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図書室の君① ギブス先輩と便覧先輩

俺がリュックに付けていたパスケースの中身が空だと気づいたのは帰りのホームルームの最中だった。


伝達事項の他に雑談が長く、早く終わんないかなー、土曜日は腹減るよなーと思いながら手元のリュックをふと見た時だった。


定期がない、どこで落とした?


今日はテストだった。

リュックはロッカーの中に入れたまま、駅の出口で使ったから駅から学校までので失くした?

事務室で落とし物ないか確認する?


ホームルームが終わってから「愛上(あいうえ)あとでちょっとこい」と、担任から呼ばれた。


担任から「落とすなよ」とICカードが手渡される。駅前の交番に届けられていたそうだ。


マジで見つかってよかった!!定期代結構かかるし、母にも迷惑かけてしまうし、よかった、よかった。


昼ごはんなんにしようと、浮かれた気分で昇降口で靴を履き替える中、女子の一人に「愛上くん」と声をかけられる。


クラスメイトの、斜め後ろの席の女子、(おか)さんだ。

なんだろう?


「あのね、駅の階段で定期落としたの見ちゃって、それで女の人が拾って交番に届けてたよ。伝えようと思ってたんだけどテスト終わってからでいいかなって」


階段で落としたのかー、エスカレーター混んでたから階段で行ったんだよな。


「さっき担任からもらった、ありがとう」と、伝えた。

丘さんは「戻ってきてよかった、じゃあ」と言って別れた。



月曜日、電車から降りると出口方面のエスカレーターは今日も混んでいた。


階段で行くかと、方向をかえるとドンと左腕のあたりに衝撃。女性に当たってしまったようだ。


すみません、と慌てて謝ると、女性のほうも、こちらこそすみません、前をよくみてなかったのでと互いにあやまる。


女性が顔を上げると涙目になっていた。


やばい、めっちゃ痛かったのか?


ほんとすみませんと、あわててポケットからハンカチ、いやまてと、リュックからポケットティッシュを渡す。


どうぞと渡すと、女性はポカンとした顔から、ありがとうと、笑顔で受け取ってくれた。


女性はエスカレーターを待つ列へ。俺は階段で出口へ向かった。


明日はもう少し早めに家を出よう、朝から疲れた。


テストが終わると部活も始まる。


放課後、図書部の俺は返却作業と時々カウンターを手伝う。

最後の戸締りの係はたいてい俺。


「閉めますよー」と声をかけながら、窓の鍵のチェックをしカーテンを引く。


ジメジメしていて汗ばんで雨ばかりのこの季節、放課後の図書室に運動部がたまにいる。

屋内で筋トレする部もいるけど、たいていは部活は休みというところも多い。


今日は昼頃から雨が降り出してまだ止んでいない。こんな日に窓を開ける人はいないが念のために施錠を確認していく。


窓際の席でこの前、声をかけてきた丘さんが数学の問題を解いていた。


丘さんは雨の日はたいてい図書室にいて一人で過ごしている。確かテニス部だったと思う。

クラスメイトでグループ作業の時に一緒になるけど、それ以外はあまり話すことはないと思う。


「もうすぐ閉館ですよ」と声をかけても返事がない。

仕方なく机をコンコンと叩く。彼女は、顔をあげて左耳のイヤホンを外した。


「丘さん、もうすぐ閉館です」

えっ?という顔から「ああああ、あと一問でおわるのに!」


それはそれで微妙なところだよね。


「じゃあ、全部の戸締りを確認してからまた声かけるから、それまでに頑張って」


「ごめんね!あと10分ほどいただければ、大丈夫かな?」


「大丈夫だよ、またね」


丘さんは問題集へ取り掛かり、俺は施錠の確認をしていく。

全ての確認作業が終わり、丘さんのところへ行こうとする。


そこに入り口の扉がぎぃと音を立てた。


ここの図書室は入り口はドア、出口は引き戸という変わった構造だ。誰か来たのかな?


入り口へ向かうと、一人の男子生徒がいた。


「すいません、あれ、愛上か。わりぃー、姉貴いる?」

クラスメイトのサッカー部の菊家(きくけ)だった。


姉貴とは図書部長のことだ。

二年で菊家と同じクラスになった時、部長の親戚か何かな?と思って部長に聞いたら、まさかの弟だった。


全然似てない。


「先輩ならさっき予算表を出してそのまま帰るって言ってたけど」

部長はおっとりしているが、欲しい本やリクエスト本のために「必ず本をとってくる!」という、とても頼りになる先輩だ。


毎月の予算表提出時は毎回、担当教員と事務員との白熱している会議があると聞く。


「まじで?姉貴が帰る時に図書室に寄れっていってたんだけど」

菊家のポケットのスマホが震えたようで、取り出して操作する。

「姉貴、昇降口にいるって。またな」と言い去っていった。


部長は、ストレス解消のため本屋巡りをするって言ってたので荷物持ちかもしれないなと思った。


「愛上くん終わったよー!助かりました!」と丘さんが鞄を持って出口近くで声をかけてくれた。


「今行く、ごめんちょっと聞きたいことがあるから玄関まで一緒にいい?」


入り口のドアを施錠する。丘さんに聞いてみよう。運動部なら知ってるかもしれない。


「いいよー」

図書室の電気を消して、出口を施錠する。


「聞きたいことってなに?」


「陸上部と野球部で何かあったの?先輩達が陸上部も野球部も何を考えてるんだって騒いでて」


予算表を提出する前は必ず部員達の最終チェックの話し合いがある。その話し合いの後に部長達三年生がぶちぶち文句を言っていた。


悪口や文句をあまり言う人達ではなかったので驚いたのだ。


「図書部も?テニス部も先輩達も荒れてたよ。今日は雨だから昼休みのミーティングだけで終わったんだけど、その後の先輩達の愚痴がすごくて。

愛上君は覚えてないかな?一年の頃、図書室の廊下側の四人掛けの席に周世(すせ)先輩と小佐治(こさじ)先輩がいたの」


一年の頃?

