第二十六話 株式会社総智頼義コンサルティング(後輩談)
「この会社が、悪の秘密結社なんですか?」
「そうよ。私達が、悪事を暴くべき敵の名前。覚えておいて」
そう言われても、私としては眉唾物の話なので、千尋さんの勢いに負けないようにするので精一杯です。
千尋さんのスマートフォンの画面には、一枚の請求書が表示されています。請求元は、株式会社 総智頼義コンサルティング。請求先は、玉城建業株式会社。請求内容は、経営コンサルタント料二十五万円。
「この、玉城建業っていうのは、千尋さんの会社ですか?」
「うん。正式には、私のお祖父ちゃんが創業して、今はお父さんが社長をしている会社。私は、今年の四月からウチの会社で経理担当として働いてるのよ」
「千尋さんのお父さんは社長さんなんですね。と言う事は、千尋さんは社長令嬢なんですね」
「まあ、格好つけて言うならね。でも、後継ぎでも何でもないから気楽なものよ」
「後継ぎじゃないんですか?」
「私の弟が長男で、高校卒業したら建築学科のある大学に進学して、一級建築士の資格を取得して、順当にいけば三代目になる予定。私は、そのお目付け役ってとこかしらね」
「そうなんですか。もう、将来設計が決まっていて凄いですね」
「凄い……のかな? 何だか、楽しているような気もするけど。まあ、下請け工事とか孫請け工事とかばっかりだから、経営自体は楽じゃないわね」
「そうですか。経営……あ、それで経営コンサルタントですか?」
「う~ん……そういう訳でもないのよね……」
話が上手く繋がったと思ったのですが、どうやら私の予想は外れてしまった様子です。
困った顔で唸った千尋さんが、請求書の映るスマートフォンの画面をコツコツ指差で突きます。
「確かに、ウチの会社は楽な経営状態とは言えないけど、それでも家族と従業員に給料を払っていくだけの儲けは出してるの。だから、経営コンサルタントなんて頼まなくてもいい筈なの。でも、毎月一回、この会社に経営コンサルタント料を支払っていることに最近気づいたの」
「それは、つまり、お願いしていない仕事の代金を請求されているって事ですか?」
「そう、なんだと私は思った。それで、お父さん……社長に聞いたのよ。このコンサルタント料は何かって。少なくとも、私が会社に入ってからは、この会社の人間が、ウチに仕事で来ていたのは見ていないって」
「そうしたら、千尋さんのお父さんは何と答えてくれたんですか?」
「それは、必要な経費だから大丈夫だって。お前が心配する事じゃない、とも言われたわ」
「う~ん……。千尋さんの疑問は解消されない回答ですね。どうして必要なのか、が千尋さんの疑問ですからね」
「そうなのよ。で、この会社だけ振込じゃなくて、現金手渡しで支払だから、いよいよ怪しいと思った訳なのよ」
「どうして、現金手渡しだと怪しいんですか?」
「今時分、会社同士の決済は銀行振込が一般的なの。取引件数が多ければ多い程、現金を回収して歩く時間と労力が無駄だし、支払う方が現金を準備する手間も掛かるから嫌がるもの。それでも、敢えて現金手渡しを選ぶとしたら、振込で足が付くのを嫌う理由があるとしか考えられないの」
「なるほど。それで、千尋さんはこの会社が『悪の秘密結社』だと思ったんですね」
「その通り。舞衣ちゃんは理解が早くて助かるわ」
嬉しそうに頷く千尋さんに、私も笑顔を返します。でも、決済方法から一足飛びに『悪の秘密結社』と決め付けてはいけないと思うのですが。
疑わしきは被告人の利益に。先輩が好みそうな言葉を思い出します。
「千尋さんが、この会社を『悪の秘密結社』と断定する根拠は、他に何かありますか?」
「他の根拠? なかなか痛い所を突いて来るわね、舞衣ちゃん……」
難しい顔をして唸る千尋さん。
「いえ、千尋さんを非難している訳ではありませんし、暫定『悪の秘密結社』を擁護している訳でもありません。でも、千尋さんの味方を担う以上は、千尋さんが持っている情報や推論は聞いておきたいと思うんです」
千尋さんは、声を低くして、顔を寄せて来ます。
