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「不人気者の先輩」と「人気者の後輩」  作者: pierrot854
第一章 先輩と後輩の馴初め
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第五話 ハニートラップ(表)

2018.11.18 サブタイトルを訂正しました。

2018.11.28 誤字訂正。

 翌日、私は普段より一時間以上早く登校した。


「朝練のある日よりも早起きしないと駄目なんて……もう、それもこれも、全部先輩のせいなんですからね」


 独り言を言いながら、誰も居ない事を確認して昇降口の下駄箱の列を、名札を見ながら歩いていく。目的の下駄箱はすぐに見付けた。

 制服の胸ポケットから、器用にハート型に折り畳んだ手紙を取り出す。

 この手紙を、この靴の中に忍ばせれば、もう後戻りはできない。先輩の手助けも得られず、私一人で任務を遂行しなければならない。

 緊張で心拍数が上がる胸に、両手を重ねる。


「大丈夫。出来る限りの準備はした。手順も確認した。きっと成功する」


 悪い緊張感ではない。

 例えるなら、遠足の前日のような、枕元に大きな靴下を準備したクリスマスのような、これから起きるイベントに胸膨らませる、プラスベクトルの緊張感だ。

 それでも、と思う。

 手紙を下駄箱の靴に忍ばせるなんて、少女コミックみたいな事、人生初の経験だった。出来れば、相手は違う人が良かった、と思う。勿論、数ある方法の中から、成功率が高いと予想して、この方法を選んだのは私自身だ。


「それでも……」


 手の中の、ハート型に折った手紙。見た目を裏切らない内容を、その中に書いた。

 私の中の闘志が、急激に萎んでしまいそうになる。駄目だ駄目だと、頭を振る。


「ここまで準備して、こんな場所でグズグズして、失敗する訳にはいかないもの。よし!」


 威勢の良い掛け声とともに、目的の靴に手紙を押し込み、ついでに柏手かしわでを打った。

 気持ちを切り替えて、今度は、別な列の下駄箱から名札を探す。今度は、さっきよりも早く見付けた。それが妙に可笑しくて、自嘲気味に笑ってしまう。

 スカートのポケットから、職員室から失敬してきた鍵を取り出し、躊躇ちゅうちょなく靴に突っ込んだ。


「じゃあ、先輩には悪者になってもらいますね。私のために、頑張ってください」


 下駄箱の蓋を閉め、八王子と書かれた名札を指先で撫でる。この名前を見るだけで、少し勇気が出るのだから、私も単純だなと思う。


「あとは、昼休みを待つだけですからね。絶対に成功させてみせます」


 勝利宣言を残し、私は自分のクラスへと向かった。




 そして、迎えた昼休み。私は持ち物を確認して、教室を出ようとした。

 先生方には申し訳ないが、今日の授業はほとんど頭に入って来なかった。今から始まる大勝負の脳内シミュレーションで、私の情報処理能力はいっぱいいっぱいだった。


「あれ、舞衣? お昼は?」


 いつも一緒にお昼を食べているクラスメイトが、教室から出ようとする私に声を掛けてくれた。私を含めて四人でお昼を食べていて、他の二人はいつも通り机を寄せて準備万端だった。

 ここで呼び止められ、どこに行くのか尋ねられることは想定済みなので、準備していた答えを言う。


「ちょっとラクロス部の先輩に呼ばれてて。すぐ終わる用事みたいだから、先に食べてていいよ」


「そっか、わかった。戻ったら一緒に食べようね」


 普段通りに振る舞うことが出来たらしく、クラスメイトに不審がられることはなかった。静かに安堵の息を吐き、廊下に出て足早に目的地へ向かう。


 教室を移動して、仲の良い友人のクラスへ向かう人、食堂へ向かう人達、今日は天気がいいから屋上で食べようと話しながら歩く人達。昼休みが始まったばかりの廊下は、結構賑やかだ。

