く登校したせいか、校内はおろか俺の教室内には誰もいなかった。
ヘアメイクの前に「周世、ネクタイするから」と周世の目の席に座る。
付き添いの二人がきゃーっと言っている。
なんとでも言え。
「頑張って覚える」
周世は申し訳なそうに言った。
「おう、頑張れ」
周世のことは好きだ。ただ、俺の好きと周世の好きは多分違う。
周世は育のことが好きだと思う。見ていたらわかる。
いつも視線を追っている。
育はその辺は興味がなさそうだったが、四月に入ってから、二年の菊家のことを少し意識していると思う。
三角関係かよ。
もし育と菊家が図書室でイチャイチャしたら泣きたくなる。
そのときは周世を連れてどっかに行こう。
視線を独占したいと思っても、そばにいたいと思っても、触れたいと思っていても、本人がその気にならないと意味がない。
不快なだけだ。
友人の方がずっと楽だ。
関係がずっと続く。
それに、今は告げるべきではない。
周世は自分のことで精一杯だ。
できていたことをができなくなること、信じていたものが信じられないこと。
それだけで充分に傷ついている。
だから今までのような関係でいい。
周世が少しでも楽に過ごせそうなら、女装でもなんでもやる。
俺にできることはなんだって。
周世にネクタイを結んでいる間、俺の髪を二人がいじっていた。
「小佐治、メイクは覚えれそう?」
演劇部長が言った。
「うーん、なんとか」
毎回、朝早く来てもらうわけにはいかないもんな。
「お肌もいいし、髭もうすいから、女装が似合うよ」
「ですよね!!昼休みに美術部員全員で見に来ますね!髪も背中まであるんでいい感じにまとめますね。明日はコテを持ってこようかなぁ。先輩はピンクのシュシュと青のシュシュどっちがいいですか?」
「どっちでもいいよ」
二人は楽しそうにヘアメイクをしてくれた。
朝早く来てくれたから、昨日夜に作ったマフィンを渡す。
「朝早くありがとう、これどうぞ」
「先輩!!!ほんと!!そういうとこだから!!」
なにがだ?
「小佐治、気にしないでね。ありがとう」
「ありがとうございます!!いただきますね」
周世が「これもどうぞ」と、紅茶のペットボトルを4本出した。
「ペットボトル、リュックにいれてたの?重かったでしょ、ありがとう」
「周世、ありがとう。明日から俺がおやつとお茶を用意するからね」
「先輩ありがとうございます!!」
誰もいない朝の教室で食べるマフィンと紅茶は美味しかった。
「私も何かしたい」と周世が言う。
「じゃあ明日は水筒にコーヒーいれて紙コップ持ってきて」
「勉強頑張って」
「小佐治先輩の髪型を決めてください」
おやつは俺、飲み物は周世が持ってくることになった。
それからクラスメイトが登校し「似合ってる!!」「イケメン」「私よりメイクが上手い」と好意的だった。
担任は「小佐治?その格好は?正気か?」「何か問題でも?」と言うと、「いや別に」と黙った。
クラスメイトも担任に冷たい視線だ。気のせいか、特に女子のテメェは黙ってろという無言の威圧も感じる。
自業自得だ。
担任は、周世が足にギブスをしている時にから絡んでいた。しかも悪い方向に。
周世が授業中、患部の足を挙上するため、小さい丸椅子を持ってきた。「それはどこから持ってきた、返却しなさい」と言い「俺が廃材で作ったけど?代わりになんか用意できるんですか?保健室にあるんですか?それならそうと言ってくださいよ」と俺が反論すると黙る。
保健室に確認してもなかったから作ったんだよ。
周世が使い終わったら保健室に寄付するんだよ。
患部を挙上しないと、足がパンパンに腫れるし、何考えてるんだこいつ。
痴漢の件だって、制服の件だって、いちいち突っかかってくる。しかも、個人ではなくホームルームに言うからクラスの雰囲気がさらに悪く。
周世は担任の態度に親にも学年主任にも相談していた。
なにもしてくれないから、痴漢にあうのが仕方ないとしたら。
周世は黙って怒っていた。




