買い物の話(1)
また脱線しました。
「こんな所で会えるなんて……。これはもう運命ですね、先輩」
後輩は、こちらを上目遣いに見上げながら、こう宣った。
学校施設の耐震点検と消防設備点検が実施されるということで、全ての部活動が休止となった日曜日。
気に入っている著者の新刊小説が発売されていることを知り、ついでに私服も新調しようと考えて、電車で小一時間離れた隣の市にあるショッピングモールへ足を運んだ。
関東でも最大規模に分類されるショッピングモールは、大勢の来客で賑わっていた。
衣料品店を見て回る前に、書店で小説や大学入試の参考書を見て回ることにする。
ふと気になって、司法試験に関する参考書を手に取り、パラパラと眺めていたところ、左方向から接近して来た人に気付くのが遅れて、相手の右肩がこちらの左の二の腕に、トン、とぶつかってしまった。
「ん? すみま……姫川?」
ぶつかって来たのは相手の方だが、一応の礼儀として謝っておこうと左に振り向けば、見知った顔が悪戯を成功させた笑みを浮かべて立って居た。
そして、冒頭に戻る。
「……奇遇だな」
気の利いた言葉が思い浮かばず、率直な感想で返答した。
予想通り、姫川は不満げに口を尖らせる。
「ちょっと、先輩。もっと喜んだらいいじゃないですか。せっかく私が、運命の出会いっぽく演出してあげたんですから」
「そんなこと言われてもな……」
「もう、そんなだから先輩はダメなんですよ。私が、普通に声を掛けるのも面白味がありませんから、ちょっと趣向を変えてあげたのに。どうでしたか? 運命の出会いっぽい感じ出てました?」
「その感じは分からなかったけれど、驚いた。姫川は、友達と一緒か?」
「いいえ、今日は気ままな一人旅です。友達と一緒でも楽しいですけれど、好き勝手にプラプラするのも、たまには楽しいですからね。先輩は……司法試験の参考書、ですか?」
姫川が、俺が手に持っている本の表紙を下から覗き見て言う。
「これは思い付きで眺めてただけだ。好きな作家の新刊と、大学入試の参考書で良いのがあればと思って」
姫川に言いながら、司法試験の参考書を本棚に戻す。
「ふぅん……。じゃあ、当然ですけど、先輩も一人で来たんですよね?」
「そうだな。姫川の言葉を借りれば、俺も気ままな一人旅ってことだ。じゃあ、姫川もゆっくり……」
「先輩」
挨拶もそこそこに、姫川から離れようとしたところで、姫川が両手で俺の左腕を掴む。
「……どうした?」
何事かと思って姫川を振り向けば、不機嫌そうな表情の姫川がこちらを見上げている。
「先輩。私、今、一人なんです」
「それはさっき聞いた……」
「一人、なん、ですっ」
少しばかり語気を強めて姫川が言う。
だから、それがどうした、と考えたところで、姫川の要求を察する。
「……あぁ……そう……だな。姫川がよければ、少し一緒に見て回らないか?」
「ふふっ。あっ……こほん」
俺の回答がお気に召したらしいが、姫川は何故か一度仕切り直して、
「ふぅん……。先輩ってば、そんなに私と一緒に居たいんですか? もう、しょうがないですねー。私、今日は一人でのんびりしたかったのになー。本当にもう。先輩が、そこまで言うなら、ちょっとくらいお付き合いしてあげないといけませんねー」
神妙な面持ちで、いかにも渋々承諾しますという台詞なのに、口元がニマニマしているので台無しだった。
ようやく俺の左腕を釈放してくれた姫川が、後ろ手を組みながら、
「まあ、正直に言うと、先輩に会えるんじゃないかと思って、ここまで遠出して来たのもあるんですけどね」
「どういう事だ?」
「ほら、この前、先輩がプロファイリングのお話してくれたじゃないですか」
「そんな事もあったな」
「昨日、電話で、『日曜日って何か予定あるんですか?』って聞きましたよね」
「あぁ。本と服でも買いに行こうかと考えてるって答えたな」
「はい。そこで、先輩を被疑者と考えて、行動パターンをプロファイリングしてみようと思いまして」
「誰が被疑者だ」