 楽しそうでいいな、と思う一方で、悔しくも思う。先輩は、こうして普通にクラスメイトや、先輩や後輩と、楽しい学校生活を送る機会を奪われたのだ。しかも、何も悪いことをしていないのに。

 だから、私はこれから始まるイベントを成功させなければならない。私は改めて、気合を入れ直す。


 他の生徒達の流れに逆らって廊下を進み、廊下の突き当りまで来ると、体育館へと続く渡り廊下へ出た。渡り廊下を直進し、体育館に入る。

 昼休みが始まったばかりの体育館は、人っ子一人居ないので、とても静かだ。私は一度、ステージに上り、分厚い幕の陰に隠れて、私より後に来るであろう人物を待った。


 息を潜めて待つこと数分。その数分が、体感ではとても長く感じた。呼び出しに失敗してしまったのだろうか、と不安になり始めた頃、体育館の入り口に目的の人物が現れた。

 手紙に書いた通り、一人で体育館を訪れたその人物は、周囲を気にしながらステージの前を横切り、体育用具室へと入って行った。


 心臓の音が大きくなる。緊張で口の中が乾く。頭の中で、自分が言うべき言葉を整理する。

 胸ポケットに入れていたスマートフォンを操作し、待つこと五秒。望んでいた反応を確認し、胸ポケットに仕舞う。作戦開始の合図だ。


「……すう……はあ。よし!」


 大きく深呼吸し、私は隠れていたステージから降りて、体育用具室へと進む。

 少し重い引き戸を開け、窓はあるが薄暗い部屋に入る。バスケットボールやバレーボールの入ったキャスター付きの籠、バレーボールやバドミントンのネットやポール、マット運動用のマットなど、多種多様な器具備品が雑然と並ぶ。

