帰り道の雑談
「弓道部どうだった?」
「え……どうって言われても……」
はっきり言わせてもらうと”圧倒された”というしかないけど……。
だってみんな真剣に取り組んでいてすごいんだもん。
中学生の時なんてまともに部活動に取り組んでこなかったから練習風景を見るのが初めてだった。
……そもそも運動部じゃなかったからね。
休日は文字のごとく休む日と書いて休日なんだからしっかりと休まないと……なんて考えも一新して思い切って弓道部に入部しようかな。
「正直難しそうでした。僕にできるかどうと言われてもわからないことだらけになりますし、大丈夫ですかね?」
「みんな最初は初心者なんだから大丈夫だよ! ほら野球選手とかも生まれつき野球が出来たわけじゃないでしょ?」
そう言われればそうだよな。
最初から得意不得意なんて分かるはずないし何事に関してやるだけやった見よう。
楽しければ続ければいいし、楽しくなかったら辞めればいい。
深く考えすぎず、とりあえずやってみることにした。
「僕、やってみます。弓道部に入部します!!」
「やった……やったよ。これで新入部員一人確保だ」
……ん? なんだろうこの違和感は。
確保? 確保って今言ったよね?
もしかして、弓道部って退部者多かったりするから“確保”という言葉を使っているのでは、などという考えが思い浮かんでしまった。
でもやると決めてしまった以上引き下がれないし、何より引き下がりたくない。
今までの人生で一生懸命、真剣に取り組んできたことがなかったし深く考え込んでも仕方ないよね。
なるようになる! 未来に向かって進むしかないんだ。
「ねぇ、優人君」
「なんですか? 紅羽先輩」
さすがにここで“瑞希ちゃん”と呼ぶのはダメだろうと思って紅羽先輩と呼んだけど大丈夫だよね?
「……なんで……なんで紅羽先輩なの?」
あぁ、ダメなんですね? 瑞希ちゃんと呼べということですね? わかります、わかりますけど……学校で“瑞希ちゃん”と呼ぶのはまずいでしょ……。
「いや、今は学校帰りですし誰が見てるか分かりませんよ?」
「誰もいないじゃん……いないときは呼んでよ」
紅羽先輩の声はとても弱く、切ない声をしていた。
昨日のデート中はとても明るく元気に満ち溢れていた声をしていたのに、呼び方ひとつでこんなにも変わってしまうんだな。
別にいじわるをしたい訳じゃない。
もしも、もしもバレたら大変になってしまうのだ。
付き合ってもないのに“瑞希ちゃん”と下の名前+ちゃん付けで先輩を呼ぶのはどう考えてもおかしい。
「今はいないかもしれません。ですけどもしバレたら大変じゃないですか」
「……で、でも……」
悲しそうな声で紅羽先輩が訴えてくるがここは流されないようにしないと紅羽先輩に主導権を全部握られてしまう。
休日やメッセージ、電話のやり取りの時は紅羽先輩とは言わないようにするけど今の状況だと話は別。
学校や通学路は紅羽先輩と呼ぶことにした。
「電話の時や休日に出かけたりするときは瑞希ちゃんって呼びますから。ね? 今は紅羽先輩と呼ばせてください」
「わかった……絶対だよ? 絶対電話とか休みの日は名前で呼んでよ?」
不意に見せるこの女性らしさに毎回、目が奪われてしまう。
オンオフがはっきりしているというか、切り替えがしっかりできていて素晴らしいと思う。
皆がいる前ではしっかりと生徒会長・部長という役割をこなし、僕の前だけ甘えるというか、違う一面を見せる。
僕はギャップに弱いのかもしれないな。
「わかりました、電話とかの時はちゃんと呼びますから」
「えへへ、ありがとっ」
「あ、あと学校では呼ぶときに苗字で呼んでください。怪しまれるといけないので」
「そ、そうだよね。優人君じゃなくて小野寺君ね、小野寺君……小野寺君」
僕の苗字を復唱してるけど大丈夫だろうか?
