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「不人気者の先輩」と「人気者の後輩」  作者: pierrot854
第二章 先輩と後輩の進展
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第十七話 先輩と後輩の休日(2)

 梅雨時期の貴重な晴れの休日。外出したいのは皆同じで、駅は普段よりも混雑している。

 姫川と一緒に上り電車のホームに移動し、比較的空いている電車待ちの列を探して、ホームの端まで来てしまう。


「混んでますね。私、雨の日も好きなんですけれど、やっぱり、出掛けるなら晴れの日が一番ですよね。思わず、足を延ばして遠出したくなります。紫陽花あじさいを見に行くなら、絶対に雨の日にしますけれど」


「ああ、確かに、紫陽花を見るなら雨に濡れた風景の方が、絵になると思う気持ちは分かる」


「ねえ、先輩。今度、一緒に紫陽花見に行きましょう。植物園とかもいいですね」


「紫陽花か……。有名な場所だと、少し遠出になるな。今日みたいにお互いの部活の休みが合えばいいけれど、難しいかも知れないな」


 俺の空手部は夏のインターハイに向けて、姫川のラクロス部も、インターハイは無いけれど部活動の最盛期になるため、練習で忙しくなるだろう。こうやって休日にのんびり出掛けられるとは思えない。


「そっか……そうですね……。むう……。それなら、今年じゃなくても、来年でもいいですから、行ってみたいです。あ、その時は、特別にお弁当作ってあげます。可愛い後輩の手料理です。先輩にとっては、喉から手が出る程の逸品ですよね」


「姫川、料理出来るのか?」


 言った瞬間、姫川に左肩を叩かれた。純粋な疑問を投げかけただけで、決して、姫川が料理出来ないと思っての発言ではなかったのだが。

 しかし、来年の約束を持ち出すなんて、気の長い奴だ。


「先輩、あまり私を見縊みくびらないでください。お母さんのお手伝いで、料理の伊呂波いろはは習得済みです。私の料理の腕前は、家族から好評なんです。先輩の胃袋なんて容易たやすく鷲掴みです」


「表現が穏やかじゃないな……。まあ、機会があったら、お相伴しょうばんにあずかるか」


「うふふ。その時は覚悟しておいてくださいね。あ、電車来ましたよ」


 ホームに電車が進入し、降車客を待ってから乗り込む。

 混雑する電車内で、運良く一席の空席を発見し、姫川を伴って電車内を移動する。


「運が良かったな。席が空いているとは思わなかった」


「……?」


 俺が空席の前に立つと、姫川が隣で不思議そうな顔をして立っていた。

 しばし、無言の姫川と見つめ合う。


「……せっかく空いているんだから、座ったらいいじゃないか」


「え、あ、そういう……じゃあ、失礼します」


 俺の言葉が足りなかったせいか、姫川には俺の意図が伝わっていなかったらしい。

 電車の座席に腰を落ち着かせた姫川が、怪訝けげんな顔をする。


「先輩……何だか、慣れてませんか?」


「何が?」


「普通、思春期真っ盛りの男子高校生なら、女子と出掛けるってだけで緊張やら興奮やら最低な妄想やらで頭が一杯になるに決まっています。それなのに、先輩は、今日も相変わらずの先輩ですし……。実は、女遊び慣れているのかな、なんて」


「男子高校生への偏見が強過ぎるだろ……。姫川も知っての通り、友達とこうして休日に出掛けるのも一年振りなんだ。女子はおろか、男子とも遊んでない。変に身構えないで済むのは、姫川が気心知れた相手だからだと思う」


 まあ、俺が姫川以外の女子と、こうやって二人で出掛けた経験が無いので比較が出来ないが。


「むう……。それはそれで、複雑です……」


 よく分からない呟きを残し、姫川が視線を落とす。

 姫川の顔をあまり見続けるのも悪いかと思い、車窓の外を流れる風景に視線を移す。


 姫川が黙ってしまうと、俺から話し掛ける話題も無いため、ぼんやりと外の景色を眺める。

 タタン、タタン、と電車特有の一定のリズムを聞きながら、この沈黙が嫌ではないことに気付く。ただ、手持無沙汰なので、読みかけの本の続きでも読もうかと思った矢先、姫川が沈黙を破る。


