弓道部始まります
少しすると弓道部の部員さんがぞろぞろとやってきた。
シャッターを開けて的を立て床をモップ掛けする。
準備が終わると整列をして神拝を行う。
神拝とは練習が始まる前と後に神棚に向かって挨拶することだ。
神拝が終わるとみんなで準備運動をした後に新入部員紹介ということで紅羽先輩の横に呼ばれた。
「えっと、今日から新しく部員が入ります。小野寺優人君です! さ、自己紹介お願い」
「きょ、今日から入部させていただきます。小野寺優人と申します。まだわからないことばかりですが一生懸命頑張りたいと思いますのでよろしくお願いします」
部員の視線が集まり緊張で声が震えてしまう。
視線、視線、視線。
どこをみても誰かと視線が合う。
今すぐ逃げ出したい、そんな気持ちで頭は支配されていた。
「そんなに固くならなくていいよ」「緊張しなくて大丈夫だよ」と優しく励ましてくれた。
その瞬間、固くギチギチに縛られた心がゆっくりほどけていく感じがした。
偏見で人を見てはいけないけど、みんな怖い存在だと思っていた。
でも、実際はとても優しく頼もしい先輩達だった。
「さ、自己紹介も無事に終了した事だし早速練習しようか! ちなみに今度ある大会には優……んんっ。小野寺君含め1年生にも出場してもらおうと思ってるから」
驚きを隠せないのか「おおっ」「すげぇ」など各々に言葉を発している。
まさか今年入部の1年生を大会に出場させるとは……僕も驚きだ。
まだ新入部員は当たり前だけど僕1人。
見学者すら会ってないけど増えるのだろうか?
今日から練習に参加させてもらうけど何をすればいいのか全く分からない。
オロオロしていると他の部員の人が「小野寺君も一緒にやろうか」とランニングに誘ってくれた。
弓道部によってはランニングをするところとしないところがあるらしいがうちの部活はランニングを導入している。
科学的根拠はないけど練習と本番のギャップを小さくするためにやっているらしい。
ランニングなんていつぶりだろうか。
中学生の時に授業で持久走とか50m走くらいでそれ以外で走った記憶が全くない。
ほんの少し走るだけで息が上がる。
自分がどれだけして来なかったが嫌でも実感させられる。
他の部員は全く息が上がっておらず平然と走っていた。
10分程度走り学校の周りを2周するとランニングは終わり。
やっと部活が始まる。
「小野寺君待ってたっすよ〜」
気さくに声をかけてくれるのは以前ドアの前でウロウロしてた所を案内してくれた先輩だ。
コミュニケーションをとるのは苦手だ。
でも今後の関係を円滑にするためにも先輩とは仲良くなっておかないとだろう。
「よ、よろしくお願いします! えっと、お名前教えてもらってもいいですか?」
「緊張しなくて大丈夫っすよ。 あ、俺は藤原誠って名前っす」
「藤原先輩ですね。よろしくお願いいたします」
「うーん堅いな〜。もっとフレンドリーに行きましょ! 同じ部活の仲間、敵じゃないんすから」
藤原先輩が好意で接してくれているのがひしひしと伝わってくる。
ものすごく失礼だけど苦手なタイプだ。
けれど仲良くなっておけば色々弓道のことを教えてくれるに違いない。
「ありがとうございます。でも、先輩ですから敬語で話させてもらいます!」
「真面目っすね〜。じゃ学校の間は先輩と呼んでくださいっす」
自信満々に胸を叩く藤原先輩。
強く叩きすぎて咳込んでいるのはなんとも言えないけど……。
最初は以前触ったことのあるゴム弓から始まった。
基礎の基礎がしっかりとしていないと本物の弓を引いてもブレてしまうからだ。
今は4月、大会が5月末にあるからそれまでに形や作法を覚えなければ。
早くゴム弓を攻略して本物の弓を握らせてもらおう。
そんなわけで今日はゴム弓をメインにやることになった。
「一緒にゴム弓やりましょうか。まず1回引いてみて」
紅羽先輩がゴム弓を渡してきてくれた。
左手に弓をしっかりと握り右手でゴムを握り思い切り引く。
思ったより軽くすんなりと引けて30秒キープすることも容易だった。
「うーん、軽かったかな? それとも前より力がついたのかな?」
「力はついてないと思いますよ。1分ならこのままキープ出来そうです」
「1回弓借りていい? 少しきつくさせてもらうよ」
紅羽先輩は木の部分にゴムを1周巻き付け渡してきた。
先程と同じようにゴム弓を引っ張ってみる。
さっきと同じものなのか? と思うほど力が必要だった。
30秒は疎か15秒が限界で元に戻してしまった。
「ふふふ。やっぱり厳しかったか〜」
紅羽先輩が少し意地悪っぽい口調で言ってきた。
恐らく1周巻きつけたゴム弓を30秒ほどキープできないと実際に射るのは厳しいだろう。
家でも筋トレを導入しないといけないな。
「筋トレ頑張って力をつけないとですね……」
「ううん、その必要は無いよ『弓は骨で引く』っていうのがあってね。正しい引き方をすると関節がバッチリハマって少ない力で弓を弾引けるようになるんだよ!」
「骨……ですか?」
「最初は難しいと思うから慣れだね。弓を引いてれば必要な筋肉もついてくるから!!」
「結局筋肉じゃないですか!!」
「細かいことはいーの! 今は形をしっかりと整えないと大会に出た時かっこ悪く見えちゃうよ?」
「う……かっこ悪いのは嫌ですね」
「じゃ、練習再開しようね」
促されるようにゴム弓の練習を再開した。
最初は腕の力だけで無理やり引っ張っていたゴム弓も姿勢や形を意識してみると腕だけで引っ張っている感じがしなくなった。
実際筋肉は使っているだろう。けれど形がしっかりしているおかげで楽にゴム弓をキープすることが出来た。
「さっきより楽ですね。やっぱり形がしっかりしてるとグッとくるというかなんというか」
「う、うん……。そうだね」
僕の曖昧な言葉に対して紅羽先輩も困惑気味だ。
「グッとくる」とか絶対伝わってないと思う。
もっと語彙力を高めるために勉強をしようと誓った。
学校の授業が終了するのが16時30分で部活動終了が18時なので1時間30分が部活動時間になる。
休日の部活がある場合は9時から開始でお昼に終わるか大会が近ければお昼を挟んで15時まで活動するらしい。
一日中部活に時間を使えるのはいい練習にもなるはずだ……その分辛くなりそうだけど。
「はい、今日はここまで!」
紅羽先輩の声で部活動が終了し片付けを始める。
片付けは準備と逆の手順で行い増えることは矢に付いた土を拭き取ったり安土を整備することくらいだ。
入部初日のため安土の整備はできる訳もなく先輩の方々に教えて貰いながら矢の土を拭き取った。
部活の流れは今日一日で把握することが出来た。
最後に整列して神拝を行う。
「お疲れ様でした! 今日から小野君が入ってくれたけど大会に向けてもっと頑張って行くつもりなのでよろしくお願いします」
紅羽先輩の一言に「はーい」「わかりました」など各々に声を挙げた。
その後ストレッチをして帰宅することになった。
「小野寺君!! 途中まで一緒に帰らないっすか?」
背後から藤原先輩の声が聞こえる。
登下校まで紅羽先輩と一緒にいなくても大丈夫だろう。
まずは弓道部で気軽に話せる先輩藤原先輩と仲良くならないと!
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