再会と消失
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そんな履歴書の存在すら忘れた頃に巡回で訪れた隣街の娼館。そこにちょうど娼館部門を任せている女も来ているらしい。
それを聞き、先日相談されたことを思い出し、現状の確認と労いの言葉でもかけておくかと彼女がいるというリネンルームへ向かう。
「調子はどうだ。」
「会長。いいところに。以前話した青年がここにいるんです。会長に挨拶だけさせてもいいでしょうか?」
件の青年はここに配属されたらしい。
「手短かにな。」
了承を伝え、後ほど事務室で合流することにした。
館の中の調度品や部屋の設え、サービスで提供している物の確認など、系列店で敢えて統一させていない各館の特色を持たせるそれらを直に見て回る。
確認したなかで改良を提案してもいいだろうと思う点を何点か伝えようと思い事務室へ向かった。
「会長。この者が来月から男娼としてキャストデビューすることになりました。私共々これからも宜しくお願い致します。」
娼館部門担当の女が、連れて来た男と共にすでに頭を下げていた。
「あぁ、よろしくな。」
そう簡単に返し、この館の責任者を事務室内に探す。
そこで目に入ったダークブロンド。
「……………は?」
先程挨拶をしてきたのはこいつじゃなかったか?
「何でお前がここにいる。」
久しぶりに見るダークブロンド。
ついぞ姿を見せなかった少年。
ウェーブが掛かったところがより光を反射して目に沁みる。
「来月から男娼としてお世話になります。よろしくお願い致します。」
もう一度頭を下げる。
馬鹿野郎!!
「今すぐ荷物を纏めて来い!!」
突然怒鳴り声を上げる会長に気圧され静まり返る事務室内。
「早くしろ!」
叱責する勢いそのまま彼を事務室から追い出した。
「あいつは連れて帰る。まだ客は取ってないんだよな!」
呆気に取られる娼館部門担当の女と、いつから側に居たのかこの館の責任者が揃って首を縦に振る。
取らせてたまるか。
それを確認してから馬車へ向かう。
あの馬鹿が。
正面に回した馬車で待つこと暫く。
護衛が扉をノックし開ける。
「乗れ。お前たちは前に乗れ。それと今日は帰る。こいつに説教だ。」
今回も護衛たちには御者と仲良くしてもらう。
荷物は少なく両手で簡単に抱え込める程度。
怒られていることはわかっているらしい。
何故、あの店で働くことになったのか。
とりあえず訊ねたいのはそれだ。
だが口を開こうとすると、言葉にはならない怒りが炎のように噴き出しそうになる。
知らない男共に好きな様にされたかったのか。
そりゃあいい男娼になるだろうよ。
あんな姿を見せられたなら。
身請け話だって上がりかねない。
あの店でよかった。
今日回ってよかって。
客を取る前に見つけられてよかった。
こいつは、俺が………
違う。
貴族のガキに男娼なんぞやらせてそれが実家に知られてみろ。
どんな賠償を求められるかわかったもんじゃない。
リスクが高すぎるだけだ。
怒りの理由はそこだろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「明日は休む。何かあったら連絡する。」
そう告げ護衛と御者を返した。
玄関へとアプローチを進む途中、少年がついて来ていないことに気付く。
馬車を降りてから一歩も動かず荷物を抱えたまま立ち竦んでいる。
堪らず舌打ちする。
荷物を取り上げ少年を肩に担ぐ。
少しばかりたじろいでいたようだがそんなものは無視だ。
乱暴に玄関を開けゲストルーム横を通り過ぎる。
ファミリーリビングのソファに投げ落とす。
「少し待ってろ。」
キッチンへ向かう。
自分の分は珈琲を、彼にはミルクティーを用意しリビングへ戻る。
その間に居住まいを正した少年は、未だ恐怖に縮み上がっている。
「とりあえず、飲め。」
ぶっきらぼうに勧める。
説教に焼き菓子は不要だろう。
少年はおずおずと手を伸ばし、辛うじて聞こえる程度の声量でいただきますと言ってからカップを手に取る。
ミルクティーをこくりこくりと飲む。
それを珈琲を飲みながら眺める。
「……家はどうした、出たのか?」
少しだけ彼の様子が柔らかくなるのを確認してから訊ねる。
「……追い出されました。そのうち籍も抜かれると思います。」
「住む場所と仕事が欲しくて娼館に行ったのか?」
「はい。」
「なんで娼館だったんだ……」
「趣味と実益を兼ねて……」
「……もしかして娼館にお世話になるって、客じゃなくてキャストとしてだったのか?」
「はい。」
くそっ!悪態を吐く気力もなく、今度はこちらが項垂れる番だ。
