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「不人気者の先輩」と「人気者の後輩」  作者: pierrot854
第一章 先輩と後輩の馴初め
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第十三話 姫川家での一幕 後輩談

 結局、お父さんへの説明と説得に三時間も費やしてしまった。

 どうして、あのお父さんは頭が固い上に私の話をまともに聞こうとしないのだろう。


「やはり、お前の我儘わがままを認めてあの高校へ進学させたのが間違いだった」


 とか。


「どんな理由があろうが、学生は教育者に従うべきで、反抗など許されない」


 とか。


「学校施設を無許可で使用するなど言語道断だ」


 とか。終いには、


「男!? 男だと!? お前、男と毎晩電話していただけに飽き足らず、密会だと!? どこの馬の骨だ! 今すぐ連れて来い! お前をたぶらかすような男は、俺が成敗してやる!」


 と半狂乱になりながら、床の間の日本刀 (刀剣類登録証有り) を持ち出そうとするから、輪をかけて面倒だった。

 放っておく訳にもいかないのでなだめていると、今度は泣き出すし。


「俺は……俺は……お前を愛するが故に……それなのに……高校生になった途端に……」


 タイミング良く帰宅してくれたお母さんも、日本刀片手に泣き崩れているお父さんと、それを宥めている私を見て、流石にちょっと驚いていた。

 お母さんは、先輩の事を知っていたので、今日に至るまでの経緯を大雑把に説明しただけで、


「そっか……舞衣も頑張ったわね。流石、私の自慢の娘」


 と理解してくれた。五分も掛からなかった。

 そして、泣き崩れているお父さんの隣に座り、背中を優しく撫でながら、


「あなた。私が、あなたの所に嫁いで来たように、舞衣も近い将来、比翼の烏となって羽ばたいていく日が来るの。私達の娘が見初めた相手ですもの。私も一度会ったけれど、誠実そうな好青年でしたよ。今は、見守りましょう。私達が、愛娘を信じなくてどうするんですか」


「……ああ、そうだな。分かった。舞衣、取り乱して済まなかった」


「うふふ。でも、舞衣がお父さんに、こんな話をするなんて初めてね。それだけ真剣なのね。お母さん、いつでも舞衣の助けになるから、じっくり時間をかけて、お互いの事を知っていきなさい」


 ここまでで、三時間。

 私が思い描いていた結末と、少々、齟齬そごがあるような気もするけれど、私のお腹の虫がキューと鳴くので、それどころではなかった。よく考えたら、昼食を食べていなかった。


 急いで夕食を準備するお母さんを手伝い、ご飯をおかわりして食べ、食器の片付けを手伝った。

 お父さんが一番風呂に入っている間、私は自室で休憩することにした。勉強机の椅子に腰かけ、通学鞄に入れたままだったスマートフォンを手に取ると、未読メッセージの通知件数が「99+」とカウンターストップしていて、ちょっと感動した。


 未読メッセージを確認すると、昼休みの放送開始直後から、クラスメイトや他のクラスの友達、ラクロス部の先輩その他大勢から、放送の内容について、先輩との関係について、部長や副部長からは関わるなという約束を破った事への叱責、その他諸々のメッセージが届いていた。


「これは、明日学校に行ったら大変そうだなぁ……」


 私は、スマートフォンを持ったまま、ベッドに顔からダイブした。ベッドのスプリングが、迷惑そうに軋む。

 うつ伏せのまま、色々あって返事が遅くなった事、お昼の放送内容は聞いた通りである事、友達である先輩に協力した事、心配と迷惑をかけてしまった事への謝罪、今日はくたびれたのでもう休む事を、簡潔に文書にして、一斉送信した。


「ここで一生懸命説明しても、どうせ明日の学校でパパラッチされるんだろうし。ちょっと憂鬱。もう、それもこれも全部、先輩のせいなのに、メッセージの一つも無いってどういう事ですか」