 少し埃っぽい空気の中、先に居た人物が、私に気付いて振り返る。


「お待たせしてすみません。心の準備がちょっと……」


「人を呼び出しておいて、遅れるなんていい度胸だな。まあ、今日は仕方がないか」


「すみません。あと、人違いがあると困るので確認したいんですけど、三年一組、空手部主将の駒村和也さんですか?」


「ああ、そうだ。お前は一年の姫川だな」


 駒村部長は、何故か私の名前を知っていた。

 私の驚いた反応が面白かったのか、駒村部長は口元を歪めて笑う。


「最近、八王子の奴と関わってるらしいな。で、昨日派手に喧嘩別れしたって聞いたぜ」


「……そうでした。峰岸部長に、私と先輩の情報をリークしたのは駒村部長でしたね。まあ、あんな弱虫の先輩、もう見限ったので気にしないでください」


 素っ気なく言う私に、駒村先輩はズボンのポケットから手紙を取り出して見せる。私が今朝、駒村先輩の靴に忍ばせた手紙だった。


「今日の昼休み、一人でここに来てください。大切なお話があります。今時珍しいよな、ラブレターなんて」


 手紙には、体育用具室とは書かずに、略図で地図を描いていた。


「デジタルな時代なので、こうゆうアナログな方法って、新鮮味があって良いかなと思ったんです」


「まあ、確かに悪くないな。場所が、ここってのも悪くないな」


 駒村部長が、私の足や胸に視線を向けるのが分かる。不快感と嫌悪感が、思わず表情に出てしまいそうになるのを必死に我慢する。


「八王子と喧嘩別れした次の日に、俺にこんな手紙を出すなんて、すげえよな。実は遊んでんのか?」


「それはご想像にお任せします。でも、そうですね……私、強い人に憧れてるんですって言ったら、分かりますか?」


「姫川の好みのタイプが、そういう奴だって言うなら、まあ、確かに、俺はそうかもな」


 得意げに言う駒村部長。相手に言わせたいことを考えながら、会話を展開させる。イメージしていたのと、実際にやってみるのでは、大変さが段違いだ。

 唯一の救いは、駒村部長が私の話に乗り気であるという点だ。

 試しに、私は一つ目の話題を出してみる。


「駒村部長、あの、ちょっと教えてほしいことがあるんですけど、いいですか」


「あん? ああ、いいぞ」


「去年の四月、空手部に入部した一年生が、顧問の先生と喧嘩したって聞いたんですけど、それって誰だったんですか」


「ああ、その話か……参ったな。高城顧問からは、箝口令かんこうれい敷かれてるんだ……」


 高城というのは、三年生の学年主任の先生だ。学生時代、全国大会ベスト十六になった経験から、空手部の顧問を担っている。

 さっきまで調子の良かった駒村部長が、渋る。箝口令が敷かれていることは承知の上で、ここから話題を発展させなければならないので、私は追い討ちをかける。


「ねえ、駒村部長。ここには私と、駒村部長の二人しか居ません。ちょっとだけ、秘密の共有してもいいじゃないですか」


 人差し指を唇に当てて、ちょっとポーズを取ってみる。恥ずかしくて、内心で地団駄を踏む。

 私の仕草と発言を、駒村部長がどう解釈したのかは知らないが、嫌な感じのニヤケ笑いを浮かべる。


「そうだな、俺と姫川しか居ないんだし。誰にも言うなよ?」


「はい、私は誰にも言いません」


「八王子だよ。あいつ、初日の部活で、高城顧問の練習メニューにケチ付けてさ。何でも、個々人の得手不得手に合わせた練習メニューに調整した方が、上達が早いって。今の練習メニューには無駄が多いって言って、そりゃ、高城顧問キレるよな」


 臆面もなく、堂々と顧問の先生に言い放つ先輩を想像し、先輩らしさ全開で思わず笑ってしまいそうになる。


「顧問と初日から喧嘩するって、先輩救いようのないお馬鹿さんですね」


「そうなんだよ。そしたら、その次の週、八王子が隣町で喧嘩して、五人病院送りにしたから、自宅謹慎と大会の出場停止処分になったって顧問から聞いてさ。ありゃ天罰だって皆が言ったな」


「噂話で聞きました。そう言えば、先輩の噂話で、サラリーマンをオヤジ狩りしたって話は、駒村部長は誰から聞いたんですか?」


「ああ、その話も高城顧問から聞いたぜ。生徒が補導されたりすると、高城顧問がその連絡を受けて対応する担当になってるらしい。次から次へと問題起こすから、退部させたいってボヤいてたな」


「先輩のオヤジ狩りの話を聞いたのは、高城先生が警察から連絡を受けた次の日でしたか?」


「ああ、そうだったと思う。なあ、何でさっきから八王子の話ばっかなんだ?」


 駒村部長が、苛立たし気に言う。

 予想通り、駒村部長は八王子先輩を敵視している。並べられたり、比較されたりするのを嫌っている。それを確信した私は、えてそこを抉る。


「私、強い人に憧れてるって言いましたよね。駒村部長は、空手部の部長ですから……でも、今年の一月に先輩に負けたっていう話を聞いたんですけど」


「あれは俺のせいじゃねえ!」


 激昂する駒村部長。

 私は、仕掛けるなら今だと思った。


「そう言えば、駒村部長、決勝戦の直前にケガして棄権したって聞きました。でも、話が出来過ぎてると思いませんか。決勝戦の直前にケガするなんて。もしかして、試合で負けるのが怖くて、ケガをしたって嘘をついて逃げたっていう可能性もありますよね?」


「そんな訳あるか! あの時、ちゃんと試合していれば、俺が勝った筈だ! それなのに高城顧問が――――!」


 釣れた。私は内心でほくそ笑む。


「高城先生の指示で、ケガをしたことにして、決勝戦を棄権した。そうすれば、十中八九、先輩が疑われますからね。世の中不思議なもので、可哀想な人に味方が付きますから。それに、次期部長に内定している人が、一年生に負けてから部長になったのでは、格好悪いですからね」


