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「不人気者の先輩」と「人気者の後輩」  作者: pierrot854
第二章 先輩と後輩の進展
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第十九話 日常への闖入者

 言い終わるのが早いか、表情を隠すようにうつむく姫川。


 今の台詞が意味するところを考え、俺は名状し難い気持ちになる。身体の内側がザワザワするような感覚に襲われる。

 予想だにしない姫川の言動に、どうやって対応したら良いのか皆目見当もつかず、前髪で隠れる姫川の顔を黙って見続けるしか出来ない。


 何だ、この状況は。


 姫川が、こんな事を言い出すとは思いもしなかった。

 姫川は、普段から冗談で、俺のことを好きだとか気に入っているとか言っているので、これもいつもの冗談の一つとして受け流してしまえばいいのか。

 いや、もし、姫川が本心でさっきの台詞を言ったと仮定すると、いつもの冗談の一つとして受け流すのは、姫川に対して不義理が過ぎる。


 第一、こういう湿っぽい状況に耐性はないのだから、対処方法なんて思い付く筈もない。


 時間にすれば、三十秒くらいだろう。でも、俺にとっては数分間にも感じられる姫川の沈黙。

 周囲の雑踏も遠退いて聞こえるような、不思議な感覚。

 それからゆっくりと、姫川が顔を上げる。


「手応えありましたね」


 それはもう、愉快ゆかいで仕方がないと言わんばかりの笑顔で。


「…………」


 絶句するしかなかった。

 俺の反応が心の底から可笑しいらしく、姫川は満面の笑みを浮かべる。


「うふふ。先輩ってば、もしかして本気にしちゃいました? 可愛い後輩から、愛の告白されたと思いました? うふふ。出会い頭に、先輩が私を揶揄うから、仕返しです。うふふ。あー、でも良かったです。これでも素っ気ない反応されたら、私、女子としての魅力が無いのかと自信喪失するところでした」


 どうやら姫川は、待ち合わせの時の反撃のために、一芝居打ったとのことらしい。

 それだけの事で、ここまでするのか。

 そして、姫川の策略に、今回は完全にはまってしまった。


 尚も笑い続ける姫川。

 不思議と、姫川が楽しそうに笑っているのを見ていると、腹も立たない。


「……はぁ……参った……」


 素直に降伏する。完全に、姫川に一本取られた。

 満足した姫川が、俺に向かって小さくピースサインを突き付ける。


「うふふ。やっぱり、先輩で遊ぶのは楽しいです。あ、せっかくですから、このまま腕を組んで歩いてあげましょうか」


「流石にそれは恥ずかしいから勘弁してくれ」


 言いながら、左腕に引っ掛かっている姫川の右手をやんわり解く。


「そうですか。ちょっと残念です」


「冗談はもういいから、早く……」


 意地の悪い笑みを浮かべる姫川の追撃を、どうにか回避しつつ、当初の目的に戻ろうとした時だった。


 通りの向こう側から、慌てた様子で走って来る人物を見付けた。しきりに後方を確認しながら走るものだから、何度も他人にぶつかりそうになったり、ぶつかったりしながら走っている。