「そういうことは、言葉を尽くして正確に伝えろよ。」
申し訳無さそうに彼が頭を下げる。
キャストとして働きたいという話だったならば、経営者としてあの取り引きは回避できたはずだ。
理由をきちんと聞き出していれば対応は違っていたはずだ。
罪悪感にも似たものが心を掠める。
「……なんで追い出された?」
話を本筋に戻す。
「女性を抱けない欠陥品だからです。」
貴族には後継者を残す義務があることは知っている。しかし養子を取るだとか色々と手はあるだろうに。だから、それだけでと思ってしまう。
「成功すればだが一回頑張れば済んだ話じゃないのか?」
顔を、身体を見ないように。女性らしい部分には触れないように。声が聞こえないように。やりようはあるだろうに。
「……女性相手では機能しません。」
嘘だろ。前回のはしゃぎようは何だったんだ。
不信感丸出しの顔を見られてしまい、気まずそうにしながらも少年は語り出した。
「私が同性愛者だと薄々勘付いていた父親に、女性との性交を強要されて……最初は確かに機能していたんですが、徐々に行為が深まるにつれ、反応しなくなっていって……今では全く。
激怒した父に、成人したら家を出るよう言われました。
それでも成人までと猶予を与え、家に置いてくれていたのですから、私は恵まれていました。」
怒りだろうか、悲しみだろうか、ただ気持ちがざわざわと揺さぶられる。
話はもう充分だ。
立ち上がりキッチンへ向かう。
そして蜂蜜と焼き菓子を持って戻る。
少年の空いたティーカップにミルクティーを追加し、そこに蜂蜜を回し掛ける。
そして焼き菓子のたくさん乗った皿も手元へ置く。
「しばらくここに住め。仕事は明日見繕ってくる。娼館はなしだ。いいな。」
お世話になりますと下げた頭をむしゃくしゃするに任せてがしがしと乱暴に撫でた。
あれほど眩しく感じていたはずのダークブロンドは、もう目に沁みることはなかった。
ただしっとりとした髪質だけを感じさせるだけだった。
されるがままの少年の顔は、17歳というには幼く、あどけなく見えた。
あの光景に目の前の少年が重ならないほどに。
弱々しく寒さに震えているよう。
少年が傷付く必要はない。
辛い思いなんてしなくていい。
少年には温かい場所と、守ってくれる物が必要だ。
もうあの光景で高揚感は得られそうにない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
昼ご飯とお菓子、飲み物は用意してきたが足りるだろうか。
本でも読んでゆっくりしていればいいと書斎への入室も許可してきた。
それでも慣れない場所にひとり置いてくるべきではなかったかもしれない。
今日は早めに仕事を切り上げて帰ろう、と朝から算段する。
「料理長いるか?」
訪ねた先は賭場の厨房。
「あいよ!いますぜ!」
パントリーから顔を出すのは熊のような大男。
それでいて繊細な味わいを出せる調理人。
自らその腕に惚れ込んで引き抜いた人材だ。
「悪いが、明日から雑用係をひとり預かってくれ。」
「構いやせんぜ!骨のあるやつなら!」
がははと闊達に笑う。
「たぶん骨はある。だが何もできないはずだ。忙しい時は放っておいて構わん。皿洗いとかシルバー磨きとか時間がある時に何か教えてやってくれ。あと、表には出さないように頼む。」
「了解!」
気前良く引き受けてくれた恩は給料で返すと告げ厨房を立ち去ると、後ろから嬉しそうなデカい笑い声が聞こえてきた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あの少年を雇ったと?」
驚きに耳を疑う。
「あぁ。しばらくはうちに泊めるが、外の世界に慣れて、外で働かせてもいいくらいに平民に馴染んだら、どこかに部屋を持たせて、真っ当な仕事をさせる。それまで暫く頼むぞ。」
「はぁ。」
会長は面倒見が良い。私だって護衛の彼らだって困っているところを拾ってもらった。
それでもひとつ屋根の下に置くことは無かった。
相手が子どもで貴族だからだろうか。
そういえば護衛ふたりがハンカチ噛みちぎったとかで、ちまちま裁縫してたな。
あの時も、あの少年が絡んでいたんじゃなかったか?
少年が絡むと不安が付き纏う。
油揚げを攫う鳶なのだろうか。
翌日、会長の馬車で共に賭場に出勤してきた鳶。
会長は自ら鳶を厨房に連れて行く甲斐甲斐しさを見せた。
一日も早く少年には巣立って貰ったほうが良さそうだ。
そのために私は会長を満足させられるだけの少年の新しい職場と部屋を探してくるのみ。
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