第八話 後輩はかく語りき
Aちゃんは、交友関係の輪を広げるのが生きがいの可憐な美少女です。
そんなAちゃんが中学校二年生に進級した四月。当然、クラス替えがあって、一年生の時に仲良くなったクラスメイト達と別のクラスになったりするのは寂しいですけど、新しくクラスメイトになった人達との新しい交友関係に胸を躍らせていました。
始業式の日の朝のホームルームで、出席番号順に自己紹介しを済ませた後、体育館で始業式があり、午前中で学校は終わりです。午後は部活動の人が大半でしたが、Aちゃんは家の用事があって、その日は真っ直ぐ帰ることになっていました。
昇降口の下駄箱で、Aちゃんは、今回新しくクラスメイトになったBちゃんと会いました。
Bちゃんは、自己紹介の印象から大人しい子で、読書が好きな子です。偶然同じ時間に帰途に着くのも縁です。AちゃんはBちゃんに声を掛けました。
「こんにちは。Bちゃんも今から帰るの? 方向が一緒なら、一緒に帰ろうよ」
Aちゃんに声を掛けられたBちゃんは、弾かれたように物凄く驚いて、目を丸くしてAちゃんを見ました。次いで、花が咲くように可愛らしく微笑んでくれました。
「うん。ありがとう、Aちゃん。一緒に帰ろう」
幸運にも、途中まで帰り道が一緒だった二人は、お互いの趣味の話や、食べ物の好き嫌いなど、ありふれた会話のやり取りを楽しみながら帰りました。
楽しい時間はあっという間で、二人の家の方向が分かれる場所まで来てしまいました。
「また明日ね、Bちゃん」
「うん、また明日」
笑顔で別れました。
Aちゃんが、Bちゃんの笑顔を見たのは、この日が最初で最後です。
次の日、Aちゃんがクラスに入ると、Bちゃんの席の周りに、Cちゃん、Dちゃん、Eちゃんの三人が集まって、四人で何かを話していました。
「皆、おはよう。集まってどうかしたの?」
「あ、おはよう。ううん、何でもないの。私達、去年から一緒のクラスだから、ちょっとお話ししてただけ」
Cちゃんが、代表して答えてくれました。不意に、Cちゃんが何かを思い付いたような顔をしました。
「ねえ、Aちゃん。Bちゃんね、一人の時間を大切にしたいタイプだから、あまり読書の邪魔しないであげてね」
「そうなの、Bちゃん?」
「う……うん。そう、だよ」
AちゃんがBちゃんに声を掛けると、ビクリと肩を震わせたBちゃんが、Aちゃんを振り返らずに頷きました。そして、机の中から、読みかけの文庫本を取り出しました。
「ね、言った通りでしょ? だからAちゃん、Bちゃんの邪魔にならないように、あっちでお話ししましょう」
Cちゃんに腕を掴まれ、強引にBちゃんから離されるAちゃん。
昨日の帰り道で話していた感じでは、お喋りも好きな様子に見えたBちゃん。でも、去年一年間同じクラスだった友達が言うのだから、間違いないだろうと思いました。
それに、本を読んでいる時に邪魔しなければいいのだから、本を読んでいないタイミングや、授業でペアになる時を見計らって、またお喋りすればいい。
そう考えたAちゃんは、救いようのないお馬鹿さんでした。
美術で二人組になって、お互いの似顔絵を描く授業があり、AちゃんはBちゃんとペアになろうとしましたが、先にCちゃんに誘われて、Bちゃんとはペアになれませんでした。
Bちゃんは、美術の先生とペアになって似顔絵を描いていました。
体育の授業では、準備運動の度に、Cちゃんのグループに呼ばれてしまい、Bちゃんと話をする機会を貰えませんでした。
Bちゃんは、体調不良で体育を見学するようになっていきました。
休み時間も一人で文庫本を読んでいるBちゃんに、Cちゃんの話を信じていたAちゃんは、話しかけることを我慢しました。
その内に、Aちゃんは他のクラスメイトや部活仲間に交友の輪を広げ、Bちゃんとの接点を持てないまま、四月の最終週を迎えます。来週からゴールデンウィークなので、部活動もありますが、友達と遊びに行く計画も立てていました。
月曜日の朝、Aちゃんは、Bちゃんが本を読み始める前に、ゴールデンウィークの友達との予定にBちゃんも混ざってくれないかお願いしようと決めて登校しました。
しかし、Bちゃんは、その週学校に来ませんでした。体調不良だと、担任の先生が言っていました。
Aちゃんは、Bちゃんのお見舞いに行きたいと、クラスメイトにBちゃんの家を知らないか尋ねましたが、誰も家の場所を知りません。Cちゃん達も、家の場所は知らないと言っていました。
担任の先生にも尋ねました。ところが、苦い顔をする先生に、今はお見舞いに行かない方がいいと言われ、結局教えてもらえませんでした。
何もできないままゴールデンウィークになり、ゴールデンウィーク明けには元気になったBちゃんに会えるだろうと思ったAちゃん。
そしてゴールデンウィーク明け。
珍しく寝坊したAちゃんは、遅刻ギリギリで登校しました。その時、職員室に入って行くBちゃんを見付けました。元気になって登校できるようになったんだ、と安堵したAちゃんは、今日こそはBちゃんと話をしようと、先に教室に向かいました。
ところが、朝のホームルームが始まってもBちゃんが教室に来ません。そして、担任の先生がやって来て、あの苦い顔でこう言いました。
「残念なお知らせがあります。Bちゃんは、ご家族の都合により転校することとなりました」
Aちゃんは混乱しました。今職員室に行けば、Bちゃんに会えるはずだ。
Aちゃんは先生が呼び止めるのも聞かず、教室を飛び出しました。職員室に飛び込んだAちゃんは、先生方が何事かと驚く中、職員室内を見渡し、Bちゃんが居ない事を確かめると、昇降口へ向かいました。
そして、昇降口で靴を履き替えているBちゃんと、Bちゃんの母親を見付けました。
「Bちゃん!」
奇しくも、一ケ月前と同じ光景。
でも、呼び掛けに反応してAちゃんを見たBちゃんの瞳は、路傍の石ころでも見るような無機質なものでした。Aちゃんは、急にBちゃんが怖くなりました。
でも、せっかくここで会えたのだから、せめてお別れの挨拶くらいはしたいと思って、声を絞り出します。
「転校するって聞いて。今朝、Bちゃんを見かけたから、まだ間に合うかなって」
「………………に」
ぽつり、とBちゃんが何かを言いました。
「転校してお別れになっちゃうのは寂しいけど、向こうの学校でも……」
「…………くせに」
Bちゃんの表情が、ゆっくりと変化していく。
凪いだ水面に、小さな波紋が広がり、波紋が重なって大きな波紋になり、波になり、荒れ狂う海になるような表情の変化。Aちゃんを睨み付けるBちゃんの瞳から、大粒の涙が零れた。
「あなただって私の事仲間外れにしたくせに!」
Aちゃんは、ようやく自分の犯した致命的なミスに気付きました。