 再度、メッセージを見直すが、先輩からの物は一つもない。

 これは一言文句を付けなくては、と私は寝返りを打って仰向けになり、先輩に電話を架ける。


「…………………………………………そーですか。無視ですか。いい根性です」


 コール音を十回数えたことろで、電話を切った。先輩が、一回目で電話に出ないなんて珍しくない。


 セカンドコンタクトの際に、緊張してしまい、上から目線のちょっと小生意気な後輩になってしまった。それ以降、先輩と話す時は、その調子が抜けない。


「今更だけれど……先輩、私の事、生意気な奴とか思ってるのかな……」


 そんな風に思われていたら、嫌だな。悪いのは私なのだけれど。

 でも、小生意気な後輩の調子で先輩と話すのは、とても楽しい。普段、友達や他の先輩には言えないような大胆な冗談を言える。先輩は、いつも面白おかしく受け答えしてくれる。たまに、先輩のボキャブラリーや知識幅の広さに驚かされたり、感心したりする。


 私はきっと、先輩に甘えている。

 どんな冗談を言っても、どれだけ生意気な口を利いても、先輩なら絶対に私を嫌いになったりしないという甘え。

 一緒に居る時は、先輩のパーソナルスペースに侵入しても、少々ボディータッチが多くても、怒らずに嫌がらずに許容してくれるだろうという甘え。


 偶然居合わせた、引っ手繰りの現場で、後先考えずに犯人を捕まえて助けてくれるような、無類のお人好し。私は、先輩の第一印象から、試してみたくなった。


「私が、先輩と友達になって、信頼関係を築いていった先に、恋愛感情が芽生えるかどうか」


 私だって、思春期真っ只中の女子だ。色恋沙汰に興味も意欲もある。


 私は、恋愛感情は、相互理解と信頼関係があって、初めて芽生えるものだと信じている。一目惚れや運命の出会いを信じている友人を否定するつもりはない。これはまで、私の個人的な見解として。


 でも、残念なことに、私に好意を持ってくれる人は、私の家柄を知って金銭的価値を見出すか、私の容姿だけ気に入るか、いずれにしても一方的に私を知っている人ばかり。

 私に好意を寄せてくれるのは嬉しいけれど、私から見ると、名前も知らない赤の他人。

 そんな人達から、恋人関係を望まれて告白されても、承諾できる訳もなく、私は友人関係から始めましょうと提案するのに、向こうは告白を断られたと思い込んで、あるいは逆上して、友人関係すら始まらずに終わってしまう。


 私の恋愛経験は、失敗ばかり。


「だから、先輩との関係は、私にとって貴重なケーススタディなんです」


 天井に向かって、ぽつりと呟く。

 ちゃんと、初めましてから始まった先輩との交友関係は、一歩ずつ着実に、お互いを知り合って、信頼関係も築けていると思う。


「先輩の、私に対する対応が、基本的に素っ気ないのが不満だけど」


 女として当然に、容姿を整える努力は惜しまずに生きて来たし、自分で言うのも何だが、可愛いという自負もある。

 私がちょっと本気を出せば、先輩の一人や二人、簡単にメロメロに出来ると思っていた。訂正します、先輩は一人で十分です。二人も居たら、手に負えません。


 私は、一向に電話の返事が来ないスマートフォンを睨む。


「唐変木……甲斐性無し……ガラパゴスゾウガメ並みの鈍感……。普通、女子から電話が来たら喜び勇んで、万難を排して折返し電話を寄越すものじゃないんですか。何なんですか、もう。私を待たせて様子見ですか。巌流島の宮本武蔵でも気取ってるんですか」


 先輩は、ちっとも私になびいてくれない。

 不満を感じるのはお門違いと分かりつつ、少女漫画や女子中高生向けの雑誌、友達の恋愛話を参考に、色々試しているのに、あの先輩ときたら飄飄ひょうひょうとしていて効果が有るのか無いのか分からない。