「そう言えば、先輩」


「うん?」


 値踏みをするような眼差し。

 姫川は、たまにこの眼差しを俺に向けてくる。理由は分からないし、目的も分からないが、俺は姫川に試されているらしい。

 思い返せば姫川は、セカンドコンタクトの屋上で、俺に対してモルモットがどうとか言っていた。出来れば、精神衛生上あまりよろしくないので、勘弁してほしいのだが。


 姫川は芝居掛かった咳払いをすると、両手をもじもじと動かしながら話す。俺が言うのも烏滸おこがましいが、姫川には似合わない仕草だと思う。


「こほん。……先輩、あの、喫茶店に行く前に、ちょっと寄り道してもいいですか? 喫茶店で、ランチも食べようと思うんですけれど、時間もまだ早いですから」


「ああ、俺は構わないけれど」


「ありがとうございます。実は、プレゼントを……男性向けの、プレゼントを買いたいんです。色々忙しくて、どうしても今日買わないと間に合わなくて。勿論、先輩へのプレゼントじゃありません。先輩以外の男性へのプレゼントです。その買い物に、先輩を付き合わせようとしているんですけど、本当にいいんですか?」


 執拗に尋ねてくる姫川に、違和感を覚える。無暗に「男性」の部分を強調する言い方も含めて。

 別段、急ぎの用事がある訳でもなく、寄り道する理由が何であれ、構わないと返事をしている。それなのに、姫川は聞いても居ない寄り道の理由を話す。


 俺は考える。姫川が、何の悪巧みも無く、こんな芝居掛かった言動をするはずがない。

 不意に、電車内の吊り広告が目に入る。父の日の贈り物をしましょうとうたう、百貨店の広告だった。それを見て合点がいく。


「ああ、そうか、父の日の贈り物か。姫川は、親孝行だ……な」


 視線を姫川に戻しながら、閃いた結論を言うと、木の実を頬袋に貯め込み過ぎた栗鼠りすのような、膨れっ面の姫川と目が合う。


「……先輩。私、父の日のプレゼントだなんて言ってません。私はただ、男性向けのプレゼントって言っただけです。それとも何ですか、先輩は、私がプレゼントを贈る男性なんて、どうせお父さんしか居ないだろうってバカにしてるんですか? もっとこう、別な反応はないんですか?」


「いや、思い付いたことを言っただけだ。馬鹿にした訳じゃない。姫川に贈り物を贈る相手が居ても不思議は……」


「もう、いいです。そうですよー、父の日のプレゼントですー。ふーんだ。もう、察しの良い先輩なんて嫌いです。せっかく、昨日思い付いて、私が好意を寄せている相手が居るんじゃないかって、先輩に勘違いさせて動揺させたら、面白い反応を見せてくれるんじゃないかって期待してたのに、期待外れもいいところです」


 腕組みしてそっぽを向く姫川。

 その様子が可笑しくて、思わず笑ってしまう。


「そんな事だろうと思った」


「そんな態度でいいんですかねー? そのうち、本当に私の目の前に素敵な男性が現れて、私を取られても知りませんからね」


「何言ってるんだ、姫川は物じゃないんだから。取るとか取られるとかじゃなくて、姫川に選んでもらえるか否かだと思うけれど。いや、別に、俺が姫川に選ばれたいとかっていう話ではなくて。そうじゃないと、姫川自身の気持ちを、俺や周りが無視しているみたいじゃないか」


