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「不人気者の先輩」と「人気者の後輩」  作者: pierrot854
第二章 先輩と後輩の進展
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第二十九話 姫川舞衣の日常(昼)(後輩談)


 四時限目の終了を告げるチャイムが校内に響き渡り、先生が教室から退室すると、教室中が賑やかな会話に満たされます。

 昼休み特有の楽しそうな空気の中、行動の早い男子は食堂に走りますし、別なクラスの友達と食事をする人達が教室を行ったり来たりしています。


「姫ー、お昼食べよー」


「うん、今行く」


 少し離れた窓際の席に居る杏子が、私を呼んでくれます。

 杏子の周辺の席を借りて、机四つで四角い食卓を作ります。私と杏子と菜々子と、もう一人、


「舞衣、今日は私もこっち混ざっていい?」


「うん。一緒に食べよう、なごみ


 直前の世界史の授業で、威風堂々と居眠りをしていた西塔さいとう和が、睡眠欲の満たされた清々しい顔でやって来ました。

 和は、人付き合いが悪い訳ではありませんが、クラス内外で特定の誰かと一緒に居ることが少なく、その日の気分で一人で過ごしたり、どこかのグループに混ざったりしている気分屋さんです。


 私のクラスの女子生徒の中では一番の長身で、学年で長身な女子生徒を挙げるなら、五指に数えられます。

 それと言うのも、和はその長身を活かして、中学生時代からバレー部で活躍している有名人なのです。

 通っていた中学校が違う上に、バレー部ではなかった私でも、名前に聞き覚えがある程でした。


 ただ、持てる情熱の全てをバレーボールに向けているため、学業の方は身が入らないらしく、授業中に居眠りしていることも珍しくありません。

 各科目の担当教師も、入学当初の四月は、真面目に授業に臨むよう毎回の授業で注意していましたが、今となっては先生方も諦め始めています。

 私は友人として、真面目に授業に取り組むよう注意はしているのですが、笑って誤魔化されています。


 特定のグループに所属しない和ですが、昼食は私と菜々子と杏子の所に混ざる頻度が高いです。


「舞衣、朝から来客が多かったけど、もう落ち着いた感じ?」


 席に座りながら和が言います。

 昨日の先輩の一件で、野次馬根性 たくましい人達が、私の所に押し掛けて来ていました。

 先輩の発言が、事実上の交際宣言だと勘違いしている人が多くて、対応に苦慮しました。


「うん、もう落ち着いたみたい。いつも気にしてくれて、ありがとう」


 それとなく周囲を確認しますが、私の所へ突撃しようとしている人は居ない様子です。


 勘違いと言えば。

 高校入学当初、私はプロフィールの珍しさが災いして悪目立ちしてしまい、朝な夕な、クラスや学年を問わない人達に囲まれていました。

 私自身、その状況は覚悟の上でしたし、悪意を持って接して来る方も若干名は居ましたが、基本的には無害な好奇心の方ばかり。

 私としては、これ幸いにと、交友関係の輪を広げる機会と考えて対応していましたが、


『一人に対して寄ってたかって何なんだ、あんたら!』


 肺活量もさることながら、高い位置からの和の声はよく通り、教室が静まり返ったのを覚えています。

 和は、私が苛められていると、勘違いしたそうです。


 私と和の交友関係は、そこから始まりました。

 誤解は解けていますが、それでも私が噂話の中心になると心配してくれます。

 今の発言も、昨日の先輩の一件で、私が嫌な思いをしていないか気遣ってくれての事です。


「まあ、友達の心配は減るもんじゃないし。お腹は減るけど」


 言いながら、和は大きな弁当箱を机に広げます。

 二段重ねの弁当箱、一段目は梅干しの赤が鮮やかな白米。二段目は、揚げ物や温野菜や茹で卵がぎゅうぎゅう詰め。その他に、味噌汁用のスープジャーがあります。


「なごみんは、今日も食欲旺盛だねぇ」


 向かいの席から和の弁当をまじまじと覗く杏子や、隣の私は、女子高生としては標準サイズの弁当箱を並べて居るのですが、和の大きな弁当箱と比較すると、大人用と子供用に見えてしまいます。

 食の細い菜々子の弁当箱に至っては、和の弁当箱の一段目にすら負けるサイズです。


「体が資本だからね。良く食べて、良く寝る。美容と健康の秘訣だね」


「良いこと言った! みたいな顔していないで、授業は起きて聞きなさいよ。嫌とは言わないけど、自分のテスト勉強しながら教えるの大変なのよ」


「いやぁ、ごめんね、菜々子。唐揚げ食べる?」


「唐揚げ一個で買収しようとしないの」


「え、じゃあ、二個? 菜々子、実は肉食系?」


「肉食系は関係ないし、個数の問題でもないわよ。舞衣も大変でしょう?」


「うん、まあ……お喋りで脱線するから、効率は悪いよね。けれど、菜々子も、皆で勉強会するの楽しかったでしょ?」


「まあ……そうね。楽しかったのは、否定しないわ」


 不承不承といった感じで頷く菜々子ですが、満更でもない事を私は知っています。


 五月の中間試験の時に、この四人で勉強会をしました。

 学力に一抹の不安を抱える杏子のための勉強会だったのですが、教室で勉強会の話をしているときに、割って入って来たのが和です。

 菜々子は理数系が得意で、私は文系が得意なので、分担して杏子と和の勉強を手伝いました。

 杏子と和の名誉のために言いますが、二人とも、学習能力が弱い訳ではなく、集中力が長続きしない事が原因だと早い段階で分かったので、休憩を小まめに取りながら進める学習方針を菜々子と決めました。


