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「不人気者の先輩」と「人気者の後輩」  作者: pierrot854
第一章 先輩と後輩の馴初め
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第十話 エンドゲーム

 身長百九十センチの極道顔の教頭と、体育教師兼柔道部顧問の熊みたいな先生に、捕獲された異星人の如く両脇を抱えられて連行される高城顧問の姿は、結構シュールだった。

 高城顧問が今後どうなるのか、気になる所ではあったが、俺は鞄を持って足早に放送室を後にすると、後輩の居る体育館へ向かった。


 体育館に入ると、上機嫌でこちらに歩いて来る後輩と、その後ろをトボトボ歩いて来る駒村主将の姿を見付けた。後輩が無事な様子を見て、一安心する。

 後輩は一早く俺を見付けると、小走りで駆け寄って来た。


「先輩、どうでした? 上手くいきましたか?」


「ああ、お陰様で。高城顧問は今、教頭に事情聴取されてるよ」


「そっか。じゃあ、先輩の悪評も、これで解消されますね。よかったぁ……」


 その場にヘナヘナと力なく座る姫川。


「お、おい、姫川」


「あはは、すみません。ちょっと気が抜けて」


 今回、姫川に一番大変な役所やくどころを任せてしまった。それを見事に遣って退けた姫川ではあったが、精神的な負担は相当なものだっただろう。だから、この姫川案の作戦には気乗りしなかった。

 それでも、姫川の人脈を駆使して、高城顧問を追い詰めるための情報収集をしてもらったのは大きかった。姫川の集めた情報が無ければ、今回の目的は達成出来なかった。

 それを改めて考えると、姫川への感謝は尽きない。


「姫川、ありがとう。全部、お前のお陰だ」


「先輩が殊勝だと気持ち悪いです。それに、私が頑張ったのなんてほんの一ケ月足らずです。一年以上頑張った先輩も褒められるべきです。つまり、私達二人の勝利です」


 偉そうに言い、小さな右手をグーで差し出す後輩。俺はそれに、右手の拳を軽く当てて、応えた。


「あ、そうだ。先輩、ちょっと手を貸してください」


「ああ、ほら」


 後輩が、今度は右手をパーで差し出すので、俺はその手を握り、姫川が立ち上がるのを手伝う。立ち上がった姫川は、素早く俺の背中に隠れて、今まで空気扱いだった駒村主将に声を掛ける。

 俺を盾に使うんじゃない。


後顧こうこの憂いを断ちたいので、誤解はきっちり解いておきますけど、私が駒村部長に送った手紙は断じてラブレターじゃないですからね。だって私、駒村部長に好意はありませんし、さっきも一回だって駒村部長に好意を持っているなんて言ってませんから、そこは誤解ないようにお願いします」