「これはまだ、ちゃんと調べていない事だけど……。昨日、あの男達を尾行していた時ね、すぐに尾行がバレた訳じゃないのよ。少しの間は、あの男達を追跡出来て、ウチの会社の後、文房具屋、スポーツ用品店、洋服屋、電気屋の順番に立ち寄った所までは突き止めたの」
「文房具屋、スポーツ用品店、洋服屋、電気屋……」
千尋さんの言葉を復唱しながら、私はスマートフォンのメモ帳機能を呼び出し、そこにメモを残していきます。
順番に何か意味があるのか、あるいは、何か共通点があるのでしょうか。
「今のお店と、千尋さんのお父さんの会社は、何か共通点はありますか?」
「ううん、ウチと今話した店は取引も無いし……そもそも業種も違うわね。大手のチェーン店じゃなくて、昔からある町のお店って所ばかりだったわ。共通点と呼べるか分からないけれど、やっぱり経営は楽じゃないんじゃないかしら。最近は、郊外に大手の系列店が進出してきたから、お客さんがそっちに流れちゃってるだろうから」
「なるほど……。あ、そう言えば、千尋さん。さっきの請求書の写真は、私にデータを貰えますか? あと、今話題に上った文房具店とかの名前も教えて貰いたいです。参考にしたいので」
「そうね……うん。じゃあ、後で店の名前と請求書のデータを送るわね。何か気付いたことがあったら、どんな小さな事でもいいから、教えてちょうだい」
「はい、分かりました」
千尋さんに失礼かと思いましたが、私はちらりと自分のスマートフォンの時計を見ました。そろそろ、いい時間でしょうか。
私の動作に気付いたのか、千尋さんも視線の先にあるお店の時計に目を向けました。
「結構話し込んじゃったわね。そろそろお開きにしましょうか」
「そうですね。じゃあ、今日は解散にしましょうか」
私達は、食器を返却コーナーへ持って行き、お店を出ます。
霧雨が振る曇り空のせいで、少し肌寒く、時間帯のわりには薄暗い通りに、色とりどりの傘が往来しています。
私も最近新調したばかりの雨傘を開きます。内側に晴れた空の模様が描かれているので、傘を差していると気分が明るくなる傘です。
千尋さんは、透明なビニール傘を差していました。
「じゃあ、今日はありがとう。あいつらを倒す作戦は、改めて相談しましょう。大丈夫。私と舞衣ちゃんなら、絶対に勝てるわ。大船に乗ったつもりで居て」
「私がお役に立てるかは分かりませんけれど、出来る限りは協力したいと思います。では、失礼します」
ひらひらと手を振る千尋さんに一礼を返し、私は帰路に着きました。
少し進んで、角を曲がった所で、私は大きく深呼吸しました。
「ふぅ……。妙な事になってきちゃったな」
荒唐無稽な話、と頭ごなしに否定するのは簡単でしょう。
「重要なのは、私が、千尋さんの話を信じるか、否か……」
半信半疑、なんて中途半端な事はしたくありません。
信じるなら、全力で千尋さんの抱える問題解決に協力します。疑うなら、千尋さんの話が嘘であることを全力で証明します。
「まあ、嘘と言うか、千尋さんの思い違いの可能性も十分にあるけど……。さっきのコンサルティング会社を疑っている理由も、九分九厘が思い込みみたいなものだし……」
横断歩道の信号が赤に切り替わり、私を含めた通行人が立ち止まります。そのタイミングで、私はスマートフォンのディスプレイに表示した文字列を、何度も繰り返して確認します。私の勘違いの可能性も十分にありますが、こんな偶然の一致が、果たしてそう簡単に起きるのでしょうか。
「株式会社、総智頼義、コンサルティング……」
不思議なもので、あまりにも単純すぎる問題を目の前にすると、自分の導き出した解答が、実は重大な見落としをしているのではないかと不安になります。その一方で、あの狸オヤジの考えそうな、趣味の悪い冗談と決め付けている私が居ます。
結論と疑問の間を行ったり来たりする私の思考。
私の仮説が正しいとするなら、私一人の力では足りないでしょう。
それは悔しい事実である筈なのに、私は思わずニヤリと笑ってしまいます。