「まあまあ、言葉の綾ですって。それで、まず、先輩なら、学校の人達に会うのを避けて、少し遠出するんじゃないかなって考えました」
「いい切り口だな」
「ふふん。それ程でもあります。あと、男の人の買い物って効率重視ですから、一か所で用事が済ませられる場所を好むんじゃないかと」
「なるほど」
「交通手段は、電車かバスに限られるでしょうから、公共交通機関で行ける立地で。あ、でも、片道一時間を超えるのは嫌なので、その範囲内で」
「……うん?」
「あと、このモールに先月オープンしたスイーツショップがあるんですけど、そろそろ新規開店の混雑が落ち着いた頃かなと思いまして」
「……途中から、姫川の都合になってないか?」
「まあまあ、いいじゃないですか。結果として、見事に被疑者確保に至ったんですから」
「だから、被疑者に仕立て上げるな」
「ふふっ。でも、先輩を見付けて嬉しかったのは本当ですよ。レアキャラ発見、みたいな感じです。
先輩だって、約束もしていないのに、偶然にも私に会えて嬉しいですよね? 嬉しい以外の回答なんてありませんよね? 嬉しいって言わないとダメなんですよ」
「答えを強要するな。……まあ、確かに、姫川に会えて嬉しいよ」
「うわぁ……そんな恥ずかしい台詞、よく言えますね。歯が浮いちゃいます」
「言わせておいて、その返しはあんまりじゃないか?」
「うふふっ、冗談です。ところで、先輩は本屋さんでの探し物はこれからですか? 立ち話も楽しいですけど、せっかく先輩にお誘いいただきましたし、ぼちぼち、一緒に見て回りませんか?」
「そうだな。小説のコーナーは……あっちか」
「はい。あ、そうだ。よければ、先輩が好きな作家さんとか作品とか、少し教えてもらえますか? 今後のプロファイリングの材料にします」
「それを分かってて教えるのは……まあ、いいか」
合縁奇縁と言うべきか。姫川を伴って買い物をすることとなった。
目的としていた小説は、店の入口の新刊紹介コーナーにあったのを入店時に確認していた。
大学入試の参考書は、気に入る物があれば買おうという程度の気持だったので、本日は見送ることとした。
小説のコーナーでは、自分が過去に読んで印象に残っている作品を数冊、姫川に紹介してみた。
「ふむふむ。いかにも、先輩が好きなあらすじですね。意外性の欠片もありません。もっとこう、ロマンティックが止まらないような……あ、これとかどうですか?」
好き勝手な意見を述べながら、姫川が手に取ったのは、実写映画化されるという告知の帯が付いている恋愛小説だ。
表紙のイラストに学生服を着た男女が描かれているので、学生が主人公の物語なのだろうと想像する。
「姫川は、こういう小説が好きなのか?」
「はい。と言うか、男性女性その他を問わず、幸せな結末を迎える物語は好きだと思いますけど。
それに、物語の登場人物が同世代だと、親近感が湧きますし、自分の周囲にも、こういったロマンスがあったらいいなって、時々考えちゃいますよね」
姫川は、手元の小説の表紙を見ながら、愛おし気に指先で撫でる。
次いで、不満気な表情でこちらを見る。
「先輩からはちっともロマンスの気配がありませんし。さっきなんて、運命的な出会いを果たした可愛い後輩を、事もあろうか放置して居なくなろうとしましたし。本当に残念な生き物ですね、先輩は」
出会い頭の時のように、姫川の右肩が俺の左の二の腕に当たってくる。当たり屋か。
「悪かった。次からは気を付ける」
「そうですね、今後の成長に期待……。いえ、私がちゃんと、先輩を教育しなければいけませんね」
「それはよく分らないんだが……」
「まあ、それは追い追い分からせてあげます。本屋さんの用事はお終いですか?」
「そうだな。今日は読み物だけ買って終わりだな」
「じゃあ、次は洋服屋さんですね」
「……服屋も一緒に回る気か?」
「モチのロンです。さあ、お会計して、行きますよ、先輩」
「分かった。分かったから、押すな」
姫川に背中を押され、セルフレジで小説の会計を済ませて書店をを出た。




