部活見学
「あ、そうだ」
紅羽先輩にキーホルダー渡しておかないと。
僕はキーホルダーを差し出しながら
「これ……なんていうかその、紅羽先輩……いや瑞希ちゃんに使って欲しいなと思っていてキーホルダーです!!」
「え……?」
あれ……もしかして必要のないことをしてしまった?
しまった……どうしよう。
紅羽先輩に幻滅されてしまうだろうか……。
「これ……うちが貰っていいの? うちのために買ってくれたの?」
「は、はい。瑞希ちゃんに使ってもらいたくて買いました。……嫌でしたか?」
その時いきなり紅羽先輩が抱きついてきた。
あまりのことに戸惑うことしか出来ない。
「え……え?」
「優人君大好きっ!! 本当に大好きっ!! ねぇ結婚しよ? ずーっと一緒にいたい!!」
「えっと……瑞希ちゃん? 結婚は早いですよ? まずはお付き合いからで……その前にもっと仲良くなって」
「……付き合って」
声が小さかったが"付き合って"と聞こえた。
確かに今日の思い出は楽しかった。付き合うことが出来たらさらに楽しくなるんだろう。
「瑞希ちゃんの気持ち凄く嬉しいです。……でも、もう少しだけ考えてもいいですか?」
こんな時僕みたいに優柔不断な人間じゃなければ即決できるんだろう。
でも、僕は僕。紅羽先輩との未来をしっかりと考え後悔しない選択をするんだ。
その日は待ち合わせ場所で別れた。
いくら先輩でも一人の女の子と感じることが出来る一日だった。
夜になっても寝ようとしても今日ハグした感覚が頭から離れない。
紅羽先輩、かなりいい匂いだったな……って何を考えてるんだ僕は。
いや、意識してしまうのは無理もないと思う。
思春期というものは厄介なものだ。
布団に入り寝ようとしても目を閉じたら紅羽先輩の顔が浮かんでしまう。
……もうここまで来てしまうと紅羽先輩の事が好きになってしまってるよな。
学校で会うんだぞ? 絶対意識してしまうし……一体どうすればいいんだよ!!
――結局その日は安眠することが出来ず、寝れた時間は1時間くらいだったと思う。
うぅ……学校行くのダルい、眠い、動きたくない。
そろそろ準備しないと……。
重い体にムチを打って学校の準備を始める。
大丈夫かな……紅羽先輩のこと意識しないように見れるかな?
心配が心配を招いて不安にならざるをえない……。
「優人大丈夫?」
心配そうに声を掛けてくれるのは今のところ唯一の友人、大輝君だ。
今日から本格的に授業とか始まるにもかかわらず机に突っ伏して寝るわけにはいかないだろう。
何がなんでも舌を噛みちぎってでも意識を保っていなければ……。
「緊張してなかなか寝れなくてさ、寝れたのが朝方で……」
「緊張って……高校生なんだし大丈夫でしょ」
「見知らぬ初対面の人の集まりだし、大輝君とは仲良くなれたけど他の人と仲良くなれるか心配だよ……」
欠伸は出るし、目の下にはクマが出来てるし今日はダメかもしれない。
早退するか、保健室で休ませてもらうか。
今日の授業は午前中で終わるから頑張ろうと思えば頑張れるけど……部活見学があるんだよなぁ。
1時間授業を休むことが出来れば部活見学を終えて家に帰ることができるはずだ。
……よし、初回の授業だけど限界がきたら保健室で休もう、そうしよう。
最悪授業で何をしたかだけ大輝君から教えてもらえれば大丈夫……大丈夫なはず。
そこからは眠気との戦いだった。
優しくて温かい先生の声は眠気を誘い、適度に差し込んでくる日差しは現実世界から夢の世界に行くための活路だろう。
一瞬でも気を抜けば最後……永眠する勢いで眠りに就くことになってしまう。
起きろ……起きろ……おき……ろ……。
意識を保とうとうつらうつらしていると
――キーンコーンカーンコーン
ありがたいことに授業終了のチャイムが鳴った。
助かった。いや、助かったのだろうか?
