第四話 急転直下
「放課後、いつもの場所で作戦会議しますから、飲み物とお菓子を準備して待機しててください。念のために言ってきますけど、私の事忘れて帰ったら酷い目に遭わせますからね」
不本意ながら、一緒に昼飯を食べている時に、姫川が放課後の予定を勝手に決めた。
作戦会議とは、俺の悪評を広めている犯人を捜して成敗しよう、という作戦の会議である。場所は、学校の最寄り駅の裏にある、あまり人の来ない神社の敷地内。ちょっとした公園スペースがあり、滑り台やシーソーなどが設置されているが、近所に大きな公園があり、遊具の種類も豊富なので、あまり遊びに来る子供は居ない。
いい感じの木陰に設置されているベンチに座り、犬の散歩をするおじいさんや、ジョギングをするマダム、餌を貰えると勘違いして寄って来る鳩達を眺めながら、暇潰しをしていた。
放課後と言っても、夏に向けて日が落ちるのが遅くなり、午後五時を過ぎてもまだ空は明るい。
ちなみにこの作戦会議、姫川のラクロス部の練習が休みの時に開催される。我が校のグラウンドは、サッカー部、ラグビー部、ラクロス部が交代制で使用しており、グラウンドが利用できない時はランニング等の別メニューで基礎体力作りをしているらしい。
週に一日は休みがあり、姫川と知り合って一ケ月。その部活の休みに合わせて、公園で駄弁っている。
成敗しよう、と躍起になっているのは姫川だけであり、俺は何となく付き合わされている。
「……遅いな」
姫川は、今週掃除当番に当たっていると言っていた。掃除が終わってから来るので、多少遅くなるとは思っていたが、予想より遅い。
待ち惚けを食らうのも嫌だったので、時間調整して午後四時過ぎに来たのだが、それでももう一時間待っている。コンビニで買って来たジュースは、外気の暖かさですっかり温くなってしまった。
「何か急用でも出来て、帰ったか……」
口と態度は悪い後輩だが、報告連絡相談はきちんと出来る奴である。何か急用が入って帰る場合、一言連絡を寄越すと思うのだが、その暇も無い程の緊急事態が発生しのだろうか。
俺の方から連絡してみようかとも考えたが、あまり心配し過ぎて、
「うふふ、先輩ってば、私がちょっと連絡しなかったくらいでそんなに心配するなんて。もう、しょうがない人ですね」
と、小馬鹿にして笑われるネタを後輩に提供するのも癪なので止めた。
チョコレート菓子ではなく、気温で溶けないスナック菓子を買ったので、自分の緑茶のペットボトルと一緒にレジ袋に入れ、帰ろうとベンチから立ち上がった。
しかし、神社の入り口から、見慣れた制服姿の五人組がこちらに向かって来るのを見付け、渋々ベンチに座り直す。五人の内四人は見慣れない顔だった。
五人組は予想通り、俺の目の前まで来て立ち止まった。
「先輩、すみません……」
唯一の見慣れた顔、姫川が真っ先に言った。珍しく表情が曇っている。
遅くなった事に対しての謝罪なのか、この状況に対しての謝罪なのかは判別できなかったが、
「まあ、大方の事情は理解したから、気にするな。遅かれ早かれ、こうなったさ」
言いながら、まるで姫川を守るように、姫川と俺の間に整列する四人の顔触れを順番に眺める。
男子ラクロス部の部長と副部長、それから、姫川と同じ女子ラクロス部の部長と副部長。四人全員が三年生で、顔と名前は知っているが、当然ながら話をする機会はなかった。
顔触れと立ち位置を見て、要件は察しが付く。
「さて、男女ラクロス部の部長副部長が勢揃いで、俺に何か用ですか?」
敵意は含まず、しかし、好意的でもない口調で、俺は分かり切っている要件を四人に尋ねた。
「八王子、お前が、姫川の弱みを握って脅迫しているという話を聞いた」
男子の部長が、代表して答える。こちらは敵意を隠そうともしない。
良く日焼けした、肩幅の広い男だ。ラクロスの経験は無いが、練習風景を遠目で眺めただけでも、格闘技顔負けの激しさを持つスポーツだと分かった。
迫力だけなら、空手部のレギュラー陣にも負けていないだろう。
「それは、姫川本人がそう言ったんですか?」
「……いや、姫川に聞いたが、自分の意志で八王子と交友していると言っていた」
「それなら問題無いと思いますが?」
「馬鹿にするな!」
突然の怒声に、散歩していた老夫婦が驚いて立ち止まり、近くで地面をつついていた鳩の群れが一斉に飛んだ。
馬鹿にしているつもりは毛頭なかったが、お気に召さなかったらしい。肩を怒らせながら、男子部長は話を続ける。
「姫川が本当の事を言えないように、お前が仕向けているに決まっている! お前みたいな不良生徒と、ラクロス部の部員に、関わり合いがあると知れたら、部の評判がガタ落ちだ! いいか! これは命令だ! 今後一切、姫川に近付くな!」
「なっ、峰岸部長!」
「姫川さん、これはあなたを思っての事よ。それに、部の全員のためだって言ったでしょう」
姫川が男子部長――――峰岸部長と俺の話に割って入ろうとしたところで、女子部長に制止された。
姫川が悔しそうに唇を噛む。
「ラクロス部を含め、運動部はこれから、全国大会に繋がる地区大会を控えている。この大事な時期に、部員が俺みたいな不良生徒と交流していると、俺の不祥事に巻き込まれて、最悪の場合、大会の出場を取り消されるかも知れない。まあ、当然の対応ですね」
