その先(デュラン視点)
アレン視点と内容は同じです。
お好きな方をお読みください。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
目を覚ましたらしく、もぞもぞと動くアレンを支える腕に力を入れる。
「起きたか?」
その腕の中から、こちらを見上げる。
「はい。……夢じゃない?」
「どうだろうな。まずは水を飲め。たくさん泣いたからな。」
指先で、まだ赤く熱を持っていそうな目元をなぞり腫れていないか確かめる。
水分を補給させるためにキッチンへ行きたいが、まだこの重みを感じていたい。
そう思ってしまった自分に驚きもしたが、躊躇わず持ち歩くことにした。
料理長のフルコースを食べたのはティータイムくらいの時間だったはずだが、あまりにも多くを食べ過ぎた。
それに帰ってからケーキも食べた。
だがたくさん泣いたら腹も減っているかもしらん。
「何か食べるか?」
首を横に振るその仕草が幼くも見えるが、何故かとてもよく似合う。
「じゃあ早いけど寝るか?疲れただろ?」
そう言った途端、泣き出しそうな怒り出しそうな顔をする。
その表情に気持ちは何となく察したが、俺はさっきアレンが寝ている間に、同じ部屋で寝起きしようと勝手に決めてしまったからな。
あの頃のように、また明日っていうわけじゃないんだが。
こいつは言葉にしないと正しく伝わらないって学んだからな。
「言っただろ、ずっと目の届くところにいろって。」
逆に正しく伝わるかもしれないから揶揄っておいた。
伝わったかどうかはわからないが、同じ部屋で一緒にという意図は伝わったらしい。
恥ずかしそうにするが、安心しているのもわかる。
「じゃあ、寝ます。」
恥ずかしくて顔を逸らすのも可愛いだけだ。
「自分で歩けますよ?」
その可愛い表情を近くで見れるからこの持ち運びは結構優秀だ。
「今日は持ち歩きたい気分なんだ。楽しておけ。」
おずおずと見上げてくる不安気な表情も可愛い。
部屋に入り灯りを付けると、サイドテーブルにアレンの荷物を見つけた。
「お前もそのつもりだったか。」
なるほど、好きな部屋を使えって言ったもんな。
ああいう話をするタイミングがもし今夜無かったとしても、ここで意思表示するつもりだったってことか。
なかなか考えたな。
言葉や感情で求められても嬉しかったが、何としても喰らい付いてやると言わんばかりのこのあからさまな作戦がアレンの捕食者の部分を見るようで、ゾクリと喜びが込み上げる。
そのままバスルームへ向かい椅子に座らせ、歯磨きをさせる。
自分用の新品を渡したが、どうやら少し大きいらしい。
大きく口を開けないと奥を上手に磨けないらしい。
少し顎を上げているため、喉が見えそうだ。
先程のアレンとのキスはまるで、海の中をゆっくりと、深く深くへと沈み込んでゆくような揺蕩うような浮遊感だった。
キスをしたのは、かなり久しぶりだった。
抱くのは買った女だけと決めたのは確か20歳前後。
その時に買った女とはキスをしないとも決めた。
それまでは普通にキスの経験もあるが、今日のように気持ち良くなるためのものではなかったはずだ。
キスは服を脱がせての合図だったような気がする。
そんなことを思い出しても、服を脱がせようと手は動かなかった。
むしろ伸びた手は、このキスからアレンを逃がさないように拘束するだけだった。
それに気付き、キスを大事にしようと思った。
あのひと月の間に何度も過ぎった、キスがしたいという感情。
そのキスがこういうもので良かったと思った。
ただそこで受け入れられたら次は服を脱がせようと思い抱くような感情じゃなくて良かった。
だから今日はどれだけ気持ちが昂ぶろうが、キスだけでアレンを味わい尽くし蕩けさせると決めてしまうほどだった。
アレンはあのキスで満足できただろうか。
「……シャワーですよね?」
決して忘れていたわけではないが、脱ぎ始めてしまっていた。
一緒に入ってもいいが、懇願されたら抗えない自信はある。
ついさっきのキスだけでの件が灰燼に帰す。
「なんだ、一緒に入らないのか?」
冗談のように言って、キスをする。
「どうした?」
さっきあんなにキスをしたのに寝て起きたら忘れてしまったらしい。
初めてかのように真っ赤になっている。
もう一度初めてを経験するのも悪くないなと、アレンを持ち上げ逃げられない体勢にしてから追い討ちをかける。
