藤棚の下に、斜陽は射す
浅草の凌雲閣見物へ行った。
十二階の建物は成程、近くで見るとかりの迫力だ。
これも今流行りのモダンな煉瓦造りで、
私はなんとなく息の詰まる思いをした。
六銭払って中へ入る。
腹の中のものを痛めつけようと、最上階まで休まず登ったが、自分が疲れただけだった。
「噫……」
窓から外を見て、思わず嘆息した。
息切れでもあったし、溜息でもあった。
なんて小さい。
あんな処についさっきまで自分が居たとは。
蠢く人も、公園の木々も出店も、紛い物の様に見えた。手を伸ばせば掴めそうだ。
頭を上げれば雲ひとつない秋口の空は、
カチリと冷たい新橋色をしていた。
此処から飛んだらどうなるだろう。
ふとそう思い立って、少し身を乗り出す。
「お嬢さん、お気をつけなさい」
後ろから肩を掴まれたので振り返ると、
老夫婦が心配そうな顔で突っ立ていたので
睨みつけてその場を離れた。
肩に手の感触が残っている。気持ち悪い。
私の舌打ちに周囲が眼を向けてきた。
半周回り、誰もいない所からもう一度窓を覗きこみ、
階段を下っていく。
浅草公園で煙草を吸いながらぶらぶらしていると
日が暮れてきた。
ガス灯に火が入り、酒場や夜店も活気付いてくる。
凌雲閣の窓からも明かりが漏れ煌めき
暫く我を忘れて魅入ってた。
綺麗だと素直に思う。
綺麗だけれど、それだけだ。それ以上も以下もなく。
もう一本煙草に火をつけ、夜店を冷やかしていると、
ふとある物が目に留まり、背筋が凍りついた。
禍々しい、般若の面だ。
歩き疲れた、何処か憩う所はないか。
歓楽街を抜け土手に出たとこで丁度、背凭れの出来るベンチを見つけた。
腰を下ろし、筋肉を解き欠伸をする。
肩の荷は下りぬとも、日々の疲れは乖離した。
目の前を流れる、広大な隅田川。
向こう岸に舟で渡るのにどれ位掛かるだろう。
目を瞑れば、心地の良い緩やかな川のせせらぎと、木々に住みつく虫の声が聞こえてくる。
何も考えず、ぼーっと時間だけが過ぎていった。
ポツポツと、静かに小雨が降る。
動きたくない、
そうだ。このまま何もかも、身を委ねてみせよう。
そう、私は水と同化するのだ。
さればきっと、楽になれるだろう。