 ところが、三人寄るだけで姦しい年頃の女の子が、四人も集まればお喋りが止まる訳もなく、休憩から勉強に戻るのが大変でした。

 まあ、菜々子も私もお喋りに花を咲かせていた一員なので、責任は四等分です。


「姫もなーこも、教えるの上手だから、楽しかったね。お陰様で赤点も回避したし。あ、ねえ、今度は、泊りでやろうよ」


「勉強合宿だね。青春っぽくていいかも。あんこ、ナイス」


「いえーい」


 と、杏子と和が二人で盛り上がってハイタッチします。

 不意に、和が何かを思い出したような顔をして、私の方を振り返ります。


「そうだ、八王子先輩も呼んでみたら? 頭良いって聞いたよ?」


「……先輩?」


 先輩は、奨学金制度を利用していると依然聞きました。重ねて、去年の定期試験で学年八位の成績――カンニングの嫌疑は晴らしてあります――だったという周知の事実もあります。

 上級生が居る状況ならば、杏子も和も、緊張感をもって勉強に取り組めるでしょう。

 形式的な条件だけで考えれば、欠点はありません。


「いやいや、なごみん。私となーこは、その状況ちょっと無理っぽいから堪忍して」


「そうね……。至近距離でイチャイチャされたら、ストレスで胃に穴が開くんじゃないかしら?」


「え、あれ? 舞衣と八王子先輩は、仲良しだけど付き合ってないんじゃなかったっけ?」


 確認を求める視線が、和から届きます。

 私と先輩の交友関係を、和も杏子も菜々子も、正しく理解してくれています。

 ただし、杏子と菜々子は、隙あらばこうやって会話のネタにするのが困りものです。


「仲良くしてもらっているのは事実だけど、それ以外はありません。そもそも、勉強会に先輩を駆り出すのは迷惑だから、しません」


「よかった。お祝いし損なったのかと、一瞬焦った。あ、でも、どうして迷惑なの? ハーレムだもん、八王子先輩喜ぶんじゃない?」


 奇妙な安心の仕方をされましたが、今の和の発言に食って掛かると、杏子達の思う壺となりそうなので、あえて無視します。


「私達が、勉強を教え合うのは相互にメリットがあるけれど、先輩が私達に勉強教えても、私達にしかメリットがないでしょ? 先輩の勉強の邪魔はしたくないし。

 それに、先輩の名誉のために言っておくと、先輩は、年下女子のハーレムで喜ぶような人じゃないよ。日曜日だって、外国人のお姉さん二人に話しかけられても、変な下心もなく、毅然と対応していたもの」


 ここは一つ、可愛い後輩として、先輩の評判を上げておいてあげましょうと考え、日曜日の話を三人に語って聞かせました。

 褒められたものではありませんが、皆が知らずに、私だけが知っている話というものは、優越感を禁じ得ません


「「「あぁ……はいはい」」」


「……あれ?」


 思っていたものと違う反応です。

 三人共、新しい玩具を買って貰った子供のような、純粋な好奇心でいっぱいの表情です。


「むふふ、いいね。姫のノロケって珍しい」


「な――今の話に、惚気要素なんて無かったでしょ」


「自覚無いの? 今の話、八王子先輩は私以外の女には興味ないって自慢しているように聞こえたわよ?」


「それは、菜々子達が、先入観を持っているからでしょ。私は、純粋に、先輩の善行を褒めただけで――」


「いいね、舞衣。青春真っ盛りって感じ」


 和が親指を立てた右手をこちらに突き出してくるので、叩き落します。


「だから違うって言ってるでしょ」


「「「はいはい」」」


「もうっ、知らない!」


 断じて違います。今の話に、惚気話の成分なんて一グラムも含有されていません。

 それなのに三人がこんな事を言うのは、私をからかって遊びたいからに決まっています。そんな連中には付き合いきれません。


「ありゃりゃ。姫がご機嫌ナナメになっちゃった」


「じゃあ、勉強会の相談は、また後日ね」


「舞衣、ごめんって。私達もちょっと意地悪し過ぎたよ。唐揚げ食べる?」


 先程の菜々子対する時と同様に、和が唐揚げを一個、私に差し出します。


「もう、全然謝罪の気持ちが感じられないっ」


 和が箸で摘まんだ唐揚げを、遠慮なくガブリと食べてやります。


「あぁっ! ホントに食べられた!?」


「あ、この唐揚げ美味しい」


「そう? じゃあ、私も一個」


「あ、じゃあ、私ももーらい!」


「あ、こら、菜々子! あんこ! 私の唐揚げがぁ!」


 和やかな雰囲気の中、今日も楽しく昼休みを過ごします。

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