さっきもしただろ、思い出せ。
やっとで思い出したらしく、真似をしては懸命に応えてくれる。
そして腰も抜けたらしい。
目はとろんと垂れ下がり、口は薄く開けたまま。
この胸にしがみつかれている手を離すのがかなり難しい。すごく可愛い。
「安心しろ、今日はキスしかしない。」
俺が上がるまで部屋で休んでろ、とソファへ下ろしてバスルームへ戻る。
部屋に戻ってもまだアレンは惚けていた。
「生き返ったか?」
揶揄うと、目はとろんとしたままだったが少しだけ頬が膨らませた。
だからきっと揶揄わないでと怒ってみせたかったのだろう。
大丈夫そうではないが、大丈夫だと主張するアレンの隣に座り、顔を覗き込む。
怒ってるけど恥ずかしい。そんな顔でわざと顔を逸らされると、どうしようもなく悪戯したくなる。
やっとでこっちを向いたかと思えば、すぐ距離を取る。
怒ってるし、恥ずかしい。その顔をもっと違う表情にしたい。どういう感情を見せてくれるだろうか。
首筋に当てた手で顔を引き寄せる。
キスをしようと思った瞬間、目に入ったアレンの視線に、口許に、表情に悪戯心がくすぐられた。
キスをされると察し、俺の口許に視線が釘付け。
すぐ受け入れられるように唇も薄く開いている。
まだキスをしていないのに漏らす湿った吐息。
焦らそうと思ったことは確かだが、俺も目を離せなくなっていた。
そこで、つと目線を上げこちらを見る。
そこで見せる悔しそうな、失敗を恥ずかしがるような、そんな思いを怒りで隠したいような、それをしっかり見せつけるようにゆっくりと表情は移り変わってゆく。
表情のひとつひとつまでもきれいだと思った。
そして泣きそうな顔で口を引き結んだ。
まるでキスを拒むかのような態度。
それはだめだ。
少しの痛みで分からせようと、噛み付くようにキスをする。
するとたちどころに緩む唇、舌の侵入を待つように開く唇、食むようにけれど先程までよりも積極的に唇に吸い付いてくる。
より逃げられないようにと、腕を背中からお腹へ回す。
少し力を入れるだけで胸元に倒れ込んでくる。
すでに腰は抜けているらしい。
教えた通り瞼を薄く開き視線でも絡み合うようなキスをする。
そしてアレンの湿った吐息を取り込んでは、自分の吐息も飲み込ませてゆく。
そしてねだるように身体を擦り寄せてくる。
もっと欲しがればいい、拘束を強める。
さらに擦り寄ってくる。
横並びだと重みが無く、物足りない。
やはり重みが無いと密着度が低い気がする。
そして背中を支える手をそのままに、もう片手は引き寄せた時に腰を持ち上げるよう下から支えアレンを持ち上げ太腿の上に乗せる。
その勢いのままソファの背に凭れ、アレンが胸にしがみつきやすいよう前屈みにしてやる。
いつまでもこうしていられる。
キスのひとつが、会いたいと思っても会えなかった1日かのよう。
1日1日をゆっくりと重ねる。
それに先に耐え切れなくなったアレンはすぐにも寝てしまいそうだ。
その前にと、抱え上げバスルームへ向かう。
「慣れたら洗ってやるからな。」
アレンが戻った時のために。
キッチンへ行き水差しを持ってくる。
アレンがベッドに来るまで、本でも読んで気持ちを落ち着かせよう。
「遅かったな。干からびないように水を飲めよ。」
疲労困憊の様子のアレンが、水を飲み終えてもベッドに来ない。
アレンを見ると、心許なさそうにしている。
今更ベッドに入るのを躊躇っているのか。
早く来い、とアレンがいる側のベッドを叩き呼ぶ。
おずおずとベッドに上がり、ぴとりと身体を寄せ可能な限りの面積を密着させるようにくっ付いて横になる。
ヘッドボードに身体を凭れたままの体勢ではその頭を撫でるのが精一杯。
こちらを見ているようだったが、頭を撫で始めるとすぐに眠ってしまった。
そこでふぅと息を吐く。
眠ってくれてよかった。
万が一、強請られるようなことがあれば責任を持って最後まで美味しくいただくところだった。
今日はキスだけと決めていた。
明日もまだ戴かないと思っていたが、どうやらそれはかなりの精神力を必要とするらしい。
もう本を読む振りも必要ない。
部屋の灯りを消し、擦り寄った可愛い生き物が起きてしまわないよう静かに隣へ潜り込む。
もう離してやらない。
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お読みくださりありがとうございます。