……この授業は耐えきったけど、次は無理だな。
休もう。保健室で休ませてもらおう。
「大輝君……」
「ん? どうしたの……って大丈夫!?」
僕の顔色を見て大輝君は心配してくれたんだろう。
大丈夫ではない。
大丈夫だったら大輝君に声をかける必要はないからね。
「大丈夫……じゃないかな。
悪いんだけど次の授業の内容、後で教えて貰ってもいいかな? 保健室で休んでくる」
「お、おう。あんまり辛いようなら帰るんだよ? もし風邪とか病気だと大変だからね」
……ごめん大輝君。
絶対風邪じゃないし病気でもない、ただの寝不足なんだよ……。
でも、授業の内容の件については大輝君から教えて貰えるから大丈夫だ。
2時間目は先生に「体調が悪いので休ませてもらいます」と言って保健室で休ませてもらった。
保健室のベットふかふかで居心地がいい、天国のような環境だな……なんてことを思いつつ安らかな眠りに就いた。
「小野寺く~ん。体調はどう? 授業戻れそう?」
先生の声で目が覚めた。
保健室で寝るのってこんなに心地がいいものなのか……これは悪魔的だ。
これからは睡眠を優先させよう。夜更かしはもしするとしても休日の過ごし時だけ、そう決めた。
「ありがとうございます! 休ませて貰ったおかげで随分良くなりました。授業戻れそうです」
「そ、なら良かった。もし無理なら早退しなよ? 担任に言えば帰れるから」
うっ……。
罪悪感が……心が痛い。
まさかそんなに心配してもらえるとは、今度から本当に病気の時に保健室を利用しよう。
僕は心に決めた。
次の授業は保健室で休ませてもらったおかげで快適に過ごせた。
大輝君や先生に「大丈夫?」と声をかけられたが体調に関しては全く問題ない。僕は元気よく笑顔で「大丈夫!!」と返事をしておいた。
授業を全部終了して残すところ部活見学のみ。
迷わず弓道部に行く予定だ。
大輝君はサッカー部に入部するって言ってたし、誰か一緒に弓道部行く人いないかな……一人だと心細いよ。
クラス中の声に耳を傾けてみても"弓道"という単語は聞こえないし、やっぱり一人なのかな……うぅ。
悲しみにくれつつグラウンドの隅にある弓道場に向かうと
「パァン」と的を射抜く音が聞こえてきた。
勝手に中に入るのは失礼かな? と思い外で待ってると紅羽先輩が弓道場から出てきた。
「あ!! 優人君来てくれたんだね?」
「あ、は、はい! 部活見学来ました」
「中入って入って。
みんな〜部活見学に新入生が来てくれたよ!!」
紅羽先輩が元気な声で弓道部の人達に僕のことを紹介してくれた。
今日は座って弓道部の人達が射る姿を見学というとこらしい。
写真や映像でしか見たことがなかったけど実際見てみると迫力が違う。
その場所その時でしか感じることが出来ない高揚感、緊迫感全てが新鮮でゾクゾクする。
みんな簡単そうに射っているけど力がいるんだろうな。僕に射ることはできるんだろうか?
何より静かなのにずっしりとした雰囲気……この中で的を射抜く集中力も必要になってくるはずだ。
弓を引く瞬間全くぶれることのない腕、不動を体現しているような姿……思わず見とれてしまう。
最初は部活の見学なんて……などと考えていたが実際、部活の見学は予想以上だった。
先ほどまであった眠気や怠さが一瞬で吹き飛び僕は”弓道”の世界にのめりこんでしまった。
その日は部活動を見学するだけで終わった。また明日も見にきたいと思う。
帰りの支度をしていると紅羽先輩が「途中まで一緒に帰ろ」と声をかけてきた。
流石に手は……繫がないよね? 人がいないところなら大丈夫かもしれないけどさすがに今は周りに人がたくさんいるし。
……もしかして明日も一緒に帰ることになるのだろうか?
別に嫌ではないけど、紅羽先輩のペースに乗せられているような……。
僕と紅羽先輩は噴水のある公園まで雑談をしながら歩き始めた。
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