たった二人の兄妹
俺は相馬岳谷、ごく普通の高校生だ、少なくとも「俺は」普通のはずだ。
「お兄ちゃん! ご飯ですよー」
目下の悩みはこの妹、相馬有栖のことだ。
それというのも俺が辞書を学校に忘れてしまったのが原因である。
俺は妹に英和辞書を借りようと部屋をノックした、今にして思えばスマホを辞書代わりにだってできたはずだった、コレは今にして思えば判断ミスだった。
----数日前
コンコン
「辞書貸してくれないか-?」
妹の部屋をノックする、反応が無い。
妹の部屋に無断ではいるというのも気が引けるのだが宿題は待ってくれないしなあ……
まあいいや、せいぜい豚を見るような目で見られるくらいだろう……
カチャ
ノブは簡単に回った、そもそも俺たちの部屋に鍵などというものはついていないので当然ではある。
キー
ドアを開ける。
パタン
俺はドアをそっと閉めた。
あっれー? なんかおかしなものが見えた気がするなー、いやいやそんなわけ無いだろ。
カチャ
もう一度ドアを開ける、薄暗い部屋の中の壁と天井に「俺の」写真が隙間無く貼られていた。
パタン
お、おちゅつけ、クールになれきっと何かの見間違いだろう。
ってんな訳あるか! やべーよアレは!
俺がパニックになっていると階下から物音がした、ヤバい有栖が帰ってきたんだ!
バタバタ、ガチャ、バタン。
俺は素早く自分の部屋に逃げ込む、数秒後、隣の部屋のドアが閉まる音がした。
あーヤバいもん見た! どうするよアレ! 何で俺の写真があるんだよ! せめてダーツの的にされてるくらいなら悲しいくらいで済んだのに、アレは……
----回想終わり
「お兄ちゃん! ご飯ですよ! 全く、聞いてないんですかー?」
「分かった! 今降りる!」
一階のキッチンに降りると有栖がほおを膨らせながら待っていた。
「全く、お兄ちゃん! さっさと食べちゃいますよ!」
「あ、ああ」
有栖の顔をまともに見れない、あんなものを見た後じゃしょうがないだろう。
「お兄ちゃん、どうしたんですか? 深淵を覗いてしまったような顔をして?」
「いいいい、いや、なんでもない! ちょっと宿題に集中してたんでな」
「そうですか、ほどほどにしてくださいよ、お兄ちゃんは手がかかるんですから」
そう言うと夕食のカレーを皿によそっていく。どうやらアレを気づかれてはいないようだ。
結局その日のカレーの味はほとんど分からなかった。
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風呂を上がってベッドに寝転んで考える。
アレ、ほっとくわけにもいかないよなあ……
せめて俺に彼女でもいればああはならないんだろうがなあ……
残念ながら俺に彼女はいないしできそうな気配すら無い。
いるのは幼馴染みの鳳沙也香がいるが俺に同行という気配は全くない。
というわけで俺はなんとかして有栖に穏便に諦めてもらわなくちゃならない。
どうするかなあ……
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「お兄ちゃん! ほら! 学校行きますよ!」
「分かった分かった、今行くよ」
一晩考えて結局結論はでなかった。
結局俺は時間が解決するだろうという安易な方向に逃げることにした。
初恋は熱病って言うしな、すぐに冷めるだろ。
そんな現実逃避にも近い考えを持ったまま現状維持することに決めた。
「お兄ちゃん……昨日から様子が変ですよ、何かありましたか?」
「いや、何でも無いから気にすんな」
「そうですか……あんまり心配かけないでくださいよ」
こうしてる分には普通のよくできた妹なんだよなあ……よし! 昨日のアレはたまたまなんかの事情があってあのときだけああなってたんだろう! そうに違いない!
俺は現実から目を背けることにした。
「あの……お兄ちゃん……つかぬ事を聞きますが昨日私の部屋に入りましたか」
!?!?!?
