4: 潰れたひきがえる②
魔法、そして魔女といえば、当然〝お隣〟のそれが有名だ。
我が国はその近隣の小国で、どうにも付属物のような扱いを受けているせいか、魔法についても雑に一括りにされて語られることが多い。
らしい。詳しくは知らない。
僕はこの国から出たことすらないのだ、そんな国際的な事情なんか知るものか。
ただ、学校でそう教わった。僕のいま通うそれは、魔女の学校だ。
どうしてそんなところに通う羽目になったか、その理由はもういうまでもない。
そこなら、学費なんかないも同然だから。
それが違いだ。お隣との。
やれ伝統だの格式だのと、古いものなら何でも飾り立てて祭り上げてはありがたがるあの連中とは違って、ここでは魔法に大した価値はない。
当然、その学校なんか尚のことだ。
金のない奴にやる気のない奴、それと何にもできない奴。
そういう連中をただ抛り込んでおく、要は掃き溜めのようなもの。
魔女町、なんて言うと、なんだかそれっぽい感じがするけれど。
その実態はとどのつまり、いわゆる貧民窟と同等だ。
その荒廃したスラムのど真ん中、かつては戦の技術でもあった魔法を学ぶところ。
それがいま、僕の通う誇り高き学び舎、〝マリナエ特区立魔技魔法修練所〟だ。
当然のことながら全寮制で、つまり学校というよりは事実上の収容施設だと思う。
「ねえねえきみ。なんでもきみの国じゃ、魔法っていうのはお嬢様の習い事なんだって?」
それを初めて聞いたときには驚いた。だって今時こんなもの、犯罪行為くらいにしか使い途がないっていうのに。
もっとも、彼女が本当に隣国の人間かどうかは、まだ確定したわけではないのだけれど――。
「まあ、なんだっていいさ。僕はきみを歓迎するよ。
どこのどちら様かはさっぱりわからないけど――でも、きみが何者であるかなんて、別にどうだって構わないわけだ、この場合」
僕はまだ笑っていた。笑いながら、最初に降下した瓦斯燈の上から、彼女のすぐ隣へと飛び降りる。
そのどこかの誰かの顔がよく見えるように。
もちろん、この〝顔〟というのはものの例えで、彼女、アガサ・スウィフトの〝顔〟といえば、それはとりも直さず鉄仮面のことだ。
表面の、ざらついた様な鈍い光沢と、そして目元の孔の奥。
陰になって見通せはしないものの、しかし光線の加減で時折覗く、その瞳のきらめきのような幽かな反射。
それが彼女の〝顔〟であり、そして僕は、思い返すだに確信を新たにするのだ。
それは実に美しい貌であった、と。
それは貧民らしい卑屈な羨望、ただの嫉妬の裏返しでしかない、と、そう言われたならおそらく否定はできない。
僕は貧しい。
対してアガサは、無骨な鉄仮面こそ被ってはいたけれど――いいや、被っていてなお、それでも充分に輝いて見えた。
彼女の見せる、何気ない所作のひとつひとつ。
そこに育ちの良さがキラキラと、漏れ光っているのがわかって――そう、そういった上流社会になんら縁のなかったこの僕にさえ、その違いがはっきりと認識できてしまうほどに――つまるところ僕は、間抜けな話。
ただ、納得させられてしまったのだ。
彼女が、魔法使いであることを。
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