 思い出したら、段々腹が立ってくる。


「そろそろ二回目、架けてみようかな」


 睨んでいたスマートフォンを操作して、電話の発信履歴から、先輩に電話する。

 そろそろお父さんもお風呂から上がって来るだろうから、これで先輩が電話に出てくれなかったら、お風呂に入って来よう。

 その後、また電話するかは気分次第。


「………………………………………………………………やっぱり、出」


「はい」


 出た。


「こ、こんばんは。先輩ですか?」


 先輩が急に電話に出るものだから、私が慌ててしまう。

 でも、電話から聞こえる先輩の声に張りが無い。寝起きの感じだ。


「携帯で電話寄越して、確認するのも変だと思うけど」


「先輩、もしかして寝起きですか?」


「……あぁ、悪い。夕方から寝ていて、今起きた。電話に気付くのが遅くなった」


「じゃあ、まだご飯も食べてないじゃないですか。気持ち悪くないですか?」


「そう言えば、昼飯も……そうか、ごめん。姫川も昼飯食べてなかっただろ。駅前で車降りた時に、何かご馳走すれば良かった」


「私は、お母さんが早めの夕食にしてくれたので、大丈夫です。……あ、でも、先輩がどーしても私を食事に誘いたいって言うなら、甘んじて、その申し出を受けてあげないこともないです。ほらほら、先輩、可愛い後輩とデートのチャンスですよ」


 また悪い癖が出てしまう。


「ははっ、言うに事欠いてデートと来たか」


 先輩の笑い声を聞いて、何かこう、くすぐったい気分になる。こんな小生意気な口を利いても、やっぱり先輩は私をうとんじたりしない。


「そうか。デートかどうかは置いておいて、食事に誘うのも悪くないな」


「……え?」


 突然のことに、間の抜けた声が漏れる。


「今回の件、姫川には本当に助けられた。何かお礼がしたいんだ。何かご馳走するのが、一番手っ取り早くて分かり易いんだけれど、姫川はどうだ?」


 平然と、本当に気軽に、先輩は話す。


「先輩、あの、えっと、本気で言ってますか? そんなの、普通にデ、デートのお誘いじゃないですか」


 反対に、私自身が言い出した事なのに、困惑して小生意気な後輩の調子も出ない。


「そんなに堅苦しい話のつもりじゃないんだ。姫川は友達なんだから、一緒に飯食いに行くくらい、いいかと思って。姫川が良ければだけれど」


「先輩は……その、私と、へ、変な噂になるのとか……気にならないんですか?」


「噂話はもう遠慮したいところだけれど、気にするのも今更だろう。今日の件で、嫌でも、俺と姫川の関係は変な噂になると思う」


「……確かに、そうですね」


 先輩との電話で忘れかけていた。明日、学校に行くのが憂鬱だと考えたばかりだった。


「せっかく、姫川と大手を振って一緒に居られるようになったんだ。都合の合うときは、一緒に遊びに行きたいと思ってる。

 高校生なんて、些細な事でも色恋沙汰に繋げたい生き物なんだから、男女が一緒に居れば勝手に話に尾鰭おひれを付けて、付き合ってるとか噂話になるだろう。

 俺がどこに居ても、誰と一緒でも、俺の自由だ。外野を気にする必要はない」


 先輩は今、絶対意地悪な顔をしている。顔を見なくても分かる。

 昨日、私が先輩に向かって言った台詞を、そっくりそのまま使われてしまった。悔しい気持ちが半分で、してやられた気持ちが半分。


「……ふふっ。そうですね。じゃあ、その時はちゃんとエスコートしてくださいね。私は、先輩の素晴らしいデートプランに期待して行きますから。

 間違っても、現地集合でご飯を食べたら解散なんて、許しませんからね。午前中から、ディナーまで。最後は、私をきちんと自宅まで送ってくれるところまで、綿密にプランニングしてください」


