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縄の跡はクラヴァットに隠して  作者: アフタヌーン朝寝坊
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いちごの花



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



オムライスの卵は適当でいい。


ケチャップライスには塩と胡椒が効いていれば、適当でいい。


その隠し味にソースがあれば尚良し。量はもちろん適当。


とりあえずケチャップがあれば失敗しない、と教えてやった。


玉子焼きに掛けるケチャップも忘れてはいけない。そこにマヨネーズがあれば尚良し、と教えてやるのも忘れない。


こんな適当な作り方なのに少年は真剣に聞いている。


それが可笑しくて笑う。


最後の仕上げは少年に任せた。


几帳面にケチャップとマヨネーズで格子を描いてゆく。


少年は手先が器用だよなと褒める。


そしてやっぱり、ケチャップとマヨネーズが揃っているオムライスは最高だった。


食後にはリビングでケーキを食べた。


ふたりでは食べきれないほどに大きなホールケーキ。


就職おめでとうのプレート。


惚れただけある腕前の最高に美味しいいちごのジャムが隠されたベイクドチーズケーキだった。


少年も美味しそうに頬張っている。


残った分は明日また食べようと冷蔵庫に片付け、ふたりで過ごす日は残り1日となった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「俺が食事を作ってる間に、荷物を纏めておけ。家のものは好きに持って行け。」


はい、と頷く少年。


明日は自宅から診療所へ直行するため、今日で厨房の皆ともお別れだった。


短い期間だったが、雑用として立派に勤め上げた。


ひと月前には何も出来ない雑用だったのが、最終的には何でも器用に熟す雑用にまで成長した。


料理長をはじめとする他の面々にも別れを惜しまれていた。


そんなしんみりした空気をぶち壊す料理長の言葉。


「嫌になったら逃げて来い!」


いつものように、がははと笑いながら少年を送り出してくれた。


料理長はいい男だ。


「お前の親父代わりだって、口にはしないがそう思ってるぞ!」


前言撤回。


「おい、誰がオヤジだ?」


怒ってら!と笑いながら作業に戻る料理長にしっかりメンチを切ってから厨房を出る。


親父呼ばわりされたことを思い出しては苛々としながら夕飯を作る。


今日は最後だから俺お手製ハンバーグでもやるか。


苛つきは微塵切りされる玉ねぎにぶつける。


少年にはもっとたくさん食べて、大きく育ってほしい。


成人したとは言えまだまだ幼さが残る。


沢山食わせるぞと意気込んだが、そんなに食べられないと言われ半分は冷凍庫行きになったのは誤算だった。


もちろん俺が作るんだから適当ハンバーグだ。繋ぎに使うものは毎回変わったりする。その時にあるもので変わる。


タネに塩胡椒で下味を付け、市販のソースを使えば失敗しないぞ、と教えてやる。


少年ははにかむように笑い、作り方を教えてもらえばよかったと言う。


つと口を出そうになった言葉をスープで飲み込む。


あぁ、今度な。


今後会うことはあるだろう。偶然だとか診療所からの依頼だとか。


だが、こうしてふたりで過ごす日はもう来ない。


少年は独り立ちするのだから当然だ。


言葉が飛び出ないよう、溢れ落ちないよう、ハンバーグを次々と頬張る。


デザートのケーキは2日目でも美味しかった。


それでもやはり大きすぎた。


今日も食べ切れずに冷蔵庫へと片付けられた。


甘さに満たされた口を紅茶でさっぱりとさせる。


感傷的な言葉を紅茶で飲み込む。


少年のお祝いなんだ。


下手な言葉を掛ける前に部屋へあがった方が良さそうだ。


さて、とソファから立ち上がる。


「明日は朝ゆっくりしていいからな。」


出発は昼前だ。


そしてキッチンへ向かい自分の分だけ先に洗う。


その背中にとんっ、と温かものがしがみついた。


「貴方は、親父代わりなんかじゃ、ないです。………僕には、あの日の縄の跡がくっきりと残りました。思い出すたびに、軋んで、砕けそうです。それでも、貴方には、何の跡も……残らなかったんですね……」


背中越しの言葉は震えていた。


決して大きい声ではなかった。


それなのに水音に掻き消されずに、はっきりと聞こえた。


「…………悪いな。」


それしか言えない。


「今までお世話になりました。」


背中の温もりが消えて無くなるのは一瞬だった。


そこに残されたのは流れ続ける水音と、残らない温もりを背中に探す腑甲斐無い男ひとりだけ。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



お読みくださりありがとうございます。

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