破
己家の邸内は、いつになくにぎわっていた。
うららかな陽気も相まってか、身支度を手伝う侍女の話に花が咲く。
ついでに瑶佳の頭にも花が咲く。
「明鈴、少々やりすぎでは……?」
おずおず口を開くと、三つ年嵩の侍女は、わざとらしく返す。
「あら、お気づきになりました?」
「このひかえめな香りは、花桃ですか」
「庭院に咲いておりましたの。紅白の花弁がいじらしく、瑶佳様によくお似合いになると思いまして」
やわらかい髪を櫛で梳くと一変、明鈴は語調をとがらせる。
「儀式に先立ち、けちんぼな神官より倹約せよとのお達しですから、せめてもの餞贐に、いつもより多く飾らせていただいた次第ですわ」
「大道芸じゃないんですから」
「一生に一度の晴れ舞台に、色物の衣装も駄目、髪結いも駄目だなんて、あんまりです!」
「己家の娘は白衣を身にまとうのが、いにしえからのならわしなのですよ」
少し調子を張って諭せば、ようやっと反論が止む。
ただ、やたら唇を往復する指の感触から察するに、塗り重ねる紅の量で訴える方向性へ移行したらしかった。本当に明鈴は、負けず嫌いで、世話焼きだ。
「さぁ、準備が整いましてございます。お綺麗ですよ、瑶佳様」
「ふふ、ありがとう」
照れるものは仕様がない。はにかみ返しながら椅子から立ち上がったところで、頃合いを見計らったかのように、新たな足音あり。
「姉上、崔牙です。お迎えに上がりました」
「中へどうぞ」
「失礼いたしま……あ、姉上っ!?」
扉の開く音、次いで困惑をにじませた声は、慣れ親しんだ弟のものに相違はなかろうが。
「どうしたのです、急に黙り込むなんて」
「いえ、何と言いましょうか……」
要領を得ない返事だ。いや、そもそもこの子が、十四という歳のわりに聡明すぎるのか。
何にせよ、真っ先にしびれを切らしたのは、明鈴だった。
「僭越ながら、儀式の刻限が迫っております。姉君は目がお見えになられないのですから、御身がしかとお護りくださいませ」
「言われずともわかっている。参りましょう、姉上!」
ひったくるように、瑶佳の右手をさらって踏み出した崔牙。ひかし、姉が足をもつれさせているのをはたと認めると、肩を支え、ばつが悪そうに歩調をゆるめた。
「ごめんなさい、ムキになってしまって……」
「いいえ。崔牙の素直なところが、わたしは好きですよ」
「姉上……嬉しいです」
傍仕えとして、よく尽くしてくれる明鈴。誰よりも姉を敬愛し、崇拝すらしている崔牙。
どちらも瑶佳を第一に想い、我が強いが故に、お世辞にも仲はよろしいとは言えない。しばしば勃発する口喧嘩を瑶佳が仲裁する光景は、日常の一部だ。
「明鈴からすれば、わたしたち姉弟は、危なっかしいのでしょうねぇ」
「失礼千万な。俺だってきちんと儀式をこなせます」
「頼りにしていますよ、崔牙」
おっとりとした箱入り娘の典型例でありながら、瑶佳は利口な一面も持ち合わせていた。
例えば、他人を威嚇しがちな弟を呼吸するように褒め、手綱を握るほどには。
「それでは、行きましょうか。〝光〟を取り戻しに」