「姫川は、死人に鞭打つ奴だな……。この手紙をラブレターだと思わない奴、居ないと思うぞ」


 駒村主将は、ポケットから手紙を取り出して改めて眺める。


「それは、駒村部長が盛大に勘違いしてくれるように仕向けた逸品ですから。でも手紙には、大切なお話があります、とは書きましたけど、大切なお話の内容は書いてません」


「……言われりゃ、確かに……。いや、でも、姫川は強い奴に憧れてるって言っただろう」


「言いましたけど、駒村部長に憧れてるとか、駒村部長を強い人だと思ってる、とは一度も言ってませんよ。そういう部分に注意して、今日の台詞せりふを考えたんですから」


「姫川……マジか……」


「マジです。大マジです」


 そこまで徹底的に追い討ちをかけなくてもいいじゃないか、と駒村主将を不憫に思う。一方で、中途半端を嫌う姫川らしい行動とも思える。


「と言うことで、駒村部長、今後一切の勘違いを禁止しますので、よろしくさんです」


 無礼にも駒村主将を指さす姫川。


「……分かった。肝に銘じておく。はあ……あの姫川からラブレター貰ったと思って、スゲー喜んだんだけどな」


 駒村主将が、大きなため息と共に、両手を挙げて降参のポーズをしながら言う。

 俺は背後の姫川に、


「姫川、お前、評判悪いらしいぞ」


「もう、どうして先輩は噂話と聞くと悪い方向に決め付けるんですか。私みたいな品行方正な生徒が、悪い噂立つ訳ないでしょう。……でも、私って噂になってるんですか?」


 自信がなかったのか、姫川は不安げに駒村主将に尋ねた。

 駒村主将は、意外そうな顔をしてから、


「何だ、知らないのか。まあ、八王子は知らないだろうが」


「大きなお世話だ」


 駒村主将が、遠慮なく俺を馬鹿にしてくる。駒村主将と仲良くなったつもりは皆無なのだが。


「姫川は、上級生も同級生も男も女も関係なくフランクに話をするから、取っ付きやすいし、ちょっと小悪魔系ってことで、特に二年生と三年生の男子の人気高いんだぞ」


 姫川が入学して以降、上級生も同級生も交流のなかった俺には、知る由もない情報だった。

 ただし、今の話を聞いた後輩が調子に乗ることだけは予想出来た。


「先輩、先輩、聞きました? 私、人気者らしいですよ。凄くないですか? ほらほら、ウカウカしてたら、どこかの誰かさんに取られちゃうかも知れませんよ?」


 満更でもない表情で、俺の肩をバシバシ叩く後輩。これを小悪魔系と言うのかは分からないが、駒村主将が嘘を言う理由も考えられなかったので、本当の事なのだろう。

 姫川と俺のやり取りを見て、珍妙な顔をした駒村主将だが、


「なあ、結局、さっきの俺と姫川の会話は何だったんだ?」


 巻き込まれた側としては、当然持ち得る疑問だ。

 俺の背中に隠れている姫川が、それはもう鼻高々に言う。


「駒村部長と私の会話は、先輩の悪い噂話を払拭ふっしょくするために、全校放送させていただきました。生放送です。獲れ立て新鮮ピチピチです」


「そういう事かよ……」


 駒村主将が、がっくりと項垂うなだれる。


 主要な部分が、運任せの、かなり大雑把な計画ではあったが、成功したので文句は言えない。


 大まかな証拠が揃った段階で、駒村主将の通学路に位置する神社で、わざと見付かる様に行動した。駒村主将が俺達を発見すれば、仲の良い峰岸部長に情報が流れ、昨日の夕方の三文芝居が成立。

 俺と姫川が絶交したと、峰岸部長から駒村主将へ連絡が行く。そのタイミングで、姫川からラブレターもどきが来れば、駒村主将の勘違いが完成するとの姫川の見立て。


 俺は、そんなに上手く事が運ぶ訳がない、と半信半疑だった。


 駒村主将の証言を、俺達だけが聞いたところで意味はなく、全校生徒に知らせる方法として、姫川は大胆にも放送室乗っ取りを提案した。

 部活動の際に、部室の鍵を借りるのは一年生の仕事であり、部室の鍵の保管箱には、放送室の鍵も入っている。何なら、マスターキーも入っている。この学校のセキュリティーにはあきれるしかなかった。

 部活動の朝練のために部室の鍵を借りる振りをして、放送室の鍵を姫川が持ち出す。その時に、マスターキーも他の鍵とすり替えておく。

 放送室の鍵で、俺が一度放送室に行き、放送機材のマニュアルを持ち出して、基本操作を覚える。昼休み前に放送室に入り、内鍵を閉めて念のためにガムテープで固定。放送機材の電源を入れて、体育館のスピーカーを切り、姫川からの電話を待つ。


 スパイ映画の見過ぎだと思って聞いていたら、姫川がスパイ映画を見て思い付いたと言ったので、無用なツッコミは控えた。


 姫川が、駒村主将を呼び出す場所に、体育用具室を選んだのは、校内放送用のスピーカーが設置されていないことと、体育館のスピーカーを切ってしまえば、校舎側の放送内容が聞こえない場所だからだ。