「いや、だから、そこまで堅苦しい話じゃなくて、もっと気軽な……」


 絶対、現地集合でご飯を食べて解散するつもりだった。そうは問屋が卸さない。


「先輩、私、そんなに安い女に見られるのは心外です。私をデートに誘う以上は、先輩は死力を尽くしてお持て成ししてくれないとダメです。私の貴重な休日を、丸々一日、先輩のために使ってあげますから、手抜きなんてしたら、先輩にもてあそばれたって学校中に言い触らします」


 先輩は、休日とは言っていない。学校帰りに、駅前のファミレスにでも寄り道する程度の気持ちだったに違いない。

 そんな事は許さない。せっかく、先輩からお誘いを受けたのだから、目一杯遊びたい。私の台詞を真似するような先輩は、休日に一日中、私に振り回されても文句を言えないのだ。


「……まさか、この流れで脅迫されるとは思わなかった。分かった。ただし、過度の期待はしないでくれ。こっちは友達と一日遊び歩くなんて、中学生以来なんだ」


 押し切った。

 勝った負けたの争いをしていた訳ではないけれど、私は勝ち誇った気分になる。先輩の、仕方のない奴だな、という雰囲気の声も、嬉しくて口角が勝手に上がる。


「ふふふっ。とか言っちゃって、先輩、本当は、可愛い後輩とデート出来るから嬉しくて仕方がないんですよね。もう、しょーがない先輩ですね。今回だけ、特別に、先輩がどーしてもってお願いするなら、一緒にお出掛けプランを考えてあげますよ」


 いつの間にか、小生意気な後輩も復活している。

 そして、先輩に対する仕返しをもう一つ思い付く。思い付くのはいいけれど、これが結構ハードル高い。


「どうしても、とは言わないけど、姫川が一緒に考えてくれるのは助かる。姫川の食べ物の好みとか、どんな場所に行きたいのかとか、教えてもらえると嬉しい。まあ……その、何だ……有体ありていに言えば、俺は、姫川の事をもっと知りたい」


 あぁ、これ、ダメだ。声も出ないくらい、嬉しい。

 きっと、先輩は、友達として私の事を知りたいと言っているだけなのに、もう完全に私を口説きにきているとしか思えない。

 ちっとも嫌ではない、胸を締め付けられるような感覚。改めて、私が初恋を経験するなら、相手はこの人しか居ないと思う。


「ねえ、先輩」


「いや、悪い、他意は無いんだ。俺は、ただ……」


 何故か言い訳を始める先輩。時折見せる、こういう所が可愛いと思う。

 気持ちが舞い上がった私は、ハードルを軽々と飛び越える。


「私も、先輩と、ずっと一緒に居たいです」


「なっ!?」


 先輩が声を詰まらせて驚くので、私は我慢できずにクスクス笑ってしまった。

 私の笑い声を聞いて、先輩が大きく溜息を吐く。


「先輩にやられっ放しなんて、嫌ですからね。一矢も二矢も報います。ついでに、先輩のハートも射抜いてあげますから、覚悟してください」


「ついでって……あ、悪い、姫川。晩飯呼ばれた」


「はい、分かりました。じゃあ、明日、また学校で」


「ああ、また明日」


 通話を終了し、スマートフォンを両手で胸に抱く。

 心臓の鼓動が、ほんの少しだけ、早いような気がする。顔も、少し熱いような気がする。


「舞衣ー! お父さん、お風呂上がったから、入っていいわよ」


 居間の方から、お母さんが私を呼ぶ。


「はーい」


 返事をして、スマートフォンを枕元に置くと、着替えを準備してお風呂に向かう。

 廊下の窓から見える庭が明るいと思ったら、今日は綺麗な満月だった。冷たくも感じる月光に照らされて、私の心にも冷たい小さな塊が、ぽこんと転がる。


 私は、どれだけ手を伸ばしても届かないと知りながらも、綺麗な満月に向かって空いている右手を精一杯伸ばしてみる。

 この先、私が先輩に恋心を抱いても、最後は、この綺麗な満月のように、手の届かないものだと諦めるしかないのだろう。


 初恋は実らないと、相場が決まっているらしい。

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