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美術室の君③ うちの部員はやる気が斜め上

「小佐治、放課後は暇だろ?

周世はまだギブスしてるから図書室はどうだ?

図書部の部長には言っておく」


四月も、もう直ぐ終わりという日に生徒会室で育が言った。


三年生に進級した俺達の教室は図書室と同じ2階だ。


周世は入退院のため少し勉強が遅れている。

と言っても、三年の授業はほぼ受験対策の勉強だ。


今年は同じクラスで同じ生徒会の俺が勉強を教えることになった。


どこで勉強しようかと思っていたのだが、生徒会室は交代するので来月からは入れない。


4階の美術室は引退しても入れるけれど、(たまに、キャンバスに色をぶちまけに行っているけれど)集中できそうにない。

何より階段の昇降が大変そうだ。


教室はクラスの雰囲気が最悪だから居残りしたくない。


「わかった、図書室に行く」


周世は陸上部のエースで短距離走の選手だった。


春の大会の後、居眠り運転していた自動車にぶつけられたのだ。

交通人も多く、すぐに救急車で運ばれ、一命は取り留めたのだが。


陸上は無理だった。


周世は陸上部を引退した。


「小佐治、ごめん」


松葉杖で陸上部のジャージ姿の周世が謝る。


「ごめんより、ありがとうがいいかな」


「ありがとう」

少しはにかみながら周世が言った。


「どういたしまして。明日から周世の男装がすごく楽しみってクラスの女子が言ってたよ」


「うーん、スカートからズボンになるだけだし、男装じゃないと思うけど」


「女子のズボン着用は校則違反でもないしな」と、育。


スカートでギブス姿での登下校の時に、電車内で何度か痴漢に遭遇したりと色々あったらしい。


逃げ場がないと思われていたのだろうか。


俺も一緒に登下校したらよかったのだが、逆方向のため、周世と同じ方面の生徒会や友人が何人か交代で登下校に付き添っている。


今日の帰りは育と二年の図書部の菊家(きくけ)が周世の付き添いだ。

今は菊家の部活が終わるのを生徒会室で待っている。


育と菊家は、付き合ってんのかなぁと思ったけど声には出さない。


恋愛は周りが言うよりも本人達の問題だと思うから。



現在、周世は陸上部のジャージで登下校している。


今朝のホームルーム時に、担任から「制服は?」と聞かれ、「痴漢にあってスカートが汚れたらジャージです」と言った時に、周囲がざわめいた。


「もっと早く学校に相談しなさい」と、担任が言ったが、「言いましたけど、気をつけなさいだけで終わりました、スカートの汚れを駅員に見せ、親にも言って、自衛のためにジャージ着て、友人達で登下校していますが、これ以上何をしろと?何かしてくれるんですか?」と言った。


周世は担任にも学校にも期待していないのだ。


クラス内で堂々と言う周世には全員が同情したと思う。


退部したのに陸上部のジャージを着るなよと、同じクラスの陸上部の男子が周世に何度も言っていたけど、朝のそれを言った後からは何も言ってこなかった。


「前に美術室で男装したでしょう?男子のズボンのサイズあるからって昼休みに演劇部の女子が持ってきてくれた。よかったらどうぞって」


「ズボンなら、俺のネクタイしてみる?」


「小佐治、残念ながら、私はネクタイ結べない」


女子はリボンだもんな。


「明日、登校したら俺がネクタイを結んでやるよ」


「うーん、じゃあお願いしようかな」


「周世、スカートは後一年だし先輩達の誰かに譲ってもらうか?女子に連絡してもらうか」と育が言う。さすが気の利く男だ。


「演劇部の女子が私の身長に合うスカート丈がなかなかないって言ってた。身長高めの先輩っているかな?」


「身長、何センチだ?」


「170」


「バレー部にいたと思う、聞いてみる」


「あるといいな」


「周世は170なの?おれは175」


「そうなの?小佐治は思ったより高く見えるよ、育は?」


「俺は185。なぁ、周世は小佐治のズボンはいるの?」


「「はぁ?」」


「いつまでも演劇部のを借りておくのもなぁって。後で何か言われるかもしれないから、念のために予備のズボンがあった方がいいのかと思って」


「「なるほど」」


「美術準場室にクリーニングしてるズボンがあるから持ってくる」


「なんで置いてるの?」


「絵の具で汚れたり、筆洗いをぶちまけたりすることがあったりするから」


エプロン着用してるんだけど、たまにあるんだよな。


引退したとはいえ、ズボンをはじめ、エプロンや道具を未練がましく美術準備室にまだ置いていた。


部長は卒業まで置いてていいですから!!と力強く言ってくれた。


4階の美術室にはまだ後輩達が残っていた。


「小佐治先輩だ!」

「こんにちはー!」

「何しますか?」


明るく迎えてくれた後輩に感謝する。


「ええと、ズボンをとりに」


「小佐治先輩、引退したとしても、いつ来てもいいんですからね!」

「ちょくちょく来てなんならモデルしてもいいんですからね!」

「絵の具とか自由に使っていいんですからね」

と、めちゃくちゃ言ってくれる。


本当にいい後輩に恵まれた。

心使いが温かい。


俺は今年の3月末から利き手が少し痺れたりしていた。

腱鞘炎かと思っていたら、少し違った。

絵は描けるけどしっくりこない。力の加減が難しく、強弱が難しい。

震える手を押さえながら塗る作業も嫌になる。

新入生が入って、生徒会の引退の時に同時に思い切って美術部も辞めることにした。


「いやー、周世が明日からズボンで登校するから予備もあった方がいいかなって」


「「「その話、詳しく!」」」


後輩達の目が光った。

新入部員がドン引きしていた。

事情を説明すると、


「周世先輩が男装するなら、小佐治先輩も女装すればいいんじゃないですか?」


「小佐治先輩のネクタイとズボン、周世先輩のスカートとリボンを交換ですね」


「毎日のヘアメイクは美術部員と演劇部員がしましょうか?」


俺がドン引きだ。


「いや待て!待て!待て!サイズが合うかわからないし!」


「合いますよー、さ、生徒会室に行きましょうか、先輩」


「素敵な学校生活になりますね、先輩」


「先輩のロングヘアはこのためにあったんですね」


待て、待て、待てー!


新入部員のひとり、生徒会の一年生でもある二犬さんが、「先輩、生徒会室に行きましょう。女子のズボン着用を学校側に認めさせましょう!原案作りたいです!」


なんでうちの部員はやる気が斜め上なんだ!!!


いや、女子のズボン着用はいいと思う。


結果、俺のズボンは周世にも履けることがわかり、

周世のスカートが俺も入ることに、生徒会室にいた全員がびっくりした。


周世は「うそでしょ」と顔色が青くなっていた。


わかる。俺もそう思う。


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