「い、いや入ってないけど、どうかしたのか?」
「い、いえ。ならいいんです! ちょっと部屋を空けるときに仕掛けておいた糸が切れてたので……誰か来たのかな……と」
糸て……うちは忍者の家系じゃ無いぞ……
そうこうしているうちに校門までつく。
そこで待っていたであろう男子生徒が有栖に歩み寄ってくる。
「相馬さん! 好きです! 付き合ってください!」
俺の妹はモテる、何故俺はモテないのだろうかと考えたこともあったが、俺がモテないのでは無く有栖が超モテるのだろうと言う結論に至った。
「ごめんなさい、無理です。好きな人がいるので」
いつものように断っていた、今まで何度か「好きな人って誰だ?」と聞いてみたこともあったが、ついぞ教えてもらえずその上聞いてからしばらく不機嫌になるというおまけ付だった。
そういったことが昨日の光景と合わせると不機嫌になった理由なんかもパズルのピースがピタリとはまってしまう。
「誰でもいいでしょう。少なくともあなたじゃ無いですから」
有栖は名も知らぬ男子生徒の告白をにべもなく断っていた。さすがにちょっと気の毒になる。
「さあお兄ちゃん、行きますよ」
何事も無かったかのように校舎に向けて歩いていくのだった。
俺と有栖は二年と一年の教室に分かれていった。
授業はまともに耳に入らなかった。ただどうしていいか分からなかった。
「なに? 考え事でもしてるの? がらでもないでしょう」
幼馴染みの鳳沙也香が話しかけてきた。
「俺だって考え事くらいするぞ」
「夕食のメニューでも悩んでんの? どうせたいしたことじゃないでしょ?」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ……俺だって悩むことくらいある」
余計なことを言ったと思ったがもう遅かった。好奇心の塊の沙也香はぐいぐい質問してくる。
「なになに! 恋の悩みとか? 進路ってこたないわよね? お姉さんに相談してみ?」
「お前俺より年下だろうが。」
「まあまあ、お金は出さないけど協力はするわよ」
なんだかんだでコイツはいい奴である。ただ……コイツは俺たち「兄妹の」幼馴染みなのでどちらかに肩入れすることはないだろう。コレは相談してもダメだな。
「ホントに何でもないから、気にすんな。」
「ふーん、じゃあ当ててあげよっか? 有栖ちゃんのことでしょ」
「!?!?」
「顔に出しすぎ、わっかりやすいわね」
「なんで分かったんだよ?」
「あんた自分のことで悩む事なんてないじゃない。他人のことで悩むこともないし、なら有栖ちゃんのことくらいでしょ」
コイツの勘の良さには感心する。とはいえこんな事相談できるわけないよなあ。
「どうせ有栖ちゃんの好きな人が誰か気になってるってとこでしょう? あんた気づいてないの?」
どうやら核心には気づいていないようだ。
「気づいてないって何にだ?」
「ハァ、有栖ちゃんの好きな人ってあんたよ、気づいてないの?」
突然の指摘に驚く。
「え!? 俺が? だってそんなそぶり全然……」
「気づかないにもほどがあるわよ、何年の付き合いだと思ってんの? 普通分かるわよ」
「そうなのかな? 俺が好きってそんなのあり得るのか?」
「知らぬは本人ばかりってやつね……安心しなさい、あんたがどうしようと友達やめたりはしないから」
「それって……俺と有栖がくっついてもいいって事か?」
「いいんじゃない? 世間様がなんて言うかなんて知ったこっちゃないでしょ? どうせみんな責任なんて取らずに好き勝手言うだけよ」
----放課後
「お兄ちゃん! お待たせ!」
有栖が校門で待ったて俺のところへ駆け足でやってくる。
昼休みの会話のせいで顔をまっすぐ見ることができない。
「なあ有栖……お前の好きな人って誰なんだ?」
「まーたその話ですか……内緒っていったでしょう?」
「ああ、もしもそれが……」
「え?」
「俺だったらいいなって……」
「お兄ちゃん! え!? 何で急に……」
「沙也香が言ってたんだ、気づいてなかったのは俺だけらしい」
有栖が目に涙を浮かべながら聞いてくる。
「私で……いいんですか? 妹なんですよ!」
「たとえ世界が否定しても……有栖の気持ちを優先したいと思う」
「お兄ちゃん……」
「救いはないのかもしれない、祝福もされないかもしれない……でも自分の気持ちには正直でいたい」
有栖が俺に抱きついてきた。俺はそれを受け止める。
「私……重い女ですよ……ずっと一緒にいてもらいますからね!」
「ああ、どこへだってついていくさ」
夕日が二人の重なる陰を長く描いていた。