「……っ!」


 姫川が、弾かれたように振り向く。酷く驚いた表情をしているので、不味い事を言ってしまったかと不安になる。


「あ、いや、悪い。知った風な事を言って……」


「…………ふふっ。もう、先輩は本当に、私の予想を裏切ってくれますね」


 氷がゆっくり解けるように、姫川の強張った表情がほこんでいく。

 でも何故か、俺にはその笑顔が寂しそうに見えた。


「な……」


「先輩は、父の日のプレゼントとか準備しましたか? それとも、もう渡して来ましたか?」


 何かあったのか、と姫川に尋ねようとした途端に、姫川が言葉を被せてきた。

 笑顔は崩さない姫川だが、これ以上は聞かないでほしいと目で訴えられているように感じる。

 いや、考え過ぎか。偶然、俺が話すタイミングと、姫川が話すタイミングが一緒だっただけかも知れない。


「……いいや、今の今まで、今日が父の日だって事を忘れてた」


「じゃあ、せっかくです。私がアドバイスしてあげますから、先輩も父の日のプレゼント買いましょう。ふふん、感謝して泣き崩れてもいいですよ」


「有難いとは思うけれど、そこまでじゃない」


「ありがとうと、ごめんなさいを、ちゃんと言えないのは先輩の悪いところです。あ、そろそろ着きますから、降りる準備しましょう」


 電車が目的の駅に到着し、姫川と連れ立ってホームへ降りる。

 大勢の人の流れに乗って、駅の構内を進み、改札を抜けた駅前で一度落ち着くことにする。通行人の邪魔にならないように、駅前広場の端に移動する。


「それで、姫川の父の日はどこに行けばいいんだ?」


「私の用事が先でいいんですか? 先輩のお父さんへのプレゼントを先に選んでもいいですよ」


「姫川は、もう買う物が決まってるんだろ?」


「はい。あ、でも、カテゴリーは決まってるんですけど、お店に行ったら、その中からデザインとか値段とかで選ばないとダメです」


「俺は何も考えていなかったから、少し考える時間も欲しい。姫川が買う物が参考になるかも知れないし」


「うーん……。多分、私が買う物は、先輩の参考にはなりませんけど……。分かりました、じゃあ、先に私の買い物済ませちゃいましょう。こっちです」


 姫川が、駅前の商店街に向かって歩き始める。

 その隣を歩きながら、ぼんやりと父親への贈り物を考える。無難なところで、ネクタイやハンカチがいいだろうか。


「先輩のお父さんは、何のお仕事している人ですか?」


 道中の世間話として、姫川がこう切り出す。


「俺の父親は、警察官なんだ。とは言っても、刑事ドラマで観るような外部向けの仕事じゃなくて、警察署内で事務仕事をしている」


「へえ、先輩のお父さんは警察官なんですか。じゃあ、先輩が正義感強いのは、お父さんの影響が強いんですね。偶然とは言っても、引っ手繰りの犯人を現行犯逮捕しちゃうんですから」


「そうかも知れないな。でも実際、その話を父親にしたら、真っ先に拳骨げんこつ食らったけれど」


「え? どうしてですか。悪い奴をやっつけたのに、怒られたんですか? 先輩のお父さん、実は悪の手先ですか」


「他人の父親に向かって悪の手先って……。訓練をしていない一般人が、現行犯逮捕するのは単純に危険だからだよ。犯人が凶器、最悪の場合は拳銃なんて持っていたら、俺だって太刀打ち出来なかっただろうから。そういう話を、小さい頃から聞かされておきながら、お前は阿保かと叱られた」


「なるほど。じゃあ、やっぱり先輩はお馬鹿さんなんですね。でも、しょうがないですよね。だって、可愛い後輩である私が困っていたんですから。先輩は危険でも犯人を捕まえて、私にお近付きしたかったんですから」


「俺が助けたのは、姫川のお母さんだろ」


「ははーん……。分かりました。外堀から埋めていく作戦だったんですね。まずは、お母さんを助けて、間接的に私と知り合って、そこから仲良くなりたいなって思っていたんですね。はあ……先輩にそこまで好かれていたなんて、困りますねー。可愛いって罪作りですね」