 姫川達の会話が、全校放送されていると気付けば、駒村主将が何も話さなくなってしまう。


 あとは、姫川の話術次第。


 ここまでの姫川の計画を聞き、どう考えても姫川の負担が重く、危ない役回りであることから、俺はこの作戦には反対した。

 しかし、この計画が一番成功の可能性が高いと、姫川が一向に譲らない。

 仮に、実行するとしても、体育用具室の付近に俺が待機して、姫川が危なくなった場合に間髪入れずに助けに行ける状態にしておきたかった。


 放送室の鍵のスペアや、マスターキーのすり替え忘れ等で、放送自体を止められてしまえば本来の目的を達成できない。だから、俺には放送室で待機していてほしいと、姫川が言った。


 放送室の鍵穴を粘土等で塞いでしまう方法も提案したが、修理代の請求や器物損壊で警察に突き出されるという別問題を発生させたくないと、姫川に却下された。

 放送室の乗っ取りも、不法占拠や不法侵入に当たると思うので、器物損壊と大差ないと思うのだが、原状回復が容易な点で姫川としては違うらしい。


 最終的には姫川に押し切られる形で、姫川案の作戦が実行に移され、文句無しの成果を挙げた。事実は小説よりも奇なり。


「そろそろ教室に戻って昼飯食わないと、昼休み終わっちまうな。あぁ、でも、さっきの会話が全校放送ってことは、教室戻りずれえな……」


 体育館の大きな壁掛け時計を見上げた駒村主将が言う。昼休みの時間は、あと十五分程だ。


「あと、八王子。この手紙は返す。俺が持っててもどうしようもねーからな」


 駒村主将が、姫川作の手紙を、俺に差し出す。俺が受け取っても、どうしようもない事に変わりは無いのだが、一応受け取っておいた。

 それから、真面目な顔をした駒村主将が最後に付け加える。


「俺が言えた義理じゃねーけど、部活、これからは顔出してくれ」


「……考えておきます」


「おう」


 俺の肩を挨拶ついでに叩いてから、駒村主将は体育館を出て行った。


「駒村部長、結構いい感じの人ですね。先輩と仲良くなれそうじゃないですか。スポーツを通しての熱い友情っていうのも、私好きですよ」


 俺の背後霊を止めた姫川が、ふわふわ歩きながら呑気な事を言う。


「空手部三十人の部長だからな。人間性に問題があったら、そもそも選ばれなかったと思う。それでも、全員が駒村主将みたいに考えられる訳じゃない。むしろ、急に明日から全校生徒や教職員がフレンドリーに接してきたら、俺は人間不信になると思う」


 姫川の活躍で、俺に対する悪評は、鎮静化に向かうだろう。でも、生徒や教師が、すぐに手の平を返すとは思えない。


「うふふ。それもそうですね。じゃあ、しょうがないです。まだしばらくは、私が先輩の友達第一号として、先輩を構ってあげましょう」


 くるりと振り返り、いい笑顔を向けて来た。


「これで、先輩は、大手を振って私と一緒に居られるんですね。良かったですね。あ、でも私は、部活だったり友達付き合いだったり、結構多忙なんですから、あまり先輩ばっかり構ってあげられませんから、そこは寂しくても我慢してくださいね」


「……お前は本当に、俺を先輩と思ってないな」


 思い返せばファーストコンタクトの時から、遠慮のない上から口調だった。これが小悪魔系なのだろうか。

 姫川は、細い顎先に指を当てて思案する。


「う~ん……そうですねぇ……。私は、先輩を仲の良い友達だと思ってます。なので、先輩とはこれからも対等な関係でお付き合いしていけたらいいなと思ってます。あ、お付き合いって言っても、恋人関係じゃありませんからね。私には選ぶ権利があるんですから」