でも、学校内で名前を呼ばれることはないだろう……多分、おそらく、十中八九。
「あ!」
紅羽先輩が何かを思い出したように大きな声を上げ一枚の紙を僕に差し出してきた。
何の紙だろうと思い受け取ってみると“入部届申請書”と太字で書かれていた。
「あの……紅羽先輩? 何ですかこれ……」
「見ての通り入部届申請書よ! 太枠の部分だけ書いて担任の先生に提出すれば入部できるから」
名前とクラス、学籍番号、入部希望の部活名が太枠で囲まれていた。
紙の下に米印で“入部希望者多数の場合は抽選になります”と書かれている事が気になり「入部できない可能性あるんですか?」と聞いてみた。
すると紅羽先輩は「大丈夫! 絶対に優人君は入部させるから。例えどんなに高い壁が立ちふさがっても壁なんか壊すよ!」得意げに言い切った。
権力とか使えるものは全部使うんだろうな……。
入部できなかったら大人しくあきらめて文科系の幽霊部員になろうとしてたけど……希望は儚く砕け散ってしまった。
確実に入部することとなった以上規則正しい生活を心がけて部活動を一生懸命やらないといけないな。
色々考えると……大丈夫なのだろうか? 僕の中で眠っている忍耐力、集中力たちが覚醒することに期待するしかない。
頑張って、退部することがないようにやり切ろう。
部活の話や学校の話をしながら歩いているとあっという間に公園まで来てしまった。
明日も学校だ。中学の時みたいに学校に行くのが憂鬱なんてことは今のところない……今のところはね?
いつから正式に入部になるんだろう?
「えっと、紅羽先輩? いつから正式に入部になるんですか?」
「一週間後かな。ほら、ほかの部活も見学してから選びたいでしょ?」
「……え? それって僕はほかの部活選んでいいってことですか?」
紅羽先輩を少しだけふざけてからかってみた。
すると、紅羽先輩は無言になり涙を流し始めてしまった。
「なんで……なんでなの? 優人君は弓道部入ってくれないの?」
「あ……いや、その……」
「入ってくれないか聞いているの!」
紅羽先輩の声は悲しみが交じった強い声だった。
少しからかってことによって泣かせてしまうとは……僕は馬鹿だ。
人として最低だ。後悔しても時間を戻せるわけじゃないし、なにより紅羽先輩を悲しませてしまった。
「あ……ごめんね。気にしないで、泣いてないから!」
「え……で、でも」
「うちは大丈夫だから! ほら、そろそろ帰らないとだし」
「そ、そうですね……今日は帰りましょうか」
「うん。明日学校もあるからね。じゃあまた明日!」
紅羽先輩が足早に去ろうとしている。
引き止めないと……この関係のまま部活動をすることになってしまう。
前の関係に戻し……たい! 迷うな、紅羽先輩を呼び止めるんだ。
「瑞希!」
「え? ゆ、優人君!?」
「あ、いや……ごめんなさい」
「えっと……え? なんで呼び捨てなの?」
ん……あれ? 呼び捨て?
もしかして……紅羽先輩の事、呼び捨てで呼んじゃった!?
やばい、ただでさえ紅羽先輩を泣かしてしまっているのに。
それに加えて名前を呼び捨てにしてしまうなんて……。
絶体絶命、終わりだ。この世の終焉、僕の明るく希望に満ち溢れた未来は暗く絶望に包まれた。
とにかく、紅羽先輩の関係を繋ぎ留めないと。
「あとで電話しませんか? 直接だと緊張して話せなくて……」
僕はできる限り、精一杯のできることをしたつもりだ。
これで断られてしまったら諦めるしかないだろう。
目を閉じ紅羽先輩からの返事を待つことしか出来ない。
すると、少し間を置いて紅羽先輩が
「わかった、電話の方がリラックスして話せるからね。
どうしようか、電話出来るようになったらLINE送った方がいい? ご飯やお風呂が終わった後の方がいいでしょ?」
通話時間がどれくらいになるだろう。
僕が紅羽先輩を誘ったんだけど話したい内容は謝ることだ。
もし紅羽先輩が気にしてなくても僕が気にしてしまうからはっきりとさせておきたい。
「じゃ、お風呂終わってから電話しましょうか」
「「じゃ、また後で」」
お互いに“バイバイ”と別れの挨拶をせずそれぞれの帰路に就いた。
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