8: 黒猫のような魔女②
アガサの言う「飛ぶ」がどういう意味か、僕らが何を目指して飛ぶのかは、実のところまだ聞いていない。
ただ、どのみち大掛かりなことになるのは明らかだった。
だって、この潰れたひきがえるだって、下手くそながらギリギリ飛んではいたのだ。
それが、わざわざ初対面の僕に、それも追い縋って頼み込んで撃ち落とされてなお、一緒に飛んで欲しいと懇願する。
ちょっとやそっと、ただのお金持ちのお嬢様の気まぐれだとか、そんな話じゃないことくらいは僕にだってわかる。
それにしても、と、アガサは言う。彼女はなかなかおしゃべりだった。
ころころと、坂道の石ころみたいに、次々話題が転じていく。
「初対面、って言うのは、まああなたの言う通りだけど。
でもそれだと、まるでその場の思いつきで誘ったみたいじゃない?」
鉄仮面の後ろ側、垂れ下がる長い金髪を、両手でふわっと払うような仕草。
どうやら彼女の癖らしい、と、僕はこのとき気がついた。
ちなみにこのとき――つまり僕が彼女に協力を約束して、具体的な相談をしているとき。
僕とアガサは、僕のねぐらである学生寮の、いまは使われていない適当な部屋にいた。
この寮は空き部屋だらけだ。
建物の大きさのわりに住んでいる学生がそう多くもないから、うまく連れ込んでしまえばまず見つかる気遣いもない。
絵面が想像しづらければ、こう、なんか適当な、古い旅館の廃墟を想像してもらえばいい。ほぼそれだ。
「わたしはね。一応、あらかじめ、あなたの噂を聞いていたの」
あなた、このあたりで一番速いんですってね?――と、アガサ。
くりん、と小首を傾げる仕草が、鉄仮面と合わさって妙な威圧感を醸した。
僕は気圧されそうになるのをぐっと堪えて、ただ彼女の言葉を反芻する。
――このあたりで、一番速い。
はてな、と、僕も首を傾げる。
覚えがない。人違いではなかろうか。
僕は別に、自分の飛行速度に関して、特段自負するところは何もないのだけれど。
「いいえ、あなたよ。これは間違いないの。
だってわたし、『黒猫のような魔女』って聞いたもの。
あなた、どう見ても黒猫じゃない。木登りも得意なんでしょう?
それに、そうね。もし万が一、別の誰かのことであったとしても――」
ここいらで一番、速い魔女。
これから、そうなればいいのよね。あなたが。
さらりと言う。潰れたひきがえるが、他人事だと思って。
このありありと伝わる他人事感と、それを例の無限に湧いて出る自信で雑に押し通そうとする、この無茶苦茶な強引さが僕は好きだった。
だってこんなの、文句を言うより先に笑ってしまう。
「だめだアガサ、ウケる。おっかしい」
お腹を抱える僕に、アガサも笑った。
「あなたもだいぶおかしいと思うけど、わたし」
と。
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