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6: 潰れたひきがえる④

「そうね。全部あなたの言う通りだわ。悔しいけれど」


 彼女は、この美しいガラス玉の友達は言った。


 確かに、さぞ無様だったことでしょう、と。

 潰れたひきがえる、というのも上手い喩えね、と。

 そして、そういうあなたはさぞ、木登りが得意なのでしょう、と――もっともこの点に関しては、「ただの木登りならわたしだって負けはしないけれど」と負け惜しみを言っていたけれど――それでも僕の言い分をだいたい認めたような形で、これはアガサにしては珍しい。


 なんたって彼女は、いつもわがまま放題なのだから――。

 と、僕がその事実を知ることになるのは、この少し後のことだ。


 だから、と、アガサは言う。

 鉄仮面から覗いた唇から、あの隣国(リストフレネア)独特の、力強いアクセントを声に込めて。


「わたしには、あなたがどうしても必要なの。だから、ねえ」


 どうかしら?

 あなた、わたしと一緒に、空を飛んでくれない――?


 アガサは、鉄仮面の友達はそう言った。

 仮面の奥はもちろん見えないけれど、まるで表情が目に浮かぶかのようだった。

 爛々と輝く瞳に、きりりと凛々しく跳ね上がった眉。

 彼女の美点のひとつでもある、あの張りのある声が心地よく弾んで、それが鼓膜を叩く感覚には、理屈でなく自信が滲んでいた。


 おっかない生き物だった。

 思った以上に、この、〝いいとこのお嬢様〟というやつは。


 どんなに無茶な頼みでも、でも自分が願えば通るものと思っている。

 いましがた撃ち墜とされたばかりなのに。


 もっとも、それだけならただの世間知らずで済むのだけれど。

 でも、このアガサのそれはどうも違っていた。

 なんでだろう、どこがだろう、と考えて、やっとピンと来たのがこの二日くらい後のこと。


 ――ああ、そっか。

 本当に願えばなんでも叶う人間なら、まず鉄仮面をなんとかするはずだもの。


 このとき、僕に撃墜されたばかりの彼女は、土埃にまみれて汚れていた。

 その薄汚いはずの潰れたひきがえるがでも、どうしてか威厳と自信に満ちた王様のように見えた。

 ぐっ、とその身を起こし、ただ僕を()めつける、その仕草ひとつ見せただけで。


 真紅のドレスの内側から、尽きることなく湧いて出る自信。

 その源泉はともかくとして、でもこの自信はただそれだけで、彼女を強く気高いものにしている。


 ――やっぱり、いいとこのお嬢様だから。

 まったく恥ずかしいことなのだけれど、僕はそのときまだそう誤解していた。


「いいよ」


 僕は答えた。

 簡潔に。「飛ぼうか、一緒に」と。

 大事なことはできるだけ、単純に伝えるべきだというのが僕の信条だ。


 アガサの反応は、でも腰砕けだった。


「……え、いいの?」


 と、なんだか急に(ほう)けたみたいに。

 呆けたみたいだと思ったら、その次は突然、


「いやほら、わたし、こんなだから……へただし、飛ぶのとか……」


 なんて、なんかいたずらを咎められた子供みたいな感じになる。ウケる。

 やだおかしい、と、その様子をひとまず笑って、そして答える。


「だって、友達の頼みだもの」


 と。


「ともだち」


「うん。友達」


 この瞬間、さすがのアガサも――馬鹿のアガサも、認識した。


 僕らは、わたしたちは、友達である、と。


 認識した、そのはずだ、と、僕はそう思っているのだけれど。

 でも、実際のところはどうなのだろう?


 残念ながら僕の目では、鉄仮面の向こうまでは見えない。たまにしか。

 例えば、青筋立ててぷりぷり怒ったときなんかは、結構よく見えていると思うのだけれど。


 とまれ、これが一週間前のこと。

 僕と彼女、鉄仮面のアガサとの、最初の出会い。


 こうして僕らは、飛ぶことになった。


 一緒に。

 この小さな国の、夏の終わりの薄曇りの空を。

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