「まるで、俺には選ぶ権利が無いような口振りだな」


「だって、先輩はもう私にゾッコンですから。私抜きの生活なんて、炭酸の抜けたソーダみたいに味気も風情もないでしょう」


 姫川に言われ、改めて考える。悔しいが、姫川との一ヶ月間の交友は楽しかった。

 とは言え、姫川に小馬鹿にされたままでは先輩としての威厳が保てないので、軽い仕返しを思い付く。


「そうだな。姫川の言う通り、俺は姫川の居ない生活には味気も風情も感じないかも知れない。だから、姫川。これから先も、ずっと俺と一緒に居てくれないか」


 今までの俺と姫川の会話パターンなら、ここで俺は姫川の冗談混じりの先の台詞を否定するところだ。

 だから、姫川の先の台詞を肯定して、姫川に一矢報いようと考えた。予想と異なる発言に、姫川も少しは驚くだろうと思った。


「えっ、な、え? ず、ずっとって……それって……」


 こちらの想定以上の効果があったらしく、姫川は目を丸くして言葉に詰まっていた。


 姫川のそんな様子を見るのが初めてで、可笑おかしくて、つい笑ってしまう。


 笑われた事が恥ずかしかったのか、からかわれた事への怒りからか、あるいはその両方か。姫川は頬を膨らませて顔を真っ赤にしていた。


「もう! もう、もう、もう! 先輩が私をからかうなんて生意気です! 乙女の純情をもてあそぶなんて、サイテーです! 今の発言、撤回は許しませんからね! 言ったからには、先輩には責任取ってもらいますからね!」


 抗議と共に、両手をグーにして攻撃して来る姫川。

 その両手を、同じく両手で防ぎながら、尚もくつくつと笑いが込み上げる。


「しかも、私が覚えている限りで、先輩が笑うなんて初めてなんですからね! ほんのちょっとときめいちゃったじゃないですか! タイミングが卑怯です! 何なんですか、もう!」


 姫川に言われ、気付かされる。


「……俺、そんなに笑ってなかったか?」


 俺が急に真面目になってしまったせいで、姫川が拳を振り上げたタイミングで停止してしまう。

 姫川は、右手で口元を隠しながら、


「そうですよ。自覚なかったんですか? 少なくとも、私が先輩と知り合ったこの一ケ月は、基本的に、暗い顔ばっかりです。人生お先真っ暗みたいな顔ばっかりです。電話してても、笑い声の一つも聞いてません。だから、せめて苦笑いでもいいから……先輩に笑ってほしくて、色々頑張ったのに……先輩、全然笑ってくれないから、やっと……やっと笑ってくれて……嬉しいです」


 姫川の瞳に、薄っすらと涙が浮かぶ。


 姫川の、中学生時代の話を思い出す。

 俺と似た境遇だった姫川の友達――――転校してしまったBちゃんは、初日を最後に笑ってくれなかったと言っていた。

 姫川は今回、俺とBちゃんを重ねて、俺と一緒に戦ってくれていたのと同時に、俺の知らないところで戦っていたのだ。過去の自分自身と。


 天涯孤独と言うと大袈裟だが、俺自身が無自覚なままに、精神的には追い詰められていたのだろうと思う。笑う余裕など無い程に。

 無自覚なまま俺自身を押し潰そうとしていた、俺を取り巻く環境が、姫川の協力のお陰で解消の兆しを見せた。

 だから、俺にも笑う心の余裕が出来たのだ。つまり、これも、姫川のお陰だ。


 俺は、姫川の小さな頭に、ぽん、と左手を乗せて、意識して笑って見せた。

 気障きざっぽいかな、と思いつつ、姫川の目尻の涙を右手の指で拭う。


「姫川、本当にありがとう。俺は、姫川みたいな友達が持てて幸せ者だ」


 頭の上の手も、涙を拭った手も、すぐに姫川に払い除けられてしまう。


「もう! 本当にもう! そういうとこです! そういうとこが卑怯です! 台詞も行動も表情も含めて、全部駄目です! 何なんですか、先輩のくせに! 私を口説こうなんて百万光年早いんです!」


「いや、百万光年は時間じゃなくて距離の単位だろう」


「それくらい知ってます!」


 何故か、間違いを正した俺が、姫川に怒られてしまう。

 そんな時だった。

 校内放送用のスピーカーから、放送開始を告げるチャイムが鳴った。


『生徒の呼び出しをする。二年一組、八王子陸。一年一組、姫川舞衣。至急、職員室に来なさい。繰り返す。二年一組、八王子陸。一年一組、姫川舞衣。至急、職員室に来なさい。以上』


 俺と姫川はスピーカーを見上げ、お互いに顔を見合わせた。

更新が遅れてしまいました。

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