 その後方からは、随分と柄の悪そうな男が二人走って来るのが見える。


 どうやら、前を走る人物が、男二人組に追われているらしい。

 このままの位置に立っていると、トラブルを抱えているらしい人物と鉢合わせしてしまうので、姫川を伴って横方向へ移動しなければならない。

 自分一人で居るなら未だしも、姫川が一緒に居る状態では、トラブルに巻き込まれる訳にはいかない。


 隣の姫川を見ると、姫川も前方から接近する三人に気付いた様子で、


「先輩、あの人達、どうしたんでしょうね?」


 俺はこの時、姫川の目が、獲物を見付けた猫の如く光るのを見逃さなかった。

 頼むから、俺の思いやりの心を少しはんで欲しい。


「さあ。少なくとも、和気わき藹藹あいあいって雰囲気ではないな。危ないから――――」


「私がお姉さんを連れて逃げますから、先輩は足止めお願いします」


 言うが早いか、姫川はこちらに向かって走って来る女性目掛けて駆け出す。止める暇も無かった。


「お、おい! 姫川!」


 遅れて姫川を追う。

 ラクロス選手の技能なのか、器用に人の間を縫って走る姫川に対して、どうにかぶつからないように走る俺。

 姫川を止めるどころか、離されないようにするのが精一杯だった。


 先行する姫川が、反対側から走って来た女性と行き会う。


「お姉さん、こっちです!」


「え――――きゃあっ!?」


 走って来た女性の腕を掴んで、大通りから横に伸びる脇道に逃げて行く姫川。

 一瞬だけ俺の方を振り返り、


「先輩! 懲らしめてあげなさい!」


 どこかの時代劇で聞いたことがあるような台詞を残し、居なくなってしまった。俺は姫川の護衛でも家来でもないのだが。

 通路を進んで行く二人の背中から目を放し、険悪な表情で俺に向かって走って来る男二人に注意を向け、嘆息する。


「はあ……。どうして、あの後輩は、面倒事に自ら飛び込むんだ」


「テメエも、あの女の仲間か!」


「邪魔すんならタダじゃ置かねえぞ!」


 俺から少し離れて立ち止まった柄の悪い男二人が、その外見のイメージを壊さない物騒な事を言いながら、姫川達が逃げ込んで言った通路に視線を向ける。


「袖振り合うも多生の縁、か」


 目の前で困っている人を、姫川が放って置ける筈が無かった。それが姫川舞衣のアイデンティティであり、俺が姫川を気に入っている理由の一つなのだから。気持ちの半分では、この状況を覚悟していた。


 無関係なのに、自らトラブルに飛び込んだ俺達にも反省すべき点は大いにある。

 しかし、関わってしまった以上は、それに見合った対処をする。ここでこの男達の足止めに失敗した場合、この男達は姫川達を追うだろう。最悪の場合、追い付かれた姫川達に危害が及ぶだろう。


 姫川は、小生意気な後輩で、大事な友人だ。

 大事な友人に、危害が及ぶのを黙って見過ごす訳にはいかない。


 腹は決まった。

 俺は深く息を吸い、ゆっくり長く吐き出す。

 対峙する事となった男二人組に対して、何と声を掛けるか迷ってから、


「まあ、何だ……ここを通りたければ、俺を倒してみろ」


 これは言った方が負けるのがセオリーだったかなと、下らない事を考えながら、左足を前に出し、半月立ちで身構える。


「ンだ手前てめえ! めんじゃねえ!」


 俺の発言を、挑発と受け取った男の一人が、右腕を大きく振り被りながら突進してきた。

 警戒していた、二対一の優位性をあっさりと放棄してくれたことに感謝しながら、防具を装着していない相手への力加減を肝に銘ずる。

 俺は、必要最小限の攻撃で、相手を制圧する方法をイメージする。


 お互いの手の届く範囲に入った所で、男が大振りの右腕を振って来る。フェイントの警戒もしたが、杞憂だった。

 男の右拳の軌道上に左腕を差し入れ、そのまま上方向へ軌道修正する。たったそれだけの事で、相手の攻撃は空振りする。

 空手の防御は、同時に、即時反撃の構えでもある。防御を左腕で行い、右腕は打ち込める形で残してある。


 相手の男は、右腕を伸ばし、反対側の左腕は身体の奥に引っ込んでいる。右腕を外側に押し退けたために、男の胴体は無防備になる。イメージ通りに、男の鳩尾みぞおちを狙い澄まし、下からえぐり込むように右の掌底しょうていを打ち込む。