俺の悪評が本当か嘘かなんて関係ない。そこに不安要素があるなら、排除してしまえば済む。ラクロス部にとってデメリットは一切ない。
いつだったか、姫川が部活の先輩と仲良くしているのか疑問に思ったことがあったが、杞憂だったらしい。姫川は、ラクロス部の先輩と仲良くしている様子だ。
もし、姫川がラクロス部において取るに足らない選手なら、峰岸部長達は姫川を切り捨てていただろう。それが出来ないから、こうして三年生を四人も、しかも、部長副部長という責任者を使って俺と交渉に来たのだ。
訂正、交渉ではなく命令だった。
「しかし、何だ。これは命令だ、とは大きく出ましたね峰岸部長」
ベンチから立ち上がる。たったそれだけの動作で、峰岸部長達は、大袈裟に身構えて一歩後退した。
彼らにとって、俺はそれだけの危険人物なのだ。それに対する感想は特にない。
商売道具であるクロスを、武器のように構える峰岸部長と男子副部長。別段暴力沙汰にするつもりは無いのに、まるで猛獣扱いだった。
「俺はラクロス部の部員ではないし、俺の交友関係を、峰岸部長にとやかく言われる筋合いもない。仮に、俺の答えがノーだったら、どうするつもりだったんですか?」
「部員ではなくても、八王子は二年生、俺は三年生だ。上級生に従うのが当然だろう」
「徒党を組まないと話にも来れない奴が、高々一年先に生まれただけで威張らないでもらえませんか」
「何だその口の利き方は!」
安い挑発に、いとも簡単に乗ってくれた峰岸先輩は、大きく振り被ったクロスを振り下ろしてきた。
「八王子先輩!」「峰岸君!」
姫川と女子部長が同時に、俺と峰岸部長の名前を叫ぶが、一度動き出した暴力は止まらない。
クロスは軽量さが売りの道具なので、振り回しても大した威力がない。その上、長い棒を持った人間の攻撃パターンは、振り下ろすか、横薙ぐか、突き刺すか、動作が限定される。
結果、俺は簡単に左手でクロスを受け止めた。
「これで、正当防衛成立ですよ、峰岸部長」
「くっ……は、放せ!」
言われた通り、俺は峰岸部長のクロスを放した。ところが、当の本人は放されると思っていなかったらしく、クロスを思いっ切り引っ張るつもりで、そのまま後ろに三歩、踏鞴を踏んでしまう。
恨めしそうに俺を睨む峰岸部長に、特に追撃はしない。
「そう言えば、峰岸部長」
「今度は何だ!」
大層ご立腹な様子の峰岸部長は、尚も臨戦態勢を崩そうとしない。ここで喧嘩騒ぎを起こすと、困るのは本人たちのはずなのだが。
今のところ実害はないので放置しながら、話を続ける。
「さっき、俺が姫川の弱みを握って脅迫している話を、誰かから聞いたと言っていましたね」
「それがどうした!」
「誰から聞きましたか?」
「お前のよく知ってる奴だ! 駒村が教えてくれたんだ!」
何故か勝ち誇ったように言う峰岸部長。駒村は、空手部の部長の名前だ。
空手部の主将から聞いたと言えば、俺が恐れ戦くとでも思ったのか、峰岸部長は聞いてもいない事を話し始める。
「八王子が俺の話を拒否するなら、駒村達が力ずくで従わせると言っていた。流石の八王子も、空手部三役を敵に回したくはないだろう。潔く、姫川に今後近付かないと言うのであれば、俺も今回の件は不問にしたいと思っている」
ついさっきまで、安い挑発で取り乱していた人物に、こうも見下されると流石に気分が悪い。
拳骨の一つも見舞ってやろうかと考えた瞬間、姫川と目が合ってしまい、思い留まる。
ここで俺が手を出せば、姫川の立場が悪くなる。それは本望ではないので、ここは堪える。
「駒村主将の言う事を聞く義理も無いけれど……まあ、仕方ない。分かった、姫川には今後一切近付かないと約束します」
「先輩!」
「聞いての通りだ、姫川。自分のためにも、ラクロス部のメンバーのためにも、俺には今後関わらない事だ」
努めて優しい声で、姫川に諭す。
姫川は、さっきまでの曇った表情から、怒りに震える表情に変わっていた。情けない姿を見せている自覚はある。だから、せめてそんな顔はしないでほしいと思った。
「先輩の根性無し! 唐変木! 甲斐性無し! 先輩なんて、私の方から見限ってあげます! 金輪際話しかけてあげませんからね!」
「あ、姫川さん!」
俺を罵りたいだけ罵った姫川は、脇目も振らず走り去る。それを女子の部長と副部長が追いかけて行った。
「賢明な判断だ。八王子」
峰岸部長がそう言い残し、男子副部長と一緒に姫川達と同じ方向へ歩いて去る。
怒涛のような時間から、ようやく解放された俺は、ベンチ再び座った。すっかり日没が過ぎ、周囲が群青色に染まる。歩道脇に等間隔に並ぶ街灯が、白々しく光り始めた。
大きく深呼吸をする。
「はぁ……話し疲れたな……」
姫川といい、峰岸部長といい、俺の会話のキャパシティーを考えてくれない人の多いことだ。飲みかけていたペットボトルのお茶を、一気に飲む。
一番星が輝き始めた空を見上げながら、今の一連の会話を反芻する。
「そう言えば、姫川には見限られてしまった……」
好き勝手 貶してくれたものだ、と口元を歪めて笑う。
「さあ……吉と出るか凶と出るか」
ルビの振り方を覚えました。