「な、で、出鱈目言ってんじゃねえ!」


 駒村部長が私に詰め寄ろうとするので、私は切り札の一枚目を切った。


「実は、私の友達が、他校に通う駒村部長の従弟いとこさんと同級生なんです」


「それがどう……」


 駒村部長も気付いたのだろう。足も口も動かなくなる。


「スキー旅行、楽しかったみたいですね。私も友達経由で、旅行の写真を何枚か拝見しました。駒村部長、スキー上手なんですね。大会の二日後で、足をケガしているはずなのに、駒村部長がスキーを満喫している写真が沢山ありましたよ?」


「いや……違う……それは……」


 これは私の交友関係を駆使して集めた情報だった。駒村部長は、足をケガして棄権した大会の二日後に、従弟の家族と一緒にスキー旅行に行っていた。恐らく、他校の私達にバレるとは思わなかったのだ。

 必死に言い訳を考えているのだろう。目を泳がせる駒村部長を余所よそに、私は二枚目の切り札を切る。


「話は変わりますけど、私、先月ちょっとしたハプニングがありまして、駅前交番のお巡りさんと知り合いになったんです。先輩を、オヤジ狩りで補導したお巡りさんです。それで、私、つい先輩の話を聞いちゃったんです。そうしたら、噂話と全然違うからビックリしました」


 これに関しては、駒村部長は特別反応しない。


「お巡りさんから聞いた話では、実は、交番に駆け込んだサラリーマンの方、かなりお酒に酔っていたみたいで、駅の階段から転げ落ちたそうです。頭から血を流して大変なところに、先輩が偶然居合わせて、取り合えず担いで交番にサラリーマンを送り届けたそうです。駅の防犯カメラにも一部始終が映っていましたし、目撃証言も多数確認したとお巡りさんが言っていました」


「な、何の話だ、それ……」


「お巡りさんは、先輩の良識ある行動に感銘を受けて、学校に電話で連絡したそうです。お宅の生徒さんが素晴らしい行いをしました、と。でも、その美談は捻じ曲げられてしまった。この電話連絡を受けたのは、果たして誰なんでしょうか。

 ところで、駒村部長。また話は変わりますけど、駒村部長は、同級生全員のテストの点数や、成績順位を知っていますか?」


「そんなの、知る訳……」


「そうなんです。お互いに点数を教え合っている友人の間なら、成績の優劣を比べることが出来ますけど、先輩みたいに友達の居ない人のテストの点数や学年順位なんて、誰が知っていると思いますか?

 でも、そう考えると一つ疑問に思いますよね。先輩がテストで学年八位の成績だったのが不正行為だったという噂話を、誰が広められるのか」


 そろそろ、駒村部長も、私が何のために手紙を使って彼を呼び出したのか、気付いただろう。さっきまでの上機嫌はどこへやら、能面みたいな表情になってしまっていた。

 少しだけ、いい気味だと思う私は、意地悪だろうか。

 私は、最後の切り札を切る。あとは、野となれ山となれ。


「最後にもう一つ。先輩の一番最初の暴力事件なんですけど、先輩が病院送りにした他校生なんですけど、隣町の工業高校の生徒さんなんです。これも、同じ工業高校に通っている私の友達に確認しました。さて、駒村部長」


「……何だよ」


 疑問の声を上げつつも、駒村部長も気付いているのだろう。

 私が立証したいのが、誰の、どんな行為なのか。だから、私は最後の質問を駒村部長に投げかける。


「二年前に転勤してきた高城先生の、前の勤務先ってどこでしたっけ?」


 それを俺に言わせるのかよ、と顔に書いてある駒村部長。

 残念ながら、駒村部長以上の適任者が居ないのだ。高城先生に不利な発言を最もしない人の発言だからこそ、最大限の効力が発揮される。


「駒村部長、お願いします」


「……その工業高校だよ」


「はい、ありがとうございました」


 私は、駒村先輩に向けて、初めて笑顔を見せた。

 胸ポケットからスマートフォンを取り出す。そのディスプレイには、通話中の文字と、八王子の名前が表示されていた。

ご都合主義は仕様です。すみません。

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