会長を想う
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
少年を送り出した翌日。
「会長、見るからに元気ないですね。」
護衛ふたりに声をかける。
「うん。昨日も様子おかしかった。」
「でも少年の方が寂しい思いしてるんだからさ。」
「少年は立ち直れそうでしたか?」
護衛ふたりに訊ねる。
「うん。暫くは無理だね。」
「少年、会長のこと大好きだったからさ、そりゃ失恋は堪えるよね。」
「「 え? 」」
「え?気付いてなかったの?どっちに?大好きな方?失恋の方?」
「「 いや、どっちも 」」
「じゃあ、内緒で。」
「「 え゛ーーー! 」」
どちらもガタイが良くて少女趣味だから気付かなかったけど、ほんのちょっと背が低い方の少女趣味者は感情の機微とかを読み取れる系の繊細な少女趣味者だった、と後で会長に報告し、怒られた。
それくらいわかるだろうが、と。
少年の純情をたぶん踏み躙っただめな大人には言われたくないです、と心の中で叫んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「組のやつらが少年のプライベートに踏み込まないように、直接接触しないように見張るのと、あの商店街におかしな奴らが参入するのを未然に防ぐために見張るように。」
少年を送り出した次の日に、会長が指示を出した。
その人員を手配し、いざ下調べへと向かえば既に組の奴らがそこかしこに居た。
これはまずいと二手に分かれ直接少年を警護する者と、組の者たちの目的を調査する者とに分かれた。
そして合流。
「こっちはクリアですね……。いまいちよくわかりませんが。」
「こっちもクリアだった。わけがわからん。戻って会長に報告だ。」
会長の元へ帰投する。
「あいつらもう動いてたか。」
その問いに全員が顔を見合わせる。
怪訝そうな会長に、一番信頼を置かれていると自負する私が説明する。
「奴らは確かに既に現地に入ってました。現地で常時活動する者まで用意されていました。」
会長が舌打ちするので慄きながら首を振る。
「奴らの目的が少年の警護でした!私たちと目的が被っていました。なので監視を付けずそのまま全員で帰投した次第です!」
わけがわからんと会長が首を捻る。
「ご苦労。面倒だからカチコミ行ってくる。」
それだけはやめてくださいと全員で必死に宥めた結果、穏便に事情を伺いに本部を訪れることになった。
そしていざ本部。
邪魔するぞ、と許可も取らずに上がり込む会長。
カチコミは止めたんです!穏便に!と部下にしがみつかれるも切って捨て、切って捨て。
首領の部屋へと辿り着く。
一拍の間も置かず扉を蹴破る。
すぐさま廊下に居た護衛に平身低頭小切手を捧げ渡す。
「来たな、小僧。」
「黙れ、クソジジイ。」
「おぉ。怖い怖い。」
「どういうつもりだ。」
「調べたんだろ?ならもうわかるだろうが?」
「何が目的だ。」
会長!周り見てください!みんな得物に手を掛けてますから!穏便に!
「あれはもう切り捨てたんだろうが。お前に教える筋合いはない。」
爺然としていた首領が、一瞬で空気を変えた。そして嘲笑う。
「あいつに手を出すな。」
会長も引きませんが、図星を突かれ二の句を継げないご様子。
邪魔したな、と言い残し、向けられた得物を掻い潜り来た道を戻る。
会長かっこいい……惚れる。けど私が護衛の時にはやらないで欲しかったな!!
