3: 潰れたひきがえる①
アガサ・スウィフト。
あのとき。僕に撃墜された鉄仮面の女は、上空から降下する僕を睨めつけながらそう名乗った。
それを聞いて、僕は声をあげて笑った。
幸いなことに、僕は嫌いではなかった。そういう冗談は、彼女のような歳若い少女が言う分には、実に可愛らしいと思う。もっとも、人によっては怒り出すこともあるのだろうけれど。
スウィフト。
その姓は、あるいは苗字は、おとぎ話の中の英雄のものだ。
伝説の魔法使い。
または、竜殺し。
この国に暮らす者であれば、きっと誰もが知っているはずだ。
もちろん、現実に存在する姓ではない。遥か昔はいたのかもしれないけれど、少なくとも今の時代には実在しない。
スウィフトは、スウィフトだ。ただのスウィフト。名はない。
実のところ、それが姓や家名の類であるかも曖昧だ。響きからそうでないかと言われているだけで、実際のところは誰にもわからない。
だから、それは固有の名称としてよりも、感覚的にはほとんど単語に近い。
意味なら、まあ、言わずもがな。
――大魔法使い、だ。
「なにがそんなにおかしいの」
なにがもなにも、どうしてこれがおかしくないはずがある?
アガサ・スウィフト。意訳すれば、〝大魔法使いのアガサさん〟。なるほど彼女の獲物である長柄箒は、形だけは立派な骨董品だ。
いまどき、滅多にお目にかかれない――というか、この時代にこんな箒を作る人間がいるのだろうか?
おそらくは戦前の品だろう、と、遠目に見ただけでそう見当がつく。比喩でなく、事実として骨董品だった。
僕は謝る。これは恐れ入りました、大魔法使いどの。でもいみじくもこの国の民ならば、そんな大それた名はとてもとても――。
――いや。それとも、もしかして。
「ひょっとしてきみ、〝お隣〟の子?」
それならなんの不思議もない。だってあすこの連中ときたら、みんな格好つけの見栄っ張りで、いつも形ばかりを立派に飾り立てたがるのだから――。
鼻持ちならない貴族趣味と、大国らしい驕慢に満ちた選民意識。
隣国、リストフレネア王国。彼女はそこから来たのだろうと、それもそこそこの身分の人間であろうと、いやはっきりそう考えたわけでもないけれど、でも無意識のうちにそう踏んでいた。
理由は、ドレスだ。彼女の身を包む真っ赤なドレス。
ものがいい、というのはもとより、そんな儀礼的で格式ばった格好、この辺りじゃどこもお呼びでないのだから。
なにしろ、ここは〝魔女町〟だ。
かつて魔法とともに栄え、そして滅びた町の、その名残。
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