廊下側の席の、ふたり。

あ。

「ギブス先輩と便覧先輩?」

思わず声が出てしまった。


「そうそう、周世先輩、片足にギブスしてたよね、便覧って?」

「よく美術便覧見てたから」


二人をよく図書室で見るようになったのは俺が一年の時のゴールデンウィークを過ぎてから。


廊下側の四人がけのテーブルで二人でいて、ギブスの男子生徒が問題解いてて、女子生徒は便覧や図鑑をみてたりしていた。


ギブス側の足を使ってない椅子に乗せるからか、二人とも並んで座っていて時間になると一緒に退室してた。


二人は、ほぼ無口で、でも時々ノートに何かを書きあって声を立てずに笑ってるところを返却作業をしながら何度も見ている。


ギブスの男子と便覧の女子が周世先輩と小佐治先輩だったんだ。


「すごいあだ名だね?」


「シューズの色で三年生ってわかっていたけど名前まで知らなくて。カウンターに入っても先輩方、貸し出しがあまりなかったと思う」


あの二人カレカノの関係じゃなかったのかな?でもいい雰囲気だったんだよな。


ギブスが取れても、松葉杖がとれても隣合わせで座っていた。


夏休みの時やテスト前にたまにメンバー増える時は少し賑やかで。


二人があのテーブル席にいることが習慣になっていたので、今年から別の人が座ると少し寂しいと思っていた。


「今の陸上部はそんなにないけど、去年の陸上部は周世先輩の件もあって荒れてた」

「荒れてたの?」

「周世先輩は三年生の最初の春大会の後、交通事故にあって復帰は無理になっちゃって、それで陸上部を退部して。周世先輩は生徒会の運動部の部長だったんだけど怪我をする前、よく運動場の見回りとか体育倉庫の片付けとかしてたから、運動部はだいだい周世先輩のこと知ってると思う」


周世先輩、陸上部だったんだ。

鍵を返却し横並びに歩きながら昇降口へ向かう。


階段を降りながら話していく。

放課後、窓も施錠されているので廊下は少し蒸し暑い。


「陸上部はね、周世先輩が短距離のエースだったんだけど、復帰できないってなると、陸上部のみんな冷たかったみたい。最後の夏、リレーに勝てないからって。ひどいよね。

周世先輩のクラスに陸上部員が何人かいて、大会が終わっても部活を引退してもイヤミ言われてクラスの雰囲気は最悪。

陸上部のメンバーの態度にクラスの女子がブチ切れて、あんたたち、いい加減にしつこいし、うるさいよって。それで静かになったみたい」


そんなことがあったのか。

負傷して、体も辛いだろうに。

誰よりも大会に出たかっただろうに。

悔しいのは周世先輩も一緒だろうに。


「それでね、今年の野球部の三年生に赤点取った人が何人かいて大会に出られないらしいよ。

補講を受ければいいんだろうけど、練習したいのに嫌だって。それなら誰か休み時間に教えてもらって再試してほしいって。

ばっかじゃない、周りを巻き込まないでよ。

自分でしなさいよって他の先輩方が愚痴ってた。

とにかく野球部は補講。多分、生活態度も悪かったんじゃないかな」


うちのクラスに野球部員がいないから知らなかった。

赤点を取ると大会に出られないのか。


「なんでそこに卒業した周世先輩が出てくるの?」


「周世先輩は、もともと成績よかったんだけど入院中、友達や生徒会メンバーが教えたりしてたんだって。小佐治先輩も美術部の部長で生徒会のメンバーで」


「ああ、誰かに教えてもらいたってことなんだね」

「そうなのよ、バカよねー。事情も全然違うのに」


昇降口に到着した。

外はしとしと雨が降っている。


「やっぱり運動部だから詳しいね。俺、何も知らなかったよ。

図書室にいた先輩達の名前も知らなかった」

シューズをしまい、靴を取り出す。


「先輩達の愚痴がすごかったりするからね。ところで愛上君は彼女いるの?」


突然、言われた。いやいやいや。


「いないよ、丘さんは?」


「私もいないけど、あのね、愛上君のことは気になるかな」


どういうこと???????


あのねと丘さんが言ってくれた。

つきあってくださいと、言われたのは唐突だった。


なんで俺と?地味だし、あまり話さないし?

うれしいよりもびっくりしたが大きい。

そして、俺は初めて女子に言われたので、どう対処して良いのかわからない。

パニックになりながら、多分そんなことを言ったと思う。


丘さんのことは、よく知らない。

グループワークで彼女は自分の意見ははっきり言う。

何かの罰ゲームか?でも丘さんの顔は真剣のようだ。


「なんで俺なのかな」と聞いてみた。


丘さんは顔を真っ赤にして、


「気づいたら好きになっていた。私もこんな気持ち初めてだし、どうしたら良いかわからない。お互いのことを知らないので、私のことを少しでも知ってほしい」


確かに、俺たちはただのクラスメイトでお互いのことをよく知らない。


「お互いのことを知らないので友達からで良い?つきあうとかは別にして」

そう返事した。


丘さんは顔が赤いまま、うれしそうな顔で「お願いします」と、小声で答えてくれた


俺に初めての女友達ができた。

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