 嬉々として勝手にストーリー展開していく姫川だが、見当違いもはなはだしいので止めてもらいたい。


「その話の流れで行くと、最終的には、引っ手繰り犯を仕込んだのも俺になりそうだな」


「えぇっ!? そうだったんですか? 先輩の事、見損ないました」


「……この話、終わりでいいか?」


「もう、先輩は相変わらず乗りが悪いですね。この程度の冗談に付き合えないと、この先社会に出て苦労しますよ」


「現在進行形で、乗りの良過ぎる後輩に苦労している」


「うふふ。私は、先輩で遊べるので楽しいです。あ、間違えました。先輩と遊べるので楽しいです」


 この後輩、言い間違いではなく確信犯だ。意地でもツッコミは入れない。


「先輩のお母さんは、どんな人ですか?」


「どうして俺は、姫川に家族状況を把握されてるんだ?」


「いいじゃないですか、世間話の一環です。先輩から、ご家族の話って聞いた覚えがなかったので、せっかくのチャンスなので聞いてあげようと思います」


 チャンスという単語と、聞いてあげますという動詞があべこべだ。


「それはどうも。俺の家族の話なんて、聞いても大して面白くないと思うけれど」


「私が楽しめれば、それでいいんです。先輩は、私にエンターテインメントを提供してくれればそれでいいんです」


「余興扱いか……。まあ、いいか。俺の母親は、若葉町の駅前で小料理屋をやってる。店構えは小さいけれど、常連さん達が足繁く通ってくれているから、商売は繁盛しているらしい」


「小料理屋さんの女将さんですか。何か、おしとやかで物静かな美人女将ってイメージですね」


 斜め上を遠い目で見上げる姫川。小料理屋の女将に対するイメージも、随分偏っているらしい。


「理想を壊すようで悪いが、俺の母親は、姫川のイメージの正反対だ。割烹着かっぽうぎを着た肝っ玉母ちゃんだから、口は悪いし、声も態度も大きいし、酔った客と喧嘩することも少なくない」


 そんな肝っ玉母ちゃんを慕ってくれる常連さんや、家庭の味に飢えている独身単身男性に、母親の小料理屋は人気があると、父親から聞いている。


 姫川の理想の小料理屋の女将像を、いとも簡単に裏切る話の内容にも関わらず、姫川はとても楽しそうに笑う。


「ふふっ。先輩のご両親って、楽しそうですね。一度、会ってみたいです。先輩は、兄弟姉妹は居ないんですか?」


「兄弟姉妹は居ない。俺の家は、父母と俺の三人暮らしだ。まあ、姫川が俺の親に会う機会なんて無いだろうけれど」


「先輩の空手の試合観戦とか、ご両親来ますよね。そこに私が行けば、会えます」


「姫川がラクロス部の大会や練習をサボって来るなら、会えるかも知れないけれど。そこまでする必要はないんじゃないか? 俺の親に会っても、姫川に利益は無いだろう」


「知らない人と知り合う事自体が、私の人生にとって利益になるんです。未知との遭遇です。あ、先輩、到着です。ここのお店に寄ります」


 忘れかけていたが、姫川は交友関係の輪を広げる事については全身全霊で取り組む奴だった。

 世間話の一環も区切りのいいところで、姫川が目指していた場所に着いたらしい。俺は姫川が示す店の看板を見上げた。

 大きな木の一枚板に、達筆な金色の文字で、


「剣崎呉服店……」


 瓦屋根の立派な門構えの中に、玉砂利と飛び石で通路がある。青々とした笹竹と灯篭が飾られた小さな庭の先に、店の入り口が見える。

 商店街の一角にありながら、間違ってもウィンドウショッピングの途中でちょっと立寄ろうなどと考えない、敷居の高い雰囲気の店構えだった。


「私のお父さん、和服をよく着るので、こちらの呉服屋さんにお世話になることが多いんです。私もよく来るので、店の女将さんと仲良しなんです」


「……姫川、お前、本当は凄い奴なのか?」


 店の雰囲気に、少し圧倒されながら、隣の姫川を見る。

 すると、姫川は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、人差し指を唇の前に立てて、ウィンクして見せた。


「うふふ。そうですねー……先輩には、まだ内緒にしておきます。女の子は、秘密が多い方が魅力的ですから。ほらほら、お店の前で立っていても迷惑ですから、行きましょう」


 姫川が先行して、門を潜る。確かに、ここに突っ立っていても邪魔になる。

 狐につままれた気分で、俺も門を潜った。

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