「――――ぅごっ!?」


 力加減したとは言え、人体急所の一つだ。横隔膜に衝撃が伝わり、一瞬の呼吸困難に見舞われる。そうでなくても、内臓に走る激痛で動けなくなる。

 攻撃が決まっても、相手の反撃に備え、構えは崩さない。

 男が腹を抱えてその場にうずくまるのを見届け、すぐにもう一人に注意を移す。


「よ、よくもやりやがったな!」


 いや、先に攻撃して来たのはこの男だったのだが、もう一人の男がおかしな言い掛かりを付けてくる。

 あわよくば、彼我の力量差を見て退いてくれないかと期待したのだが、その期待は裏切られる。


「うおぉぉっ!」


 雄叫びを上げながら突進してきた。こちらは、ラグビー選手のように頭を低くしたタックルだった。

 狙うのが頭であることを心の中で詫びながら、左足を一歩踏み込み、右の横蹴りを相手の側頭部に叩き込む。

 走り込んできた勢いも相俟あいまって、男が派手に横方向へ転がる。軽い脳震盪のうしんとうで済むと思う力加減だったのだが、思わず力が入ってしまっただろうかと一抹の心配を抱く。


「ぅ……ぐ……痛ぇ……」


 地面にうつ伏せに倒れた男が、頭を抱えてうめいているので、意識はあるようだと一安心する。

 二人とも暫くは動けないだろうと判断したところで、ここが駅前の商店街の往来であったことを今更思い出す。周囲には野次馬の群れが多数居て、映画の撮影か、何かのデモンストレーションと勘違いしたらしく、


「おぉ~!」


 と言う歓声と、拍手が巻き起こる。

 派手にやり過ぎたと反省しつつ、周囲が勘違いに気が付く前に、早々にその場を立ち去ることにした。

 姫川達が走って行った脇道へ入り、現場からある程度の距離を走った所で立ち止まり、念のために、救急車を要請しておいた。


「さて……姫川達と合流するか」


 後先考えずに面倒事に飛び込む危険性について、姫川に説教するべきなんだろうが、果たしてあの小生意気な後輩は素直に言う事を聞いてくれるだろうか。

 そんな事を考えながら立ち止まり、姫川に電話を架ける。


 しかし、なかなか応答がない。

 コール音を二十回数えた辺りで、背筋に嫌な寒気が走る。


「……いや、移動中で気付かないだけだろう」


 自分に言い聞かせるように呟く。尚も、コール音は続く。

 走り出したい衝動に駆られつつも、闇雲に走り回って姫川を見付けられるとは思えず、浮足立つ気持ちを抑え込み、辛抱強く電話の応答を待つ。


「……出てくれ、姫川」


 もう、何十回目のコール音か分からなくなってきた。携帯電話を持つ手に、嫌な汗が浮く。


 突然、コール音が途切れた。


『あ、先輩――――』


「姫川! 大丈夫か!?」


『え、あ、は、はい。大丈夫ですけど……どうかしましたか?』


 切羽詰まった自分の声に、一番俺が驚いた。電話の向こうで、姫川も面食らっていることだろう。

 普段と変わらない姫川の声に、胸中で渦巻いていた不安が晴れて行くのが分かる。


「あ……いや、悪い」


『そっちは終わったみたいですね』


 姫川の声に混じって、姫川の足音らしき音が聞こえる。まだ、外を歩いているらしい。


「ああ、とりあえず。姫川達は、今どこに居るんだ?」


『えっと……』


 電話を片手に、目印になりそうな物を探している様子が伝わる。


『言いたくありません』


「……は?」


『それどころじゃないんです、先輩! 逃げられちゃったんです』


「逃げていたのは姫川達だろう」


『だから、その一緒に逃げてた子に逃げられちゃったんです! 探してる間に、方向を見失いました』


「……おい」


 どうしたもんか、と俺は頭を抱えたくなった。

格闘に一ケ月悩んだ挙句、この為体ていたらく

これが今の自分の実力と思い知り、精進していきます。

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