泣きながら横切る構成員全員に頭を下げ下げ、会長を追いかける。
馬車に先に戻っていた会長は、項垂れていました。
あまりのおいたわしさに背中を摩ってやったほどです。
普段なら、やめろ、と言う場面でしょうが何も反応がありません。
痛いの痛いの飛んでいけ、と祈りを込め背中を摩り続けました。
会長はその後も今まで通りに仕事を熟してはいますが、キレはありません。
腑抜けになられた会長は、診療所の近くをほぼ毎日通るようにルートを変更されましたが、少年の前に姿を現すつもりはないようです。
それでも人目を忍んで院長に少年の様子を伺いに行く始末。
それなのに賭場に年若い青年を見掛けると彼ではないかと息を止め目を凝らしては、安堵の息を吐く。
それは店先でも同じ。
腑抜けた会長を一緒に笑ってやろうぜ、とひとり少年に会いに行きました。
しかし、少年は転職してからのたった半年で様変わりされていました。
以前よりも格段に明るく、陰も感じさせません。
正しく元気溌溂。
そして診療所の皆さんともご近所の方々とも上手に付き合われているご様子。
確実に失恋を乗り越えた前向きな少年に20歳も年上の腑抜けた男の話なぞ、いくら笑い話だとしても聞かせられませんでした。
少年の口から会長の名前が出ることも、遠回しに様子を伺うような素振りも一切ありませんでした。
笑えないくらいに会長が哀れです。
私は涙を飲み込み、会長を笑う予定も飲み込みましたよ。
そして少年に、また来ると言って帰投しました。
会長がまるでだめな男だったなんて。
まるでだめな大人だったなんて。
それでも。
いくら残酷な真実を突きつけられようとも私ほどの有能な秘書は抗ってみせるのです。
少女趣味者達は休みの日には少年のところに遊びに行っては楽しく過ごしているようですが、ふたりの仲を取り持つような積極的な行動を起こすつもりはないようですね。
そうとなれば、早く家に帰ってお嫁さんに相談しなくては!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「飯、食って帰るぞ。食いたいものはあるか?」
護衛ふたりと共に喜ぶ。
秘書は家でご飯を作って帰りを待ってる奥方がいるから誘われない。
以前にはこうして食べてから帰ることも多かった。
家で料理をする会長の買い物に立ち寄ってから帰ることも同じだ。
その日常に戻ったと、そう思っていた。
しかし外食をして帰るのが当たり前になってゆく。
護衛ふたりに聞いたところによると、買い物に立ち寄っても買うのは簡単な朝ご飯を作る程度のもの、だとか。
以前には置き場所が足りず御者席に置くこともあったほど。
肉の塊や生の魚介類なんかを豪快に買い込むことがなくなった。
料理をすることがひどく億劫になってしまわれたようだ。
それに加え休日も減った。
護衛ふたりは休みがなくても困らない体力馬鹿で会長大好き人種であるため、休みがないくらいじゃ心配にならない。
御者も他にいる。
休みなく働く会長は敢えて仕事を詰め込んでいるようだと秘書は言っていた。
それでも系列店の巡回の時には隙の無さや威厳が、男である私でも痺れるほどの色気を醸し出しておられる。
それが自宅までお届けした後には、今背後から襲えば勝てるのでは?と錯覚させられるほど。
日々擦り切れてゆくよう。
その理由を誰もが察している。
少年が居ないから。
それでも少年を送り出した判断は間違っていないと思える。
相手は成人して間もない、貴族の子息。
自分で自分を守れない弱者。
金や権力に取って喰われかねない。
他人から褒められない、他人を喰い物にするような仕事を主とする商会に勤めさせるべきではない。
また少年の実家から商会を潰されることも考えられる。
それに加えて首領に少年の買い取りを申し出られたら。
商会ではマフィアに太刀打ちできないこともある。
少年を守るための手を伸ばせないことも時としてあるだろう。
それらの脅威から少年と商会のどちらも守ろうと思えば、この結果が妥当だと思われる。
それでも会長の心と身体が心配でならない。
少しだけでも笑わせられたら。
少しでも気持ちを軽くさせることができたら。
私ができる精一杯のことを。
私のことを、細身なのによく食べると褒めてくださったことがある。
そして会長は他人がご飯を美味しくたくさん食べる姿を見るのが好きだ。
これしかない。
指先まで意識して伸ばした手をびしっと天高く挙げる。
「高級ステーキが食べたいです!!」
決して食欲に負けてとかじゃない。
敢えて高級と付けたのも高級な肉の方が脂がさらりと甘く胃にもたれないから、という摂取量を重視してのことである。
決して自分のお金では食べられないなという懐事情に推されたわけでもない。
ただ会長に笑って欲しかったからだ。
私がたくさん食べますから、少しでも元気を出してくださいね!
店に着くと、会話には加わらずに帰ったはずの秘書が、奥方とふたり高級ステーキ店の前で待ち伏せており会長を大いに笑わせた。
少し悔しかったですが、私の見せ場はこれからです。
期待していてください。たくさん食べますから!
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